19.それぞれの願いが交差するとき何かが生まれる
「に、いさん?」
「勤さん!!目を開けて!!あけてくださいっ……!!!」
「…………。」
「……心臓を突かれてる。」
先ほどまで壁に刺さっていたはずの黒いナイフが勤の心臓に刺さっていた。その刺さった部分からは血が滲み出ていて、彼の白いTシャツは徐々に赤く染まっていった。有子は彼の亡骸に泣きじゃくり、博は返り血を拭きながら呆然としている。美沙は目が赤くなっていることから泣くのを必死に耐えているのが伝わる。
「実に行動力のある優しいお兄さんだったね。最期まで敵である家族を守るとは。」
負傷しているアルテマは血が溢れる目を押さえながらゆっくりと立ちあがり、倒れる勤の元へと近づいて行った。アルテマの片目を隠した長い銀髪の前髪は少し赤く染まり、髪の一部が赤くなっている。
「……この毒を使ってるやつを殺してくる。」
そう言って博は兄の胸に刺さっているナイフをガッと抜く。その瞬間更に血液が溢れだすが、博はそのナイフを持って外に出て行った。まるで兄の死体から逃げるかのように……
「……美沙ちゃん。彼の元に行ってあげて。彼一人で何とか出来る相手じゃない。」
「……はい。兄さんの敵、取ってきます。」
* *
「誰だよ、こんなことするやつは」
博はナイフを自分の出す瘴気で溶かし、液体化した黒毒を適当に服で拭く。そして思わず涙を拭おうとする。
「……何で、泣いてないんだろう。」
心の底では、敵として倒しにくいから誰か殺してくれれば良いのにって思っていた? そして実際に兄は死んだ。何者かの手によって。自分が泣くことが出来ないのはその都合が良すぎる現状に喜んでしまっている自分がどこかにいるからか……色々と考えるだけで苛々が募っていく。
「博、そこで立ち止まってどうしたの……?」
「あ、みー……」
ごめん、何でもないよ。
そう言うと、博は一人で歩きだす。それを美沙は待って、と止める。
「博、一人で行くとまたあんな感じに人質にされちゃうからだめ。普通、漫画とかでも人質にされるのは可愛い女の子なのに博が人質になったら女々しいよ! それとも博は女の子に憧れでもあるの?」
「は、えっ……? べ、別に好きで人質になったわけじゃ……」
「でしょ?? ならそんなことにならないように二人で行こう。……私達の兄さんを奪った奴なんて生かしてあげないんだから。」
そう言うと美沙は博の顔を覗きこんでにこっと笑った。本人は完璧な笑顔をつくったつもりなのだろうが、少し口元が引きつっている所から博はすぐに作り笑顔だと気付いた。でも博もそんな笑顔を見て自分の笑顔を返すしかなかった。そして博はあはっと笑って見せた。
「そうだね。人質は女の子がなった方が何となくそそって良いね。」
「そそる……博ってばそんな趣味があったんだ?」
「冗談には冗談で返さないといけないから返したってのになんでそんな退きぎみなのさー。」
あぁ、どうしてこんな状況で笑えてしまうのだろう。知らない間に人を殺すということに躊躇いが無くなってしまって……
「そう。人は徐々にそうやって壊れていくの。そして……紫に染まる。」
「だ、誰?」
急にソプラノ声の女性の声が響き渡った。西塚家は結界が張ってあるため、声は結界内にしか響かない。
「私の正体が気になるのならユリウスの実家の裏の森に来てみて。そこで色々話してあげる。」
「な、名前くらい名乗りなさい!!」
「……そこまできたら教えてあげる。」
あ、あとね。早めに来ないとあなたのお兄さんみたいに緑の女の子も殺しちゃうよ?
あはははっと笑い声が響き、声は消えていった。博と美沙は最後の言葉を聞いて顔を合わせた。
「どうする。」
「緑の女の子ってきっと愛菜さん……」
「幸弥はこの事態を知ってるのか?」
「眼鏡君ならもうブレッド・フラシャリエに行ってる。愛菜が電話も出なくてメールも返信しなくて不安になったみたい。」
「その声……」
凜とした声が響き渡る。その声がする方、玄関のほうに行くと茶髪に赤いドレスを纏った片目がレッドアイの少女が腰に手を当て立っていた。
「瑠璃ちゃん……?」
「お前、まだみーに何かあるのか……」
「ないわよ。あの時は申し訳なかったと思ってるわ。ごめんなさい。取り乱して情けなかったわね。」
瑠璃は頭を下げて謝罪する。だ、大丈夫だよと美沙は頭を上げてくれるように瑠璃に言う。
「そ、それで瑠璃ちゃん。覚醒してるけど……」
「あ、ああこれ? アルテマ様の拘束を切るために力を使ったのよ……さっき弱まったから隙をついて解いたの。それに私、もう継承戦争からは排除されてしまってるしもう戦う気はないわ。さっきの声の主の話、聞いたでしょう? きっと緑髪の少女は愛菜。私の幼馴染よ。私は彼女を助けたい。これ以上、自分が不甲斐ないせいで奪われたくないの。」
「なら一人で行けば良かったじゃないか。なにもわざわざここで僕らを待たなくても……」
「あの時、私は自分一人じゃ何もできないことを悟ったの。頭に血が上ると魔法を唱えることすらも忘れて……きっとあのままアルテマ様がいなかったら私は博君に刺されて死んでたわ。都合が良すぎるのはわかってる……愛菜を助けるの手伝ってくれない……?」
お願いします、そう言って瑠璃は両手を合わせて博と美沙に懇願した。どうしよう、と美沙が博の顔を見ると、博はふぅ、と呆れたように瑠璃の方を見た。
「本当に都合が良いよね、全く。でも僕も幸弥を助けに行かないと。あいつが自分から動くなんて、結構愛菜のこと気に入ってるんだろうって思うし。だから瑠璃さん、僕らに付いて来るっていうのなら良いよ。」
そう言って博は覚醒して、片手に長槍を持つ。行くなら早くいくよ、そう言って彼は歩き出す。瑠璃は少し戸惑いながら美沙を見る。
「うん、博がああいうなら大丈夫だよ。あと私からは一つだけ条件が。」
「え……な、何?」
「……死なないでね。」
そう呟くと美沙は答えを聞く前に瑠璃の手を引き、博を追いかけた。ごめん、瑠璃ちゃん。私はこれ以上死体を見るのは耐えられないかもしれない。だから告げておいた、これだけは守ってほしいんだ。
「……奪われないように、奪う。こんな醜い世界なんて無くなればいいのに。」
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