最終章.黒縁の契約
「本当に良かった。私と同じ色を持つ人がいて……」
ふと、フィルーネはそう呟いた。彼女は美沙のグランド・チェインで繋がれ十字架に繋がれているように、拘束されている。その不安定な体勢のせいか、かけていた黒ぶちメガネがポロッと落ちた。いつ殺されてもおかしくないという状況で彼女は笑っていた。
「良かった? 別に僕は君の気持ちを理解なんてしていないし、許したつもりもない」
「知ってるよ、そんなの。私が人に、契約書に世間に認めてもらえるわけがない。私は悪だよね、皆から咎められるために必要だった存在なんだ」
「それは違うよ、夏希さん」
「私の名前を軽々しく口にするな! 竜冴君の敵が。私が認めているのは紫である彼だけ。あなたを一生私は許さない。この人殺しが……」
それを聞いて博は拘束されているフィルーネの顔面に平手打ちを喰らわす。美沙はそれに驚き博の腕を掴むが、彼は大丈夫だと言うようにそっとその手を離させる。
「……今の僕の気持ち、分かった? ちょっと違うけれどさっきの君と同じだよ。僕は君を哀れな人間だとは思う、でも僕の兄や友達や親友……大切な人を奪ったことは許せない」
「ははっ、そうだよね。もう私……救われないよね、ほんと。」
「それは僕も同じだ。みーが永坂を殺したのは僕が弱かったせいだ。兄さんが死んだのは僕が周りを見ない馬鹿だったから。愛菜さんと神田が死んだのは僕が永坂に大怪我をさせられるような弱い契約書だったから……。でも、僕には守るべきものがある。それがパートナーであり、従妹でもある最愛の人美沙だ。」
「そっか、私にはそうやって思える人もいないよ。もう……」
生きている意味がわからないんだ。
そう呟くとフィルーネの目から必死に堪えていた涙が溢れだす。
「……ねぇ、二人にお願いがあるんだ。」
「何?」
「私を……」
この罪深き永坂夏希を殺してくれない?
必死に笑顔を作りながらフィルーネは呟いた。
「どこまで本気なの? 恐怖を紛らわせるためだったら今すぐ訂正し……」
「……あれだけ人を殺した私がどうして自分の死を恐れるの? 意味がわかんない。今の私ならどんな風にでも殺せるわ。シンプルに心臓を突きさすのも良いし、首を斬ってもいい。どうせなら体を滅多刺しにしてからでも」
「幸弥にそんなこと出来ない。」
美沙はそれ以上言わないでと言わんばかりに、そう俯きながら呟いた。それにハハッとフィルーネは笑う。
「優しいのは罪だね、美沙。そんなんだから殺す人間を間違えるんだよ。本当に殺さなくちゃいけない私を殺さないと、君はいつまで経っても強くなれない。暴走を繰り返すだけの狂人になってしまう」
「私の心配なんかしてる暇があったら自分を心配してよ!!」
美沙はそう言うと手に握りしめていた鎖を落とす。それによってフィルーネを支えていた鎖は解け、地面にそのまま落下する。鎖で繋がれていた手首は少し赤く腫れている。
「……痛いってば」
「殺してほしくないんだったら正直に言ってよ!! まだ生きたいって言ってよ!!」
「言えないよ、そんなこと。誰がこんな私に生きて欲しいと思うの?」
「人がどう思うか思わないかじゃないよ!! 自分が、あなた自身が生きたいと思ってるのかどうかを私は聞いてるの!!」
「なに怒ってるのよ」
フィルーネは目に涙を浮かべながら小さく笑った。それを見た博が顔を上げない彼女を両手でクイッと美沙の方へと向けさせる。そんな彼女の瞳に映ったのは顔を真っ赤にして涙を浮かべる美沙だった。
「なんで泣くのよ……」
「……私も家族にはあまり恵まれなかったの。父は後継ぎである男の子を望んでいたから女の子だった私は捨て駒のように扱われ、愛されることはなかった。母は男の子を産めなかったとして私が五歳くらいのころに静かに殺された。私は父によって分家である西塚家へとほぼ捨てられるも同然で養子として送られた。私、女ってだけで捨てられたんだよ? 結果的に西塚家はとっても良いところで勤兄さんも博も、お義父さんもお義母さんもよくしてくれたからちゃんと学校も通えた。でも本当の親に捨てられるって想像してるより心苦しいんだよ。私は女の子でも認められていたあなたが羨ましかった」
「何よそれ……私の同情を誘ってるわけ?」
「別にそんなことはないよ。少しでも生きる希望を持ってくれたら良いなって思っただけ。私はまだ今なら十分変わるチャンスはあると思う。あと何年人生あると思ってるの? まだ18歳でしょ、あと60年は人生あるよ。それだけ長い年があれば変われるよ、絶対に」
「……みーは沢山努力をしてきたんだ。最初は西塚家なんてただの分家、水野より下だなんて言って僕らを見下していた駄目な子供だったんだから。昔はよく兄さんとも喧嘩して、ひどい時には自分の部屋の壁壊してたからね。でもそんな彼女が変われたのは、やっぱり兄さんみたいな見守ってくれる人がいたからだと思う。生きていてほしいと望む人がいたから、そして自分も生きたいと思って皆を自分が支えたいと、生きる希望を見つけたからみーは変わった。こうして今、昔の自分を照らし合わして心からお前を助けたいと思ってる」
