21.決断の出来る人間は勝利を見据える

「しょ、瘴気がひどいわ……」

「……ですね。ちょっと息苦し……ゴホッ。」

「だ、大丈夫!?」

「ええ、だいじょっ……」

「ゆ、ユリウス!!」

 迫りくる紫の気体、瘴気から逃げながら悠哉と朱音は森の中を駆け足で走っていた。瘴気はみるみるうちに近づいてきて、もう森全体を支配してしまうのではないかという勢いである。

「す、すみません……」

「私の手に掴まって。とにかくここを抜けないと」

 足取りの悪い悠哉は少し走っただけで、足がもつれて倒れそうになっている。それを前を走る朱音が支え、森の外まで向かう。悠哉は目に涙を溜めながらも走り続けた。

「……私に、泣く権利はありませんよね。」

「……泣けば良いと思うわ。どうしてあなたが我慢する必要があるの?」

「私は、幸弥にあんなに冷たいことを言ってしまったのに……人の死をあれくらいで悲しむことはないということまで言ったのに」

「でもそれがあなたなりの優しさだったのでしょう? それに、普通は人間みんな人が死ぬと悲しいのよ。」

 朱音は淡々とそう言いながら振り返ることもなく走り続ける。

「さすがに愛菜を失ったことで少し、自暴自棄になってたんじゃない? 人間殺しをしていたときのあなたが、少し見えたわ。」

「……どうして、私はあなたの兄みたいに物事を冷静に判断出来ないのでしょう? どうして他人の命をこんなに捨てて、私は生きているのでしょう?」

「あなたに、そんな兄さんみたいなことが出来るわけがないじゃない。兄さんはアルテマだわ、創造神アルテマなのよ」

あなたとは、生きてきた道が違いすぎるのよ。

 朱音はそう言うと一旦足を止める。そして目に涙を浮かべる最愛の人を見た。

「兄さんはもう、私の知っている兄さんじゃない。シルヴィア・ウィル・クレイスはもういないの。」

「それはどういう……」

「見た目は私の兄、シルヴィアよ。でも中身は丸っきりの別人、何千年と魂移行を繰り返してきた、創造神アルテマなんだから。あなたの幼馴染じゃないのよ、だから追いつけなくて当然。」

 だから、私はユリウスはユリウスらしく生きればいいと思うよ。

 そう言って朱音は小さく微笑んだ。そして右手でそっと悠哉の頬に触れた。

「死人は蘇らないわ。それをみて後悔するなら、それを積み重ねないように生きるしかないのよ。」

「……そう、ですね。」

 自分の顔を覗きこむ朱音と思わず目を逸らしながら悠哉は答えた。そして目に浮かべていた涙をぬぐう。

「ちょ、ちょっと何してるの二人とも!!」

 そう言って出口の方から走ってきたのは茶髪に赤いドレスの少女。その後ろにはサイドテールの少女、学帽を被った少年がいた。

「る、瑠璃?」

「は、早く出ないとまずいよ! 瘴気が見えるってば!!」

「え、あ……」

 10mくらい先で瑠璃は二人に声をかけてくる。それを見て朱音は手で丸を描き返事をした。それを確認すると高校生三人は出口に向かって走り出した。それに続き、朱音と悠哉も走り出す。

「絶対、何かあったよね……」

「私、すごい胸騒ぎがする。」

「でも、こんな瘴気が充満してる中走るのは無謀すぎるわ。死にに行くようなものだもの。」

「瑠璃さん、びびりなんだね。すっごく走るのが速い。」

 そう博が呟くように言うとそ、そんなことないし!!! と赤い瞳がこちらをみて訴える。

「あ、赤の契約書は足が速いのよ!!」

「それって青じゃないですっけ。」

「ああ、もういいのよっ!! 瘴気は嫌いなのよっ!!」

「……じゃ、じゃあ瑠璃ちゃん私も嫌い?」

「は、はぁ!? そんなこと言ってないわよ。別に美沙ちゃんは瘴気出さなければ普通の可愛い高校生じゃないの。」

「あ、ありがとっ!! 瑠璃ちゃんも可愛いよ!」

「あ、ありがとう……」

「仲直りが早いねぇ。あ、なんとか出れたみたい。」

 瑠璃は路上でも構わずに疲れた……と足を開き寝転がる。それを見て美沙は思わず彼女の着ている赤いドレスを使ってなるべく脚が隠れるようにしてあげる。さすがみー、と博は笑顔で言った。

