17.心の底からあなたが求めるものは③

「首、なし……?」

「そうそう、あんたの旦那が斬っちゃったの。だからルックス悪いけどこのままで来ちゃった。」

「て、ていうか……どちらさま?」

 ここはブレッド・フラシャリエ。いきなり入口から黒ローブの首なしが入ってきて、朱音が困惑している。愛想笑いも出来ないくらい彼女の顔は引きつっていた。声的に女の子なのだろうか? と思う。

「さっきここに来たよ。お兄さんの腕で抱かれてた人形。」

「あ、あの子? そ、そうなんだ……ってえっ?」

「もう、お姉さん困惑しすぎだって。しょうがないなぁ、私は優しいからちゃんと一から教えてあげる。」

 あ、後私フィルーネっていうんだ。

 勝手に自己紹介をして首なしは目もないのに片手で扉を閉めた。そしてここ座らせて、と言い勝手に座る。座って数秒後、朱音はその服装はシルヴィアのものだと気づく。

「まず、ユリウスとお兄さんは私を連れてフィネの実家に行ったの。その時に私は竜冴君の死体を見ちゃって、ちょうどいいから昔私の本当の体とお父さんを殺したユリウスもここで竜冴君と同じようにしてやろうと思って黒毒を撃った。そしたらあのお人形、薔薇の茎で縛られちゃった。それでバラバラになっちゃってねー。あ、薔薇なだけに?」

「そ、そう……」

「もう、せっかく笑わせようとしてるのにノリ悪いなぁ!」

「ご、ごめんなさい……」

「何か、お兄さんと似てるね。」

「え……?」

「ううん、なんでもない。大したことじゃない。」

 なんだか、とても懐かしむような声で彼女……フィルーネは呟いた。朱音は首なしの恐怖にまだ取り憑かれていて、話が全く頭に入ってこない。

「それで、何かに乗り移らないと私生きていけないからとりあえずお兄さんに移ったの。生きた人間には移れないからね。そしたらお兄さん、首飛ばされちゃった。」

「え……じゃ、じゃあどうしてシアンには移れたの?」

「だから、お兄さんは人間じゃないんだって。」

 俗に言う人造人間の類に入るの。

 嘘……。そう呟き納得の出来ない朱音にフィルーネはほら、と首の切り口を見せた。確かにそこには血肉や骨もあるが電気のコードのようなものも見えた。それをみて朱音は嘘でしょ……と頭を抱えて目線を逸らす。

「首飛んじゃったからお兄さん、もう生きてないんだ。代わりって言っちゃあれかもしれないけど私がこの体を使って生きてるの。これでわかったかな?」

「……ええ。」

「そっかぁ。よかった! それじゃあお姉さん、私の質問に答えてよ。答えてくれたらお姉さんは殺さないから。」

「な、何?」

「……あなたの子供はどこにいる?」

 そいつがいなければ永坂家はあんなことにならなかったんだ……

 そう言ってフィルーネはガッとテーブルの上の朱音の手を掴んだ。どうやら本気で答えてほしいらしい。でもそれを答えたら自分の子供は殺される、そんなのは嫌だった。旦那をあれほど追い込んでまで作った大切な子供を殺されるなんてたまったもんじゃない。しばらく朱音は口を開けなかった。

「…………」

「まぁ言えるわけないか。じゃあ仕方ない……」

 ……契約書を片っ端から殺せば殺せるか。

 フィルーネは手を離すと立ちあがってありがとうと言って手を振った。朱音は待って! と止めようとする。その瞬間、入口が勢いよく開く。その先に居たのは……

「ゆ、ユリウス……!?」

「はぁ……し、シアに手を出してないですよね?」

「出すわけないじゃん。例え出すとしてもあのグラマーな体型に一回触れるだけだよ。」

「さ、サラッと変な発言してるよねっ……?」

「ふふ、私が男だったら絶対お姉さんみたいな体型の人好きになる。」

「……あなたが男じゃなくて良かったですよ。」

 フィルーネは腕を組みながらあははっと笑った。表情がわからない……というか顔がないので恐ろしい光景である。そして武器をしまってよ、と少し息の荒い悠哉の持つ剣の先に触れる。

