24.最後の試練は生半可な力では越えられない

「先輩、じゃな……い?」

「そうだよ。偶然一人のあなたの所へ向かってたみたいだからずっと遠くから透視魔法で追ってたの。だから、ちょっと体をもらった。あ、今までの言葉は全部彼自身の言葉だから大丈夫よ、本気であなたを慰めに来たみたい。」

 差し出された真っ赤な掌に、美しい少女人形の顔が浮かび上がる。それは掌からニュッとちょっと前に出て発言とは裏腹な可愛らしい笑顔を見せた。思わず博はその不気味な光景に後ずさりをする。

「逃げなくても今の私に、あなたを殺すことは出来ないから安心して。でもね……」

 ……水野美沙は殺せるの。

 にぃっ、と口の端を上げると不敵な眼差しでフィルーネは博を見た。博も、その言葉はさすがに無視出来なかったようでその憎たらしい目を見つめ返した。

「今、私の元にいるのは魔術師が一人と、契約書が五人……合計六人が私のところに向かってきているの。私は一人、どう考えても数を減らさないと勝ち目はないもの。そりゃあ誰だって殺しやすい人間を殺すに決まってるじゃない♪」

 それに、相方の契約書もいないんだから殺されに来てるようなものよ。

 ばーか、とフィルーネは笑う。そして笑うと掌から不気味な顔は消え、普通の掌に戻った。

「助けに来るか来ないかは自由よ。でも……」

「「確実にこのまま放っておけば美沙は死ぬ」」「わ♪」「ぞ……!!」

 消え際、フィルーネの高い声と同時にもう一人明らかに男の声が聞こえた。その声に博は聞き覚えがあったが咄嗟に思い出せない……が、そう思った瞬間思いだす。そして思い出すと同時に自分はいつもの毒々しい長槍を握っていた。意識が飛んで倒れ掛かった高範を近くのソファで寝かせ、近くにあったブランケットをかける。

「先輩、僕は契約書として最後まで使命を果たします。沢山の助言、とても嬉しかったです」

 まだ、僕にはやるべきことがあったんです……!!

* *

「瘴気は大分退いたわね……」

「そうですね。でも、またあの瘴気を大量に出されたらどうしますか。逃げられてしまっては次々にあいつは人を殺めて行きますよ。」

「……いや、もうあいつは瘴気を使えないよ。」

「どうしてそうだと言えるんです……?」

 少し時間は遡り、ブレッド・フラシャリエ裏の森。美沙、瑠璃、有子、悠哉、朱音、アルテマはここで待っていると言うフィルーネの元へと向かっていた。

「いくら紫の契約書とは言え、彼女は魂だけの人間だ。これだけ広い森を覆うような瘴気を出してしまうんだ、きっと体中の細胞や組織を破壊して瘴気の源にしている。もうこれ以上彼女が移れる体は無いんだ。体がない以上、魔術は使えないからね。」

「なるほど……でも兄さん、そうだとしたらもうあの子は魂だけで生きてるんじゃないの?」

「彼女は魂のない体なら生きていけるんだ。別に人形や人造人間のように物じゃなくても、抜け殻の体でなら生きていけるんだよ。」

「え……ど、どういうことですか……」

「……あそこで倒れていた死体の中に入り込んで生きているってことよ。」

「瑠璃!!」

 瑠璃はまっすぐ、森の奥を一点集中で見つめながら小さく呟いた。クリーム色のカーディガンの裾を握りながら、赤いロングスカートをなびかせて……というよりもズカズカと歩く足に引っ張られるかのように流れている状態で歩き続けている。そんなストレートな発言をする娘を朱音は思わず制止する。

「お母さん、どうせ黙っていても数分後にはわかることよ。いざとなって美沙ちゃんが困惑して動けない間に殺されちゃったら元も子もない。私、もうこれ以上大切な友達を失いたくない。」

 瑠璃は涙をこらえて呟いた。

「そんなに瑠璃の言うことも間違っていないよ。災禍が狙ってくるのはきっと契約書の僕らよりも魔術師である美沙ちゃんだ。向こうは数で勝てないとわかればまず人数を減らしてくるだろう。」

「でも……私達もそれに気を取られていると命を危険にさらすことになるってことですか?」

「ご名答。それに僕やシア、有子、ユリウスは美沙ちゃんの能力を詳しく知らない。どんな魔術が使えて、どんな動きが出来るのかを知らないんだ。ましてや身長、体重、座高、スリーサイズもしらな……」

「……身長以降のことは知らなくて良いわよ。本当、そんなこと博君に聞けば全部知ってるでしょう?」

「まぁ、そういうこと。つまり僕らは何も知らないんだ、きっと瑠璃でもそんなことは知らない。それに知っていたとしても、赤の契約書は脆いからね。」

 ここで、魔術師は初めて契約書のパートナーの存在がとても大切になる。

 アルテマは何食わぬ顔でそう言った。そして表情が強張っている美沙に向かって小さく笑いかける。今までの神様であるアルテマとは違う、優しい本物の笑顔だった。これが有子の自慢のお父さんなんだろう。美沙には、そんな優しい父親は存在しなかったので、とても羨ましく思う。

