⑤心の因縁

「あんなに先生がやる気なのは久しぶりに見たわ。やっぱり、あなたには人を変える力がある。きっと彼の冷めきっていた人生に光を射したんでしょうね」

「そんなこと……」

「あるわよ。現に関わった私も、不思議とあなたを支えたいと思うようになったわ。私、なんて皆から言われていたか知ってるの? 冷血女だからね?」

「ま、まぁ……メリア先生が怖いのは事実ですよ」

「失礼ね。ほんと、あなたの敵の首を斬り落としたいわ。」

「……え!?」

 メリア先生はそう呟くと城を見た。そして手には美しい銀製のバタフライナイフがある。それを見て僕は思う、忘れかけていたけれどもメリア先生にとってもアレイス先生は恩師なんだと。本気でレイアナ先生の首を落とすつもりなんだろう……殺気がとても強く立っていた。

「あなたがたが探しているのはこの人ですよねええぇ?」

「……!」

 十メートルくらい先に立っていたのは、アレイス先生の死体を片手に持ったレイアナ先生だった。

「避難訓練で習わなかったかあぁぁ? 現場には戻ってはいけないんだよ?」

* *

「アレイス先生っ……!!」

「あははははっ……こいつ、思いのほか弱くってねぇ。」

 先生の遺体を持ちながらレイアナ先生は笑顔でこちらに近づいて来る。その姿を見て僕もメリア先生も後ずさりをする。アレイス先生は心臓を何度も撃ち抜かれていた上に小柄なレイアナ先生がその体を担いでいたため、引きずられ脚も砂や泥で汚れてしまっている。上半身からも下半身からも膨大な赤黒い血液がベタベタとこぼれていた……

「ほら、見ておくれよ。あの整った顔がこのザマだ」

「っ……!!」

「…………」

 そう言ってレイアナ先生はアレイス先生の遺体の顔をこちらに見せてくる。その顔は、両目を撃ち抜かれて崩壊していた。彼のお気に入りの金色のモノクルのフレーム部分が彼であることを証明する。僕はそれを見て言葉を失ってしまう。

「き、貴様ああああああああああああぁぁああぁ!!!」

 僕が言葉を失っていると、隣でメリア先生が目に涙を浮かべながら発狂する。そして赤と黒のドレスの覚醒姿になり無数のバタフライナイフをレイアナ先生に投げつける。

「煉獄の柱よ、今ここに!トルネードオブフレイム!!」

 レイアナ先生の周りに刺さったバタフライナイフから巨大な火柱が立った。それは死体を持つレイアナ先生を囲む。そんな中に更に彼女はナイフを投げ続けた。ざっと三十は投げただろうか、あれほど刺せばさすがの先生も……そう思った。

「全く……火は熱くて嫌いだよ」

「まだ……いきてる!?」

「私を誰だと思ってるんだぁ? 青の契約書だ、蒸発させてしまえばこちらの勝ちさ」

 それと同時にみるみるうちに蒸気が出てきて、火がおさまって行く。僕もメリア先生もその光景に目を奪われてしまう。そして……

「ほら、無事生還。」

 そう、死体を片手にレイアナ先生は笑った。その死体にはメリア先生が投げたバタフライナイフが刺さっている。首、胸、腹、脚……あらゆるところに刺さり、まるでダーツの板みたいにアレイス先生の体に穴が空いている。

「綺麗にあなたの恩師の体に刺さりましたぁ♪どうどう? 私結構ダーツの腕あるだろぉ?」

「せ、先生……」

「ふ、ふざけるな……あああああああぁっ!!!」

 あれだけメリア先生は怒りに満ち溢れて立ち向かっているのに、僕は全然足が動かなかった。恩師を殺されたのにはすごく辛いし、怒りを覚える。でも、なぜか僕はレイアナ先生に立ち向かおうとは思わなかった。なぜか……その光景を他人事のように見つめているだけだった。

「こらこら、そんなに怒るな。そんなに恩師を返してほしいなら返してやるよ」

 そう言ってレイアナ先生はメリア先生の方へ遺体を投げた。それをメリア先生は無視して敵に向かって走り続ける。必然的に後ろに立っていた僕の元にアレイス先生の遺体が投げつけられる。遺体はとてもひどい状態になっていた。もう全身を針で刺して処刑された死刑囚のようだった。その姿にひどく恐怖を覚える。でも、不思議と殺意は抱かなかった。

「なぁ~、イリアスううぅ? お前はなぜ私を愛しないんだああぁ?」

「……愛するわけがないだろう。お前は……」

 僕から何もかも奪っておいて愛を語るのか!?

