20.死骸の山は功績を称える

 場所は変わりここはブレッド・フラシャリエ裏の森。ここで愛菜を気絶させ誘拐した首なしのフィルーネは木に囲まれた月が見える場所で、腕に抱いている少女を迎えに来るのを待っていた。

「なんか、醜くなってきちゃったね……」

 目が覚めるまで待てなくて思わず毒を出しちゃったけど……

 フィルーネは膝に気絶している愛菜を置いて、ここに人が集まるのを待っていた。だが待ち切れず服の袖をまくり、自分の腕を折り、気絶している彼女に面白半分に黒毒を流していた。

「右腕ドロドロになってる」

 ドロドロとフィルーネの折れた右腕から紫の液体黒毒はこぼれている。それは愛菜の右腕に触れ、彼女の腕を少しずつ溶かしていっていた。よく当たっている肘辺りはもう骨が見えており、このまま溶かしてしまえば簡単に外れてしまいそうだった。中途半端な溶け具合がまた不気味だった。

「なんで起きないんだろ。腕溶かされただけじゃ死なないはずなのに」

 このまま死んでたら面白くないじゃん。

 と言いながらフィルーネはふふっと小さく笑った。最初から生かす気なんて更々ないのだから、自分にとっては全然都合の悪いことではなかったのである。

「うーん、今ここに向かってきているのは三人か。五人は欲しいなぁ、面白くない。」

 ていうか五人来てほしくてわざわざあのナイフで全員殺さなかったのに。

 誰かおしゃべりの相手してくれないかな……そう思った時に最初に思い浮かべたのはこの体の本当の持ち主であるシルヴィア。自分はあのとき、自我を失って人造人間である彼の体に乗り移った。なぜ、彼を人間ではないと知っていたのか。それは、彼の生活からだ。シルヴィアは睡眠を知らなかった。一緒に暮らして5年、彼は一度も寝なかった。寝なくても生きていたのだ。そこに自分は気付いてしまった。でも実際自分も人形に移って生きていたのだから似た様なものかと別に気にしてはいなかったが。

「……何か、申し訳ないことしたかな。お兄さんに。」

 自分はそんな契約書のように魔法を器用に使いこなすわけではなかったので、一つの体に魂を二つ入れるなどという器用なことが出来なかった。契約書ですらそんな器用なことを出来るのはこの世でただ一人であるが。

「でも、どうしてお兄さんはアルテマに似てる顔にされたんだろう? ユリウスってば、もしかしてちょっと危ない趣味持ってたりするのかな。」

「確かに、アルテマのことは信じていますがそんな趣味は持っていませんよ。」

 そんな声と同時に自分のすぐ右を翠の大剣が通り過ぎた。それはすぐ後ろの木に刺さる。荒っぽいなぁ、と笑うが表情がわからないため、首なしとは不便なものだと改めてフィルーネは思う。

「ああ、三人ってこっちの三人か。」

「愛菜……!?」

「さ、さっきの首なし?」

 座っている首なしを上から睨む悠哉、行方不明の相方を探しに来た幸弥、不安になってついてきた朱音の三人だ。おお、と幸弥を見てフィルーネは呟いた。

「初めましてだね。私はフィルーネ。首なしでも喋れるからよく驚かれる。」

「……首なしになって一週間も経ってないでしょう?」

「冷静なツッコミありがとう、ユリウス。まぁまぁそこの眼鏡君も僕を見てそんなに驚かないでほしい。」

「えっと……それはシアンのモノマネですか?」

「そう。元々声が高いから下手くそだけどね。まぁよろしくね、眼鏡君。よかったら名前教えてくれない?」

「……あ、もう突っ込まないんですか。悠哉さん。」

「私、別にこの首なしのツッコミ担当ではありませんから。」

 幸弥は的確にツッコミをする悠哉を見ては、はぁ……と苦笑いしてしまう。そんな様子を見ているとどうも敵同士には見えない。

「でも敵にそう簡単に名前を教えても良いのだろうか」

「私だけ教えて君が教えないのは不公平でしょ!!」

「……僕は神田幸弥。愛菜の相方の魔術師だ。」

「ほうほう、魔術師君かぁ。個人的にタイプな顔をしているわけじゃないけどそこそこ整った顔してるじゃん。」

「それはどうも」

「自己紹介も終わったし、もう良いでしょう? 手遅れかもしれませんが愛菜を返して下さい。」

 今、何て言った? 一瞬耳を疑った幸弥は思わず着ていた紺色のジャケットの裾を握ってしまう。手遅れ? そう、自分は呑気に話している二人に便乗して話をしていたせいで肝心の愛菜を見ていなかった。彼女の右ひじは骨が剥きだしていて今にも溶け落ちてしまいそうだったというのに……

「え、これもう手遅れ?」

「さぁ、わかりません。ですがその毒、若干ですが心臓に当たってるんですから確実に生命の危機はありますよ?」

「どうして、妹がこうなってるのに落ちついてるの?」

「……もう、私の中に理性がないのかもしれませんね。不思議と焦りも悲しみも感じなくて、一応これで怒ってます。」

 そんなユリウスの表情は少し口元に弧を描いている。だがよく見ると目元はあまり笑っていなかった。悠哉は同じ剣をもう一本自分の手に出すと両手で持ち、座っている首なしの元へ剣を振りかざした。

「……相変わらず大ぶりで怖いなぁ。」

 首なしはそう呟くと、膝に置いていた動かない愛菜を投げ捨て、スッと身をかわす。そして悠哉の振りかざした剣は運悪く愛菜の心臓を斬りつけてしまう。

「あーあぁ♪」

 みるみるうちに翠の剣と悠哉の白衣は赤い妹の鮮血で汚れていく。剣は見事に彼女の少し溶けていた服の下の心臓を深く抉っていた。彼女は叫ぶことなく、飛ばされた衝撃で右腕はポロッと落ち・・・既に死んでいたことを幸弥の黒い目に見せつけた。

