22.正義という概念は誰にも定められない
「少し、結界弱まってますね。」
「薄々、あなたたちがここに向かう必要がなぜあったのかわかってきたわ。」
ただいま、と声をかけて博は家に入って行く。朱音と悠哉は流されたなぁ、と思いながらこんばんはと言いながら上がって行く。最後に瑠璃と美沙が上がった。
「おかえり。またたくさん連れて帰って来たね。」
「な、なんで兄さんがここに?」
「えぇ? 僕がここにいちゃ駄目なの?」
黒いカッターシャツの袖をひらひらとつまみながらアルテマは笑いながら返事をした。朱音は兄を見て、その付近の遺体を見てしまいあっ……と思わず目を逸らす。
「兄さん、容態は良くならないんですか。」
「これは即死だよ。それに黒毒をこんなところに直接入れられたんだ、生き延びることはほぼ不可能に近いよ。」
「そうですか……すいません、しばらく見ていただいて」
「いいよ。おかげで、娘ともちゃんと話し合うことも出来た。」
「娘ってミリィとですか? あ、あんな状態だったのによくできましたね……」
「君たちの子供よりは良く育った方だと思うけどね。」
そう言ってアルテマはソファの裏で座って眠ってしまった自分の娘の頭を撫でる。そして家に上がった皆は初めてそこに有子がいることを知る。
「まぁ、そんな瑠璃と有子を比べて競い合ってる場合じゃないんだ。少し皆に話がある。」
長話になるから座ったら? 僕が言って良いことかわからないけど。
そう言ってアルテマは立ち上がり、どこからともなく白い布を生み出しそれを勤の遺体にかけた。そしてこの辺で話そう、とまだ秋なのにこたつが出されているリビングに行く。
「この家リビングいくつあるの……」
「四つありますよ。さっきのところが一つ目でここが三つ目ですかね、あと二つは三階にあります。」
「豪邸ね、竜冴の家みたいだわ。」
「永坂ほど大きくはないと思うけど? まぁそれよりもアルテマさん、本題お願い。」
博はこたつに堂々と入り込み、ぬくんでいる。皆入って良いですよ、と自分は一番奥に行く。美沙もどうぞどうぞーと手招きをして博の隣に座る。
「あれ、またこたつのカバー変わったね。」
「本当、兄さん学校が休みの時に合間を縫って作ってるんだよね色々と。その下のカーペットも手作りだし。」
「と、とんでもない女子力ね……」
「瑠璃も学ぶべきではありませんか?」
「し、失礼な。ティッシュケースくらい作れるわよ。」
でも一年生の時、エコバック作りのときに待ち針の使い方もわかってなかったような……美沙はそう思いながら話を聞いていた。そしてアルテマが有子を隣で寝かせて座るとさて、と話を区切った。
「まず、僕が決断した大きなことから。」
「大きなこと?」
「継承戦争は一時休戦とする。」
その発言にみな驚いた表情で見た。驚くのも当然か、とアルテマは思う。そしてアイスブルーの瞳で皆の顔を見た。さすがにその瞳の色には違和感を覚えたらしく、瞳の色にくぎ付けになる。
「兄さんその目……」
「そう、今の僕はアルテマではなくシルヴィア・ウィル・クレイス。一人の青の契約書だ。僕はこれから一人の契約書としてあの人形、鮮血の災禍を倒す。」
「フィルーネのことですね。ですがそれは私の問題では?」
「……そうかもね。だから君にはちゃんと戦ってもらうよ、ユリウス。」
それに、君は前に出て戦ってくれるからとても助かるんだ。
「狙撃師のあなたとは結構良いコンビでしたしね。それにしてもあなたがそんなにやる気になるとは珍しいですね。何かに同情でもしましたか?」
「普通、どれだけ出来た人間でも同情はして当たり前だと思うよ。」
「兄さん……」
すごく当たり前のことを言っただけなのに、朱音はハッとして安心したようにアルテマの顔を見た。これがどうやら自分たちの知らないアルテマと共に生きるシルヴィアという契約書らしい。
「何かとても親近感のある存在に戻りましたね、シルヴィア。」
「そのフィルーネっていうのを倒すまでは体を返してもらったからね。でも存外アルテマも面白い奴なんだ、ただ欲に弱いだけ。」
「それが極端だから困るんですけどね」
「ほんとですよ、あの時シルヴィアさんが出てこなかったら私アルテマ様に殺されてましたから……」
「……ああ、あのときか。」
そういえば思いだせば、竜冴を美沙が殺したときに瑠璃はアルテマに連れていかれた。その時、あの子殺されかけてたんだ。きっとあのアルテマなんだから赤色を見せろとか言ったんだろうな、そしてそれを今のシルヴィアが止めた……善人なんだな、この体の持ち主は……そう思いながら博は話を聞いている。どうしてこんな善人の中でアルテマは生きようと思ったんだろう?
