25.狂気とは何かそれは誰にも定められない

「ユリウス、そういえばあんたもいたんだったぁ。」

 やっぱ……その緑の目、いつ見てもイラッとする。

 大剣片手に走る悠哉をフィルーネは右手を上げ、詠唱を唱えながら待ちかまえる。

「あの時の私と同じように両目をくり抜かないと……!!」

 上げられた右手には二本の紫がかったメスが浮いていた。そしてそれをフィルーネは走る悠哉の方めがけて投げた。それは言葉通り、目を狙っていた。

「……っ。」

 悠哉は片手で大剣を振るい、軽いメスを簡単に撃ちおとした。それと同時に、アルテマはフィルーネに向かって氷の弾丸を連射する。

「遅いよ。」

 フィルーネはヨッ……と軽々とバック転をして避ける。そして瞬時に、ロック・ガンを唱え岩の弾丸を飛ばす。それを見てアルテマは相殺させようと発砲する。

「引っかかったぁ~」

「え……?」

 そうフィルーネが呟くと同時に、弾丸は相殺した。アルテマの弾丸は消えたがロック・ガンの岩は粉砕して辺りに激しく散った。それは悠哉の元にも、美沙達の元にも飛ぶ。

「しまっ……!!」

 アルテマは少し気付くのに遅れた。大丈夫か!? と声を上げると勿論よ、と声が返ってきた。

「朱音さ――」

「このくらいの石ころ大丈夫だわ。可愛い愛娘とそのお友達は私が守るわ、だからそっちは二人に任せる!!」

「オッケー……さすが、僕の妹。」

 アルテマはそういうと小さくウインクをした。あんな表情が出来ると言うことは、本当に妹を信頼しているんだろう、そう感じる笑顔だった。

「そんな笑顔すぐに作れなくなるよ」

「お前は、その口を開かせないようにしてやる」

 フィルーネがアルテマに気を取られている間に、悠哉は彼女に近づき、今にも剣を振りかざそうとしていた。そしてそれは瞬時に処刑台のギロチンの如く振り下ろされる。

「きゃ~、いたぁい。」

 完全な棒読みでフィルーネはそう口にした。見ると、『幸弥の』左腕は剣を止めた勢いで綺麗に切断されてしまっていた。その証拠に、足元に切断された手首から先がある。彼女はあははっと切られた腕をぴらぴらと振る。それと同時に大量の血がベトベトとこぼれおちる。

「っ…………」

「シルヴィア、今ので確信した。」

 悠哉が血で汚れた大剣を片手にアルテマの元へ戻る。彼の白衣も返り血で少し赤みかかっていた。

「あいつの狙いは美沙の暴走、それで俺ら全員を殺して自分も死ぬつもりだ。その証拠に、わざと幸弥の体を傷つけている。」

「……美沙ちゃんの暴走を狙っているのは僕もわかった。でも、どうして彼女は死ぬつもりだと思う?僕にはそれが少し引っかかる。」

「…………」

 それに悠哉は答えることなく、低姿勢で剣を構え再びフィルーネの元へと走って行く。そんな様子をフィルーネは笑顔で眺めながら華麗に身をかわした。勢いよく走ったため、悠哉の剣は岩の壁の隙間にはまってしまう。

「しまっ――」

 それを見てフィルーネはドンマイ♪と微笑んで、美沙達の元へと歩いて行く。だがそれと同時に自分の足元に氷が張っているのに気付いた。冷たいなぁ、とその術を放った本人を見る。その先に居たのは青髪を二つ結びにした少女だった。

「これ以上、美沙さんを傷つけさせませんから!!」

 私も戦いますっ!!

 有子は覚醒すると、腰に装備しているアルテマと同じ型の拳銃を取り出しフィルーネに向かって乱射する。冷やかな風と共に、海を連想させる青いフード付きのマントがなびく。

「氷よ……今こそ集え! アイス・スフィア!!!」

 有子は二丁の拳銃の銃口を一点に合わせ、一つの大きな氷の球体を作り出す。そして力を込め、引き金を引いた。

「平和ボケしたお嬢様でもそのくらいは出来るんだね」

 フィルーネはニコッとほほ笑むと残っている右手で銃を作り、瘴気の弾丸……ポイズン・ガンを撃ちだす。だが、氷の球体は壊れることなく彼女の元へ向かっていく。

「存外丈夫なんだ~」

 フィルーネはクルッと華麗に一回転しながら、身を翻す。そして左腕の切り口からこぼれる血液を右手ですくい、大口を開けて大胆に真っ赤な掌を舐めた。すると、彼女の手首に垂れてきたのは血液と混ざった唾液ではなく、液体化した黒毒だった。