「こんな綺麗な店で血を流すのは良くないよ。せっかく一生懸命やってきたお姉さんが可哀そう。後、私用事が出来たんだ。ユリウスの相手は後。」

だから、暇になったらまたここに来るからしばらくは普通の生活してて。

「用事……? あなたは私に恨みがあるのではないんですか。」

「うん、あるよ。だから私は考えたんだって。ただこのまま普通に殺しちゃ面白くないから……」

 子供の亡骸持ってきてからゆっくり殺してあげる。

 それが最高じゃない? と言ってフィルーネは悠哉が斬りかかってくる前に素早く扉を閉め、少しずつ黒毒で自分の身を消しながら店を後にした。

「うーん……とりあえず姿は見えないしここであいつの知り合いの帰りを待ってみよう。」

 もうすぐ日も暮れるし、きっと帰ってくる。

 フィルーネは大胆に店を囲うレンガ造りの塀に腰をかけ、夕焼けを眺めていた。

* *

「私はこれからどうすればいいんだろう。」

 こちら西塚家。手を洗い終わった美沙が今にも泣きそうな表情で従兄たちに話していた。美沙、勤、博の三人はリビングのソファに腰をかけて玄関側に博、窓側に勤、真ん中に美沙という形で座っている。

「人を殺すのが怖いと思えるのなら、美沙はあのときよりもより人間らしくなったということだ。オレはそれで良いと思う。」

「でもまぁ、アルテマが言うようにこの戦いで生き延びるためにはああいうことを繰り返さないといけないね。」

 ……まぁ、その汚い仕事は僕がやるから全然良いんだけど。

「だけどそんな嫌な仕事ばかり博にさせたくないよ……」

「だよねー、わかるよ。悩むよね。」

 僕も最初は躊躇ったよー。

 そう言いながら空気の入れ替えの為に開けた窓の際に白いローブの男が座っている。そしてやぁ、と笑顔で手を振る。そんな光景に三人は完全に睨みつけるように男、アルテマを見た。

「……アルテマさん、不法侵入だよ。しかも土足。」

「大丈夫、床に足は付いてないから侵入してない!」

「いや、庭に一歩でも入った時点で不法侵入ですよ。」

「そもそも神である僕にそんな法律など通用しないさ。」

「それで、美沙。さっきの話は?」

「うん、勤君。サラッと僕を無視しないでくれ。」

 苦笑いしながらアルテマはおどけて見せた。その発言を聞いて窓に背を向けている勤は呆れたように後ろを向き、アルテマの顔を見る。

「何の用ですか、不法侵入の神様。」

「不法侵入ってくどいなぁ、もう。せっかく皆が悩んでるから来てあげたって言うのに。しつこい男は嫌われるよ?」

「元はと言えばあなたがこんなことするから悩んでるんですが。」

「そして僕のからかいはサラッと流されるんだね。でも、もう美沙ちゃんは人間が作った法律を破り、人殺しという犯してしまった。君がこのまま人間の中に戻れば確実に刑務所行きだね。」

 それとこのまま勝ち進んで願いを叶えるのどっちがいい?