「だって瑠璃ちゃん、そんな姿勢でいたら博に襲われるよ?」

「えぇ。見かけに寄らずに結構肉食系なんだ、博君。」

「はは、男なんて好きな相手の前では本能を抑えられないんですよ?」

 そう言って瑠璃の隣に座る美沙を後ろから抱く。それとほぼ同時に朱音と悠哉も森から出てきた。目の前では瑠璃が寝転がり、博は美沙に抱きついている。それをみて朱音は思わず呟く。

「瑠璃、起きなさい。」

「はいはい。そんな怖い目で見ないでよー。」

 本当に「お母さん」は怖いなぁ~。

 そう言って瑠璃は起き上がる。そして美沙は首を傾げて瑠璃に尋ねる。

「お母さんってどういう……?」

「え?そのままだよ、ここの夫婦が私の両親。」

「そ、そうだったの!?」

「まぁ似てないから言われないとわからないわよね。全く、路上で寝るなんて本当にはしたないわ。」

「う、うるさいなぁ。あんな瘴気が充満したところでいちゃいちゃしてるから瘴気危ないよって教えてあげたのに。」

「別にそんなことしてなかったわよ……。それよりあなたたちこそどうしてここに来たの?」

「私達は、西塚家で謎の声の主にここに来いって言われて来たんです。緑髪の少女を預かってると言われて……愛菜さんかなと思ってきました。そしたらこんな状態で」

 愛菜、その言葉が出た時悠哉は思わず目線を下に下げてしまう。そして背中の鞘に入っていた剣が消え、覚醒を解いていた。衣装が変わらないのでわかりにくい。それを見た博は大丈夫ですよ、と悠哉に言う。

「……辛いことは言わなくても大丈夫ですよ。」

「……すみませんね、気を使っていただいて。」

 悠哉は白衣のポケットに手を突っ込みながら博に笑って見せた。それに彼は笑顔を返す。朱音は覚醒を解き、ふぅ……と辺りを見渡した。

「とりあえずここにいても埒が明かないし、ブレッド・フラシャリエに戻りましょう。」

「す、すみません。私、博の家まで戻らないと……」

「そう。ならそこまで行きましょう。有子も勤君もいるし、状況整理しておかないと。」

 ……勤兄さんはもういません。博と美沙はそう言えずに瘴気に満ち溢れた森を後にした。

* *

「お、お父さん。勤さんはもう目を覚まさないんですか!?」

「……お前もわかってるように、さっきのナイフは傷の治りを遅くする。僕でもまだ少し傷が塞がってないんだ、人間なんて再生しないにも等しいよこんなの。しかも勤君の場合は心臓だ。もう、触れればわかるだろう?」

 手遅れって事くらい……

 そのころの西塚家。命を失った勤をアルテマがリビングまで運び、ソファで眠らせていた。有子はずっと彼の死体を見ないように隣の部屋ですすり泣いていた。二人とも、覚醒は解いて沈黙が暫く流れた。

「ミリィ。いや、有子。お前は本当にあいつの言った通り、優しさの有る子に育ったな……」

「それは、お母さんの……?」

「そう。ルキア、お前の母はそう望んでその名前をつけていた。どうしてその名前をつけたのか、それはあいつには無かったからだ。」

「無かったって、優しさが……?」

「ああ。僕はそうでもないと思っていたけれどね。とても悪趣味な子だとは思っていたが……それゆえか、自分のことを優しさのない狂った奴だと言っていたよ。」

 アルテマは安らかに眠っている勤の顔をソファの上から眺めながら語っている。有子は壁越しにその話を聞いていた。彼女の顔は真っ赤で、涙の跡が見えた。

「悪趣味って、どんな趣味だったんですか……?」

「彼女は人体のパーツがとても好きでね。指のブレスレットとか目玉のバンクルとか好きだったよ。あ、もちろん本物の。」

「ひ、人の体の一部を身につけてるって事ですよね?」

「そう。悪趣味でしょ?」

 ちらっとこちらを有子が見ているのを見て、アルテマは白いローブの袖に隠していた一つのブレスレットを出した。それには青い瞳の目玉が付いていた。それを見て呆然としている有子を見て、彼は笑った。

「これはプラスチックだよ。」

「お、驚かさないでくださいっ!! い、今の流れだったら本物かと思ったじゃないですか……!」

「ごめんごめん。まぁこんなものを作るような人だったのさ。体も弱いのに人体パーツをどこからか集めてきて怖い奴だったよ。有子を授かったときだけかなぁ、あれだけさわやかな笑顔を見せたのは。」

「私が産まれた時……」

「うん、あの時のルキアは普通の女性だった。まさかあいつが子供の名前を考えているだなんて想像もしなかったし。よっぽど、嬉しかったんだろうね、子供が出来たっていうのが。」