「……伏せて、瘴気が来る。」

「え……?」

 突然、アルテマが皆に屈むように指示をする。それを聞いた皆が反射的にスッと屈んだ。それと同時に紫の気体が自分たちの上空を支配し始める。

「随分、盛大な挨拶だね。」

「そう? 思ってたよりお気楽な調子だからイラッとしちゃったのかなぁ……?」

 前方ではクチャクチャ……と不気味な音がした。アルテマは気体が消えたのを確認するとサッと立ちあがり、前方を見た。そしてその瞬間、アルテマの肩がピクッとなるのが見えた。

「どうし……いっ……!!」

 有子も黙る、というよりも、自分で口を抑えて自制したようにも見えた。悠哉も思わず視線を逸らし、なるべく有子から見えないように前方に立った。

「ん~? 何ナニ?」

 フィルーネがそう呟くと同時に、肉片がぺチャッと地面に落ちた。美沙はおそるおそる立ちあがり前方を見る。産まれたての小鹿のようにふらつく彼女を瑠璃と朱音が支えてくれる。

「ありがっ……!!!」

 嘘、でしょ……?

 美沙は思わず支えてくれていた瑠璃の手を思いっきり掴んでしまった。瑠璃はそれに痛がりもせず、ただ部が悪そうに美沙から目を逸らした。

「い、いやだ……やめ、てっ……!!」

 幸弥あああああああああぁああぁ……!!!!

 前方に居たのは自分の心臓をクチャクチャと掻きまわす、幼馴染の幸弥だった……

* *

「なんで……ゆき、や!!」

「彼は大切なパートナーを助けようとしたの。でも所詮は人間。私に敵うはずもなくって死んじゃった。何かあまりにも可哀そうな末路だったからこうして媒体として……」

「あなたは同じ女性として、何とも思わないのですか……!? 幼馴染をこんな風に利用するなんて下劣です!!」

 有子が耐えられなり、自分の前に立ってくれた悠哉の陰から顔を出してフィルーネに向かって言った。それを聞いてフィルーネは心臓を掻きまわすのをやめて、いじっていた血まみれの右手の人差し指をペロッと舐めた。

「幸せな環境で育てられてきたあなたにはわからないでしょ。両親から愛されて、友達もたくさんいて恋人もいて、さぞかし楽しい生活を送ってたんでしょうね……!!」

 フィルーネは腕を組んで吐き捨てるように言う。それに悠哉は、怒りや悲しみではなく驚きの表情を浮かべた。彼女がそこまで情を乱すのを初めて見たのだろう……

「私は周りから何もかも奪われた。まずは家族、そして次に自分の居場所……終いには生きていた弟を無残に殺された。どうしてさ、どうして私から何もかも奪うの? ねぇ、どうして……?」

 なんでさ、この世は不幸な人間と幸福な人間を作るの?

 紫の瞳をギラギラと光らせながら彼女は尋ねた。前に出る娘を後ろにそっと優しく下げ、アルテマは透き通るコバルトブルーの瞳で不気味に輝くパープルアイを見つめ返す。

「不幸な人間などいないよ、幸せなものかそうでないものしかいない。」

「あのさぁ、どうしてこんな状況でそんなことが言えるわけ……!?」

 だから、平和ボケした奴は嫌なのよっ!!

 その瞬間、幸弥の姿をしたフィルーネの手から毒の弾丸が放たれる。それにアルテマも、自身の二丁拳銃を握り締め発砲した。みごとにそれらは相殺し、紫の美しい粉光が宙を舞った。

「私……あなたが神様じゃ納得出来ないの。だからさ、私なりに考えたの。」

 ……私が、その神様を殺して自分で頂点に立ってやろうって。

 手を後ろで組んで、フィルーネは口調とは裏腹の無邪気な笑顔を浮かべた。その無邪気な『幸弥の』笑顔が美沙の心をじわじわと傷つけていく。

「もう、やめて……やめてくださいっ……」

「美沙ちゃん……」

「だって、神様。後ろの魔術師はもう精神的に限界だって。」

 美沙は瑠璃の手が腫れるほどに強く掴み、膝から崩れ落ちた。そしてぽろぽろと涙をこぼす。それを見て、有子が大丈夫ですか!? と駆け寄る。それに対しアルテマはその姿を見ようともしなかった。

「こんなこと、想定の内さ。このくらいで情に流されるようじゃ神様なんてやらないよ。」

 そう言ってアルテマはリボルバーに弾を入れる。彼の青い瞳の先には、敵しか映っていない。

「そう……なら本当に実力勝負になっちゃうんだ。」

 フィルーネは笑うのをやめ、アルテマから少し距離を取った。そして全員を岩の城壁で囲い、周りから隔離した空間を作り上げた。

「これで、どっちかが死ぬまで勝負は終わらない。」

「……そうだね。」

「今日は、珍しく本気なんですね。」

 アルテマの隣で、悠哉はシルバーフレームの眼鏡を外し割れないようにサッと地面に置いた。そして一度目を閉じ、覚醒する。瞳はエメラルドのように美しく輝き、彼の左手には翠の大剣が握られていた。

「こうして並ぶと昔のことを思い出しますね。」

「だね。翠の閃光ユリウス、蒼の氷鬼シルヴィア。今思えば懐かしい呼び名だよ。」

「こいつが暴走した原因は俺にもある。俺がもっとこいつが強すぎる魔術師であると気づけばこんなことにはならなかったんだから。」

「まぁ、そんなに自分を責めないで。だから……」

 ちゃんと、ここで決着をつけよう。

 そう言ったと同時の銃声で、最後の戦いは始まった。

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