「あはっ! そーれっ」

 その液体を瑠璃と朱音にめがけて投げつけた。それに二人は素早く反応し、それぞれの武器で自分を守る。だが……

「…………」

「瑠璃、あれは気体よりも濃度が高い黒毒だわ。簡単に私達の武器も溶かしてしまう。」

「私達の血液で作った武器なのにそれを溶かすなんて……もう黒毒を越えてる」

「そーれっと!!」

 驚く二人をよそに、フィルーネは次々と液体を投げつけた。その表情はとても豊かな笑顔だった。完全に楽しんでいる。

「俺の家族から離れろ!!」

 その瞬間、後ろから悠哉が大剣を両手に持ち脳天を狙って飛びかかってきた。その言葉を聞いたフィルーネから一瞬笑顔が消えるがすぐに笑みを取り戻した。

「…………はぁい♡」

「ユリウス!! 止まれっっ……!!」

 フィルーネはスッと自分の上半身を下げ、屈んだ。勢いよく、悠哉は剣を振りかざしたまま前方へ向かっていく。そこにいたのは……

「瑠璃ちゃんっ!!」

「え……?」

「ユリウスっ……!!!!」

 体に制止が効かないとわかった悠哉は、自分の失態に気づき思わず目を瞑る。それとほぼ同時に、自分の顔に返り血がべったりとくっついた。

「あっ……」

「うそっ…………」

「あ、ああっ………」

 後ろから、滑り込みで朱音が瑠璃を庇っていた。瑠璃は自分の顔にかかった返り血に触れながら涙をこぼす。それに少し距離の離れたところに居たアルテマも駆け寄ってくる。

「シア……シア!! しっかりしろ!!」

「……ご、めん」

 瑠璃に抱え上げられた朱音は苦しそうに答えた。運悪く直に斬られた背中からは流血が止まらない大丈夫、とでも言うかのように、朱音は瑠璃の手に優しく触れた。

「これ以上喋るな! 早く血液を……」

「む、りよ。わた、しは幸せだ、ったわ……」

 子供、もでき、て……家族が、いて……

 朱音は徐々に目を閉じて行く。それに瑠璃は焦りを隠しきれない。

「いやだっ……どうしてお母さん、私を庇ったりなんて!!」

「る、り。き、いて……」

「うん……?」

 朱音は声にならない声でこう言った……『私達の子供に生まれてきてくれてありがとう。』

 そこで彼女は一生に幕を閉じた。喋らなくなった母親を最期を看取って瑠璃は声を出して泣いた。

「うわあああああああっ……!!」

「シア……」

 さすがに妹を失ったショックはアルテマも大きかったらしく、珍しくその表情には余裕がない。そして彼の視線の先には悠哉がいた。

「……どうして君はこんな状態で冷静なの?」

「わからない。でも、妻を失ったはずなのに不思議と悲しくないんです」

「…………は?」

 その瞬間、ここに居るもの全てが見た。あの冷静沈着なアルテマが怒りに身を任せ、手をあげるところを……

 パーンッ――

 派手にビンタ音が響き渡る。馬鹿だろ、と小さくまた呟いた。

「お前、あれからどうなっちゃったの? 自分で自分の妻殺してなんとも思わないなんて……!!」

「そうですよ、悠哉さん。今のはお父さんにも瑠璃ちゃんにも最高に侮辱をしている発言です。」

 有子も瑠璃の肩をさすりながら悠哉に言った。瑠璃は一向に泣きやまない。

「不思議でしょ? ユリウス・ヴィルアースは人の死を悲しまないの。」

 落っこちていた左腕を、よいしょっとくっつけるとフィルーネはにっこり笑った。それを聞いて驚く人たちを見渡してあれ?通じなかった?と黒ぶちメガネを光らせて二ッと笑う。

「こいつ、妹が死んでも同じ反応したんだよ。すごくない?こんな奴が仲間にいたんだよ?」

「はっ!? 愛菜の時もこんな風にしたのか……?」

「お父さん! 逆上してはいけません!! これでは相手の思うつぼです」

 有子が怒りを隠しきれない父を説得する。それを見たフィルーネは口先でばーかと言った。どうやらそれが狙いのようだった。有子はまずいと思い、アルテマに落ち着くように言った。

「全く~。若い人たちって本当にすぐヒートアップするんだから、ちょっと任せてみればこれだ。」

 すると聞きなれた男の声が響き渡る。とても凛とした落ち着いた声だった。それは壁の外から聞こえる。

「ねぇ、投げて良い?」

「え、ちょっと……ええええっ!?」

 その瞬間壁の外から銀髪の男の生首が飛んできた。それを見てみんな驚きを隠せない。

「し、シアン……?」

「痛いなぁーちょっと、仮にも僕はこの世界を創った神様だぞー」

「はいはいごめんなさい。だって片手にそんなもの持ってたら僕……」

 この壁の中に入れませんもん。

 また、壁の外から聞きなれた声が聞こえた。その声は誰もが聞いたことがある声であった。

「……やっときた」

「お待たせしました。向かっている途中でアルテマさんの首拾ってたら遅くなっちゃいました。」

 すると棒高跳びのように、自分の槍を器用に使いこなし壁を乗り越えてきたのは学帽に紫のトレンチコートの茶髪の少年。

「博君っ!」

「本当にお待たせしてごめんなさい。」

 西塚博は学帽を取り、頭を下げた。そして右手に槍を出すとそれに黒毒を垂らし始めた。

「彼女を倒す方法は一つだけです」


「「彼女の魂自体を黒毒に染めれば良い。」」

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