 もし、今生きていたらとてもミリィは愛されて育っただろうね。僕があんな育て方したら確実に殺されてた。

 そう言ってアルテマは小さく笑った。でもどこかその顔は切ない表情を浮かべていた。

「やっぱりお母さんが長生き出来なかったのはやはり体のせいなんですか?」

「……まぁ表向きはそうかな。生まれつき彼女は脳の血管が細くてとても脆かったんだ。だからよくくも膜下出血も起こしたし、少し衝撃を与えれば脳内の血管全てが破裂して即行植物状態さ。まぁそんなことがあったから彼女と出会えたんだ。そして今のお前がいる。」

「じゃ、じゃあ私を産んだら体に刺激が……」

「そうだね。当然、体に異変は起きたよ。出産を終えた後、しばらく彼女は目を覚まさなかったんだから。そして一回、目を開けた後から本当にもう二度と目を開けることはなかった。後に症状を調べてもらったところ、脳内の血管が切れて脳が活動を停止したとのことだった。僕は彼女の延命治療は絶対に選ばなかった。あいつが望まなかったからね」

 ……有子に綺麗じゃない母親の顔なんて見てほしくない。あなたが教えてあげてほしい、すごく綺麗でみんなに自慢できるような美しい母親のことを。

 出産前、そう言ってたよ。そう言ってアルテマは物悲しそうな顔で俯いた。有子は涙を拭いて父親の隣に座った。

「そ、そんなに綺麗なお母さんだったら……私、きっと将来すごく美人になりますね。」

「はは、きっとなるだろうね。それにその小柄な体型もそっくりだ。」

「ま、まぁ……お父さん見てればそうかなぁと思ってはいましたが」

「有子、辛い現実かもしれないがお前の最愛の人は死んだ。たった一人の兄弟を庇った。本当に、僕と違って優しい人だ。」

 優しくて強い、理想的すぎる男性だったね。

「本当ですよ……勤さんは優しいし料理は上手だし、お裁縫も上手だしおまけに勉強も出来て。いつも表情がクールで真面目なのにすごく並はずれた甘党で、シアさんにいつも激甘のクロワッサンを頼んでるくらい。でもね、音痴なんです。そんなところがまた良くて……そんな勤さんがとても好きでした。」

「……そうなんだ。」

 アルテマはそんな話を聞いてゆっくりと瞼を閉じ、自分の世界で一通り考えを整理した。

 「皆の事を考えて、あの人形を消すべきだ。」「どうして? 自分の欲求を満たすためにこのまま戦いをすればいい。」「あの化け物を消さねば戦いどころではない。」「そうかな? あいつも人を沢山殺すのだから赤色はより多く見られると思うけど? 自分の娯楽を満たす前に根本的なことを解決しなければ……」「ならそうすればいい。どんな目を見ても知らないよ、シルヴィア?」

 自分の中で二人の人が喋る。そして決意をすると再び目を開くと座る有子をみた。その瞳はとても美しいアイスブルーに輝いていた。それは青の契約書の瞳であった。

「お父さん、瞳……」

「……瞳の色変わってるの?」

「え、えぇ」

「あ、そっかそっか。久しぶりに青に戻ったんだ……。」

 有子、僕の話を聞いてほしい。アルテマはリボルバーを一本持ちながら有子に言う。それを見て有子は少し戸惑いながら首を縦に振った。

「僕は君の本当の父親、シルヴィア・ウィル・クレイスとしてあの人形『鮮血の災禍』を討つ。あいつを野放しにはしておけない。」

「鮮血の災禍って、伝承でアルテマと敵対した化け物……?」

「そう。それと同じとは言わないけれど、僕にとってはそのくらい彼女は脅威だ。 最初は大したことないかと思っていたけれど、この調子では最悪参加者全員殺される。下手したらシアやユリウスも殺されてしまうだろう。犠牲が増える可能性がある、もう僕が前に出てそいつを止める。」

「私も、戦います。勤さんの敵です……絶対に倒します。」

「ありがとう、ミリィ。あと、ミリィと有子どっちで呼んでほしい?」

 急に聞かれて有子は少しうーん……と悩んで少し照れくさそうにアルテマの顔を見た。

「有子が、良いです。お母さんが私を思ってつけた名前ですし、もうそれが耳に馴染んでしまってますから。」

「わかった。」

 そう笑顔でアルテマは言うとリボルバーをしまい、有子の頭を撫でた。

「……どうして、僕は赤色を望むんだろう。」

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