「……でも、私は美沙のように強くない」
私は、僅かにでも血の繋がった人間はいないんだから。
そう呟くとフィルーネは自分の顔に触れていた博の手をそっと優しく離させるとその手に自分の手を合わせた。冷たい手ではあったけれども、心のこもった優しい手だった。
「ありがとう。本当にありがとう。私に生きて欲しいなんて言ってくれて……すごく嬉しかったよ」
「まっ、待て!!」
「ありがとう。あなた達『三人』、私に真剣に向かい合ってくれて……」
「三人……?」
「眼鏡君、まだ魂だけはこの体に留まっているの。この体から私が抜ければ彼はもう死ぬ。本当にこの世から消える。……私は最後に彼を殺して、死ぬ。」
「えっ、幸弥が!?」
そう美沙が驚いて言うと、フィルーネは静かに首を縦に振った。
「博、これからも美沙を大切にしてやれよ。僕が愛した幼馴染を傷つけるなよ。美沙、芯が強くて前向きなお前が大好きだった。いつもお前の隣にいる博を羨むくらい……」
「幸弥っ!!」
「……大丈夫、僕もフィルーネの意見は認めている。それに僕はもう本当は死んでるんだ、それを彼女が留めていただけ。」
フッと小さく幸弥は笑った。それとほぼ同時に彼の体からみるみるうちに黒毒が溢れだした。そして近寄るなと言わんばかりに彼は立ちあがって美沙と博から距離を取る。
「……二人とも、幸せになってくれよ。」
「幸弥っ!!夏希さっ……」
「何、死ぬ気になってるの?」
「えっ……?」
腕が溶けかけている彼に勢いよく飛び付くように抱きしめたのはアルテマだった。その光景に思わず二人は驚きを隠せない。そしてすぐに冷静になり……
「な、何をしてるんですかアルテマさん!! それじゃああなたまで溶けて……」
「……死ぬのは僕みたいな年寄りだけで良いんだよ。まだ生きる希望がある子を目の前で死なすことなんて出来ない」
「し、シアンの、おにいさ、ん……?」
「……僕はイリアス・エルウィール。シアンと呼ぶその人物の体の持ち主。」
「私、お兄さんが本当に大好きだった。孤独になった私を快く拾って受け入れてくれた……」
「僕はシアンみたいに優しくはない。僕は紫の契約書、そして五代目アルテマ、イリアス。だから優しくない僕は君を殺させない。生きさせる」
みるみるうちにアルテマはフィルーネの体から溢れだす黒毒と瘴気を自分の体に吸収していった。体の芯まで来たのか彼は咳き込み、血を吐いた。
「こ、これじゃああなたが!!」
「死ぬのは僕、イリアスだけさ。シルヴィアは生きている。溶かしているのは僕の魂……だからこの溶けた体は本来の体の持ち主であるシルヴィアによって自然治癒で治り、僕だけが消える」
「イリアス様!! どうしてそんなこと……」
瑠璃がシアンの生首を両手に抱えながらこちらに走ってくる。その後ろには悠哉と有子もいる。
「僕は、フィルーネにこの世界を知ってほしい。僕が創ったこの世界を……幸せは誰にでも訪れるということを知ってほしい」
「イリアスさん……」
「ユリウス、瘴気と黒毒を完全に僕が吸収しきったら彼ら二人の媒体する体を作ってやってくれ。君なら出来る、よ……っ!」
「……わかりました。責任を持って作ります。あなたは人でなしで厳しくて面倒な人だと思ってましたが、最期くらいカッコよくしてください」
「あはは、君も手厳しいよ。……ミリィ、君はこれから沢山父親に愛してもらいなよ。沢山八つ当たりしてごめん、君は本当に優しさの有る子だ」
「……ありがとうございます。私、もっとあなたと分かり合いたかったです」
「そう? それは、嬉しいねっ、がはっ……」
「む、無理しないでください!」
「……大丈夫。このくらい。」
そう言うとアルテマは手足に力が入らなくなったのか地面にバタッと倒れた。目は閉じまいと強引に開かれているようで、目元がピクピクと痙攣している。
「瑠璃……」
「な、なんですか……?」
「愛してる。来世で会おう」
「なんで私だけそんなジョーク言われてるんですか」
「ははっ……真面目なこと言うのは似合わないかと思ってね。そうだね……」
血は繋がっていないけれど、そんなお父さんも大切にしてあげなよ。
そう言うと彼は一つ深呼吸をして吐血して口から少しこぼれた血液を拭き取った。
「……今まで、沢山の迷惑をかけたね。その、罪滅ぼしだ。僕は……二つの魂を救ったんだから」
……生きている意味、あったよね?
その言葉を最後に閉じる寸前の目から紫の瞳が消えるのが少し見えた。こうして、幕を開いた主犯によって継承戦争は幕を下ろした。
こうして、世界はリセットを迎えた。
黒縁の契約 Ver.1.0 城咲こな @kona_9900
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