④青の罪
あの後、レイアナ先生は何とか僕が必死に頼み込んだおかげで死刑にはならずに済んだ。代わりに牢獄の最奥に両手両足を魔法構成された鎖で繋ぎ、終身刑となった。
「本当にレイアナ先生には危害を加えてないですよね?」
「当たり前でしょ。もしそんなことしてたら私が目玉抉って食べるわよ」
「なら、いいんですが……」
父が殺され、必然的に僕はアルテマになった。つまりは王である。僕は家臣にメリア先生を指名し、今この玉座に座っている。家臣といっても実際は僕が恩師であるレイアナ先生の元へ勝手に行かないように見張る番人のような存在だったが……
「あの……メリア先生はどう思いますか」
「目的語がないわよ、イリア。」
「……レイアナ先生は本当に父を殺したんでしょうか?」
「本人も認めているし、あの時手に付いていた血液も実際先代アルテマ様、エルヴァ様のものだったわ。だから彼女が殺したんでしょう。」
……まぁ、恩師がそんなことしたら庇いたくなるわよね。
メリア先生は反応こそ素っ気ないものばかりであったが、ちゃんと僕の質問にはいつも答えてくれた。こんなことを何回彼女に聞いただろうか、でも彼女は嫌な顔一つせず答えてくれた。
「イリアス、失礼するよ。」
その時、謁見の間にやってきたのは恩師の一人アレイス先生。いつもの見慣れた白衣姿に金色のモノクルを身に付けていた。
「アレイス先生! レイアナ先生は……」
「少し食が細くなったってことだけは報告しておくよ。どうやら昨日は晩御飯を残していたらしいって昨日の巡回当番の兵士から聞いた」
「そうですか……」
「まぁ、あいつは死なないよ。自分で自分を否定しない限り……」
あの鎖を引きちぎって牢獄をぶち破って番人も無残に殺して……生き延びるだろうね。
アレイス先生にしては、現実味がある力強い表現だった。それを聞いてメリア先生も同じことを感じたらしく、いつも以上に表情が強張っている。
「アレイス先生それは……」
「……イリアスだっていつまでも教え子じゃないんだ。彼はアルテマ、世界の全てを知る必要がある。」
面倒なことになる前に現実を告げるべきだ。
そう言ってアレイス先生は部屋を出て行った。その寸前に僕は先生の白衣の裾が少し赤くなっていたのに気付いた。
「メリア先生、僕レイアナ先生の所に行く。」
「それは駄目、彼女は……!!」
「……そんなに不安ならついてきて、僕を守ってくださいよ。だって、今ここで僕が消えたらまずいんでしょう?」
そう言いながら僕は黒いローブの上着を玉座にかけ、なるべく動きやすい格好になる。
「そうだけど……」
「僕はレイアナ先生が心配なんですよ。お願いします、メリア先生に対する非難からは僕が守りますから」
「わかったわ。ただ……」
あなたの精神ケアは引き受けてないからね……
* *
「最奥というわりには明るいんですね」
「まぁ見張りの兵士が入りやすいようにしてるせいかしらね。もうすぐレイアナさんのところよ」
アルテマ城には三段構造のような仕組みで牢獄があった。奥に行くほど刑が重いものばかりだ。その最奥にいるのが先代アルテマ殺しのレイアナ先生だった。
ガシャッ、シャラッ、ジャラッ……
鎖の音が突如牢獄に響き渡る。僕とメリア先生が進む方からそれは聞こえた。それを聞いて、僕も警戒心を強める。
コツコツ……シャラッジャラッ、ジャラン……
自分たちの足音と鎖の音がよく響いた。鎖の音は徐々に近づいて来る。
「……離せぇ。早く鎖をおおぉ」
「レイアナ……せん、せ……?」
「ああっ……その声は、イリアス……?」
その時のレイアナ先生の声はとても枯れていて、一瞬本人なのか疑ったくらいだった。彼女は裁判の日の時に比べ、姿が変わり過ぎていた。いつも綺麗にまとめてあるサイドお団子はぐちゃぐちゃに崩れて髪は乱れ、いつものガーリーな服も所々が破れたり解れたりしていて清潔感が皆無。鎖できつく縛られている両手両足は赤く腫れあがっていた。腕も脚も白く美しかったものが、茶色で汚れてしまっていた。
「どうして私はここにいるんだああぁ? イリアスうぅぅ?」
「どうしてって……あなたが先代アルテマを殺したからですよ」
「ああぁ。エルヴァかぁ。あいつなぁ……」