「…………」

 悠哉はバタッと地面に叩きつけられた妹をしばらく見て、目を逸らした。でも不思議とその表情は悔しそうでも悲しそうでもない。ただ無表情で目を逸らしているだけだった。

「あーっははは!! あーあぁ、妹ちゃん死んじゃったぁ。可哀そうだな~。寄りにも寄って大好きなお兄様に! あははははっ!」

「あ、愛菜……?」

「……幸弥君。」

 朱音がそっと幸弥の肩を叩いた。そして小さな声で「ユリウスを恨まないで」と言う。そう言われて幸弥は自分の手が震えているのに気が付く。怒り故か、悲しみ故か……または両方か。

「それは無理ですよ。愛菜の夢をあんな形で奪った奴「ら」を僕は許せない。」

「あれ? ユリウスよりも眼鏡君の方が怒ってる?」

「どうしてお前ら契約書はそんな簡単に人の命を犠牲に出来るんだよ!! どうしてそんなに粗末に人を扱えるんだ!!」

「……人なんてこの世に何万といる。」

 少し声のトーンが低い悠哉が今にも泣き出しそうな幸弥に向かって言う。彼はそう言いながら自分の手に付いた返り血を白衣の袖で拭いていた。

「そして人は秒単位で増えて減っている。その一人だとしたら、お前はどう思う? 大したことないと思わないか?」

「あ、愛菜はあなたの妹ですよ?家族ですよ……!? そんな大切な人が死んで悲しくないんですか……?」

「そういうことか。でもちょっと特別な存在というだけだろう? 愛菜も一人の人間で……」

「眼鏡君、驚いてる? この人冷たいでしょ? 殺したくなるでしょ? これで私の考えはわかってもらえた?」

「…………」

 目を閉じながら少し辛そうに幸弥は首を縦に振った。それを見てフィルーネはおおっと手を叩く。それに対し朱音は嘘でしょ……? と持っていたメスをロンググローブにしまうと幸弥の震える手を握った。

「それはこっちの台詞ですよ。あなたは愛菜が、義理の妹が死んで何も思わないんですか?」

「悲しいわよ! 悲しいから何も言えないのよ……」

「…………!!」

 その言葉に幸弥はいい加減にしろと言わんばかりに思いっきり朱音の手を振り払った。

「っ……」

「すみません。僕は悠哉さんを許せない。」

「……幸弥、悪いことは言わない。俺に手を出すな。」

「…………」

「あ、そうだ。眼鏡君、ちょっとで良いから私の話を聞いてくれない? 面白い話してあげようかと思って。」

「なんだ」

 そんな怖い顔しないでよ、とフィルーネはおどける。そして剣を持つ悠哉の隣をすんなりと通り越してフィルーネは幸弥の隣に歩いて行く。

「一応私も契約書だからさ。契約書がいなくて無防備な君を守ってあげるよ。継承戦争に参加してるのって、願いを叶えるためでしょ? ここで脱落してしまっては勿体ないし、私と契約しよう。私はずっと力もあるし、役には立つよ?」

「お前みたいな汚い真似しか出来ない奴と手を組む気などない。」

「本当にぃ? ほんとーにいいのぉ?」

「……良い。それに僕は愛菜の願いを叶えるために参加したんだ。」

「ふぅん、なら……」

 ここで死んでも未練はないか。

 そう言ってフィルーネは幸弥の心臓にガッと手を突っ込んだ。そして真っ赤な手首を引きだすと、それと同時に幸弥は静かに倒れた。口はあんぐりと開き、目はとても呆然としていて完全に生気は無い。倒れた時のショックで眼鏡は外れてしまっている。

「……このちょっと動いてる感じが良いんだよねぇ。」

 あ、血も出てきた。

 笑顔で、といっても顔は無いがフィルーネは楽しそうに少し動く心臓を触りながら命を絶った幸弥の亡骸を見ている。そしてその心臓を本来なら口のある場所に持っていこうとする。

「あ、私顔ないんだ。忘れてた。」

「……っ!!」

 悠哉は自分でも気がつかないうちにありったけの力でフィルーネの胸倉を掴んでいた。それで彼女は心臓を落としてしまう。

「ちょ、何するの!」

「どうして幸弥の命まで奪った。こいつは俺らの事情には関係ないだろう。」

「あぁ、なんで妹には怒らないかわかったよ。血縁だから巻き込まれるのはとっくに覚悟してたってことね。それで……眼鏡君は殺されない想定でいたから動揺している、と。」

 でもさ、昔の私もこんな気持ちだったけど? 辛いでしょ? 悲しいでしょ? 痛いほど苦しいでしょ? 復讐したくなるでしょ?

 そう言ってフィルーネはあっははははと笑い瘴気をみるみるうちに体から出していく。

「ゆ、ユリウス、これは危ないわ!!」

「……仕方ないですね、ここは身を引きましょう。」

 掴んだ首なしを投げ捨てると悠哉は朱音に誘導されるがまま、その場を引いた。さすがに瘴気の中では自分たちは不利だと感じたからである。フィルーネはその後も大量に瘴気を出し続け、気づけば周りは瘴気に満たされていて紫の霧が立ち込めていた。

「……この体、困るなぁ。食事がちゃんと出来ないや……」

 そう呟きながら寝転がっていたフィルーネは起き上がる。そして腕を伸ばしながらあはっと何か思いついたように笑った。

「死んだらもう魂は無いっけ。」

 この人ならいけるかなぁ……

 首なしの視線の先に居たのは、心臓を抉られた眼鏡の青年だった。

「しばらく、お借りします♪」

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