 ほんのり口元に弧を描きながらアルテマは優しく美沙に尋ねる。すると美沙が顔を上げてアルテマの方を見た。その目は少し赤い。

「どうしてあなたは私を選んだんですか? 本当にただ遊び道具の駒にするだけならこんなに私達に関わる必要なんてないでしょう?」

 私が永坂君を殺したときだって、ただ上で見て笑ってれば良かったのにわざわざ出てきて少し不自然ですよ。

 それを聞いたアルテマはふむ……と腕を組みながら右手の人差指で自分の顎を触った。少し左ななめを向いた後にまたこちらを向く。

「思っていたよりも君たちは賢くて有望だから興味があるんだ、って言ったら信じる?」

「最後にそうやって言わなければ信じてたのに」

「そうかい? まぁ基本的に僕は嘘をつかないから大丈夫だよ。……僕の娘も君みたいに強い子だったら良かったのに。」

 それを聞いて勤は反射的に娘という言葉に反応してしまう。そして片肘をついてため息をつくアルテマのほうを見た。

「それは有子のことですか?」

「あ、知ってたの? そうだよ、僕の娘はミリィ・ウィリア・クレイス。溝口有子のことだ。」

「有子は強くていい子だと思いますよ、オレは。とても女性ながら行動力はすごいし、極力自分の力で全て成し遂げようとする、すごい努力家だと思います。そんな女性、ほとんどいませんからね? そんな彼女のあなたは何が気に入らないのですか?」

 勤は切れ長な瞳で真剣にアルテマを見つめる。その強い眼差しに耐えられなくなったのかアルテマは思わず目を逸らす。

「僕は優しすぎる人間が嫌いだ。だから僕は僕なりに本当の娘であるミリィには現実の厳しさを教えた。それがどうやらシアやユリウスには虐待に見えたらしいがね。結果、僕は嫌われてしまったけれど僕に悔いはないよ。あの時彼女を久しぶりに見て強い子に育ったなと思った。」

「じゃああのちまのお母さん……アルテマさんの奥さんはどんな人だったのさ?」

「優しい人だった。ミリィにとてもよく似た綺麗な人だ。何でも快く仕事を引き受けてくれたね。同じ青の契約書だから気が合って仲良くしていた。結婚はしていなかったよ、したくなかったからね。今思えばしなくて良かったと思うけど。」

 そこまで喋るとアルテマはフッと小さく笑った。こんなに喋るなんて僕らしくないなぁ、とおどける。

「ミリィの気に入らないところを上げるとしたら、まだこんな僕を父親として見ているところだね。」

「なぜそれを受け入れないのです? どうして父親として見られたくない?」

「……じゃあ勤君、自分が手にかけた人との間の子供に君は愛されたいと思うかい?」

 その質問を聞いて勤は一旦頭の中で整理を始める。それを見て美沙が……

「どんな理由で手にかけたんですか。」

「みー……率直すぎない?」

「ふふ、大丈夫だよ博君。僕がどうして手にかけたのか、それはね。」

 ……僕の片目を奪ったからさ。

 そう、彼は笑顔で答えた。アルテマは前髪で隠れた左目をちらっと見せてくれる。確かにそこに眼球は無く、綺麗にくり抜かれた目の穴があった。それに思わず美沙は口を押さえて目をそらしてしまう。

「おかげで今は片目生活。もうだいぶ前だから慣れてしまったけどね。まぁそれを知って僕はイラッとしたからねぇ、あいつが子供を産んでから死ぬのを見てた。何か、目をとった理由を聞いたら人形を作りたかったとか言ってたかな。ふざけてるよ、さすがにアルテマでも目は再生しないってのに。」

「なんでちま……有子は産ませたんですか? その人が憎いのなら産まれる前に殺してしまえば子孫は作れなかったのに……」

「別に僕は妻、ルキアの笑顔は嫌いじゃなかった。あの腐った中身が嫌いだったのさ。あいつはどんな育ちをしたか知らないが自分が笑顔で相手の仕事を引き受ければ自分の望みはすぐに叶うと思っていた。だから、迷わず平然と目を取れたんじゃないかな。それが彼女の望みだったんだ。人間のパーツを使って人形を作るってね。」

 下に俯きながらアルテマは淡々と話した。あの人も真剣な顔をするんだ……そう思いながら博は銀髪の彼の顔を見ていた。

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