私を愛しなかった罰だよ。こんなのはああぁあ……
鎖をジャラジャラと音を立てながらあっはははは! と狂気的にレイアナ先生は嗤う。その変わり様に呆然としている僕のことを察したメリア先生が軽く僕のローブの袖を引く。
「なぁ、イリアスゥ? お前は私を愛しているのかああぁ?」
「はい、僕はあなたをとても尊敬しているし憧れの自慢の先生です」
「…………まぁ、そんなものか。」
急にレイアナ先生は静かになるとブチッと軽々鎖を引きちぎり、両手両足に錠を付けながら鉄格子までゆっくりと歩いて来る。それを見た瞬間、メリア先生が「逃げるわよ!」と僕の腕を全力で引っぱる。
「あ、あそこでレイアナ先生を止めなくて良かったんですか! あの鎖を軽々引きちぎったんですよ? あれは放っておけばすぐに鉄格子を壊して……」
「……あいつは先代アルテマ、エルヴァ様を愛しすぎて狂った悪魔。もうお前の知るレイアナ先生ではない」
メリア先生の焦った表情など初めて見た。きっとあの愛への執着心の強さの異常さを知っていたんだろう。もう彼女をレイアナ先生と思うな……そう、覚醒しながら答えてくれた。
「あいつは自分の気に入った者が愛してもらえないと自我を保てなくなるの。箱入りのあなたは知らなかったかもしれないけれど、結構あんな理由で暴走してたのよ」
「じゃあメリア先生とアレイス先生が僕を彼女から遠ざけたのは……」
「あなたの『憧れ』のレイアナ先生を幻滅させないため。でも見てしまった以上手遅れよ。そして今のイリアの答えで自分は愛されていないことを知ってしまった。自分は先生の上を越えていないことを知ってしまった。……全力であなたを殺しに来るわ」
「殺しに……?」
そう戸惑ったとほぼ同時にもう一つの足音が徐々に近づく音が聞こえ始めた。軽快なリズムであった。そして……
「ぎゃああああああああああぁああぁ!!!」
「あっはははははぁぁ♡」
悲鳴と笑い声が響いた。きっと見張りの兵士が殺されたのだろう……。それに僕はひどく恐怖を覚える。それを聞いたメリア先生も焦りを更に覚えたのだろう、僕の袖を掴む力が強くなった。
「イリアスうううぅ! 何でお前は私を愛しないんだああぁ?」
「……っ!」
僕は恐怖に駆られ、全力で出口まで走った。でも出口で待っていたのは……
「っっ……!!」
「これ、は……」
氷の槍で心臓を突かれた兵士や学者たち、この城の者が壁に貼り付けられていた。辺り一面の真っ白な床には真っ赤な鮮血が散っている。空気まで鉄くさい。
「どう、して……?」
「ひどい……」
「ひどいいぃ? そんなの私を愛しなかったお前らの自業自得じゃないかぁ?」
お前が、最後の希望だったんだがなああぁ……
レイアナ先生は地下からゆっくりとライフルを片手に僕らの方へと近づいて来る。覚醒時に見える契約の紋章が腹に浮かんでいる。深海のように深い青色のマントが僕らをその海へと引きずり込もうとしているようだった。その氷の銃には返り血が残っている。
「……イリアス、私を愛していると言ってくれよおおおぉ。」
「レイアナさん、知ってる? 愛っていうのは要求するものじゃないんだよ。自分からその想いを向けさせるものだって」
返り血で顔が真っ赤のレイアナ先生の前に立ったのはシルバーのコートを身にまとった緑髪の男、アレイス先生だった。手には美しく黒光りする日本刀があった。
「そんな汚い手でイリアスに近づいても彼は振り向いてくれないよ」
「あ、アレイス先生……」
「メリア、彼を連れて逃げなさい。家臣としてイリアスを、アルテマ様をお守りするんだ」
「……はい。イリア、行くわよ。」
「でもっ!! アレイス先生が……」
「今のあなたにはスイートピーの花ことばを贈るよ。意味がわかったら早く行きなさい」
「…………っ!!」
僕はメリア先生と城を抜け出した。彼が最後に贈ったスイートピーの花言葉、それは『優しい思い出をありがとう』。あれほど人に興味が無くて、関係を持つのが面倒だった自分を変えてくれた、アレイス先生はよくそう言ってくれた。だからこそあの時、彼はそれを選んだんだと僕は思う。
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