「生き残ってるのは、これで全員なんだよね。」
「そうですよ、あなたが自分の中のアルテマを抑えなかったせいでこうなったんです。」
「ちょ、博……」
「元々、美沙が竜冴さんを殺したのだってあなたがこんなことを仕向けたからだ。兄さんだってちま、有子に会わなければこんなことにならなかった。少なくとも医者になって夢を叶えて人生送っていただろうね。元はと言えば……」
お前ら契約書が僕らに関わってこなければ、僕らは・・・普通の高校生だったのに。
顔を伏せて博は吐き捨てるように言った。それを聞いて朱音も悠哉も瑠璃も気まずそうに目線を逸らしてしまう。美沙は戸惑ってどうすればいいかたじろいでいる。ただ一人、アルテマは真剣にその話を聞き博を青い瞳で見つめていた。
「博君、もう君は戦うのが嫌?」
「ああ、もう御免だよ。瘴気を出す力なんて要らない。もっと言えばその鮮血の災禍だってどうでもいい。そいつと関わらければもう契約書でいる必要もないんだ。」
「美沙ちゃんは、どう?」
「わ、私ですか。私は……」
私は魔術師らしく、生きて行きたい。
「魔術師らしく?」
「はい。私は瑠璃ちゃんと永坂君が私の魔力回路を開いてくれなければ、ずっと魔力を隠し持った普通の人間として生きていたでしょう。本当の自分を知らずに生きていたかもしれないのです。これがありのままの自分です、私はそんな自分に誇りを持って生きて行きます。それに、永坂君を殺してしまった罪は一生拭えませんから。」
美沙はそう言ってほんのり涙を流した。それに気付くと美沙はあっ……と思わず顔を伏せてしまう。そしてごめんなさい、と無理やり笑顔を作って笑った。
「なので私、シルヴィアさんとその災禍と戦います。死ぬのはとっくに覚悟してます。アルテマ様に鍛えられてしまいました。」
「…………」
「博君、本当に行かないの? 美沙ちゃんを守るのはあなたでしょ?」
瑠璃は一向に目を合わせようとしない博の方を見て言った。
「あなたがお兄さんを失って傷ついてるのはわかるわ。でもあなたが美沙ちゃんを守らなかったら、彼女は最悪あなたの知らないところで死ぬことになるのよ。あなたは美沙ちゃんの
瑠璃は自分の想いを精一杯伝える。自分があの時密かに恋心を抱いていた、竜冴を失ったときに自分があの場所にいたら美沙も彼も感情的になることはなかったんじゃないのか……そう何度も何度も後悔した。そんな感情を彼には絶対に抱いてほしくない。瑠璃の心から出た言葉だった。
「博、私も守ってもらうなら博が良い。」
「僕は未熟だから兄さんに守られたんだ。一つの命を犠牲にしてまで守られたんだ。こんな出来そこないの騎士なんていなくても良いだろ。」
もう僕は寝るから、二度とその話僕の前でしないでね。
はぁ、とため息をつきながら博は立ちあがって自室のある二階へ歩いて行った。それを見て美沙は黙って下を向いた。
「でも、博の言うこともわかりますよ。私も愛菜を失って少し動揺しています……」
「え、愛菜さんが?」
「まだ、美沙ちゃん達には言ってなかったわね。あの瘴気が満ち溢れた森の奥では愛菜と幸弥君の遺体があるわ。あの人形のせい……」
「幸弥も……」
「ということは今、残っているのはここにいる人数だけなんだね。」
「そう、なるわね。」
「美沙ちゃん、本当に博君が来ないのに来るかい?」
再度アルテマは美沙にそう尋ねる。それに対し、美沙は少し落ち込んだ顔をしながらも首を縦に振った。
「ありがとう。」
そう言い、アルテマは笑顔になる。そして瑠璃、朱音、悠哉、美沙の四人の顔を見渡す。目が合えば皆、首を縦に振った。覚悟は出来ているということだ。
「ここで鮮血の災禍を討つ。」
「「……これからいよいよ後半戦だ」」「よ」「ね♪」
~第三幕:契約の終焉の章~へ続く……
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