 メリア先生の首を締めながらレイアナ先生はこちらをみてそう言った。まだなのか……と呟くと彼女はメリア先生を投げ捨て腰に手を当てながらこちらに近づいて来る。緑溢れる城門付近のこの場所に冷たい風が吹く。そして僕はそっと、アレイス先生を木の傍に置く。

「私は愛されないといけない。ただ何もせずに生きているのは罪だからな」

「……じゃあどうして愛しなかった者を皆殺した?」

「私の存在意義を奪ったからに決まってるじゃないかあぁ!!」

 そう言うとレイアナ先生はライフル銃を片手で発砲してくる。それに僕は上手く身をかわしながら彼女に近づいて行く。

「何が存在意義だ! そんなことまでして愛されて何が嬉しい!? そんな愛、僕だったらいらない! そんな偽りの愛なんて!!」

「偽りでもいいんだよぉ……なぁイリアスぅぅ。私に愛してると言ってくれええぇ?」

「…………」

 その瞬間僕の中の何かが外れた様な気がした。何か今まで鎖で雁字搦めにされていた僕の心の中のものが鎖を破って出てきたかのような……。そして僕はレイアナ先生を捕まえると近くの木に彼女を押しつける。

「な、何をする……ああああっ?!」

「……僕の父さんの左腕、折ったんだろ?」

「あああっ、はははっはっ!!そうだ、あいつの結婚指輪が目ざわりでなぁ……っ」

 バキッ……

 鈍い音が響く。彼女は腕を折られるまでその笑顔を崩さなかった。そして次に……

「あがっ……」

「メリア先生の首を絞めたから、締め返す。」

「ははっ……おま、え……ほんと、うにイリアス……かぁ?」

「そうだけど? でも……」

 紫のイリアスだよ。

 そう言って僕は彼女を地面に倒し、そのむき出しの腹を右足で踏みつける。僕の手からは黒毒と呼ばれる猛毒が溢れ出ていた。それを見てレイアナ先生はまた笑う。

「ほん、とだなっ……。いつおま、えは狂った?」

「……元々だよ」

 そう一言言って、僕はアレイス先生と同じように黒毒でナイフを作りレイアナ先生の心臓を突きさした。彼女の心臓からはみるみるうちに血液が溢れだし、顔からはあの不気味な笑顔は消えていた。代わりに、苦悶の顔が浮かんでいる。さっきまでの笑顔が嘘のようだった。

「……ほんと、黒い服着てて良かった。」

 最初に思いついたのはその言葉だった。全く、恩師を殺めたことに後悔はなかった。僕は立ちあがってふぅ……と一息ついて青空を見上げる。そしてふらふらと城から離れ歩き出す。空に血で汚れた右手をかざしながら僕は思った。

「あー……僕って」

 お父さんの子供じゃなかったんだね。

「イリア……?」

 僕はメリア先生がそう咳き込みながら言っているのも気づかずに、ふらふらと孤独な殺人鬼として放浪した。

* *

「え、人間……?」

「そう、僕は紫の契約書。つまり人間なんだ。だからこそ、僕は西塚博と永坂夏希にすごく興味がある。そして、大切な人を失いたくないという気持ちが痛いほどわかる」

「でも、あなたは結局恩師を殺してしまった。」

「感情に身を任せた結果そうだね。だからこそ僕は……」

 暴走して大切な人を失ってほしくないんだ。

 アルテマ……イリアスはそう呟いた。いつもは馬鹿みたいに笑っているこの人から笑顔は全くなかった。本当に哀れに思っているのだろう、証拠に眉が下がっている。

「イリアス、君が本当にそう思っているのなら君は同じ境遇の彼女を救うべきだ。そのために今一度僕の体を貸すよ」

「うん、ありがとう。でも……」

 借りるだけじゃなくて君と僕で……一人のアルテマになるんだ。

 そうイリアスが言うと、シルヴィアは長い前髪を耳にかけ自身の拳銃を持って笑った。

「……ふふ、そうだね」

 その隠れていた瞳は力強い紫色に輝いていた。

「僕は……負の連鎖を断ち切るために今、この力を示す!!!」

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