15.心の底からあなたが求めるものは

「……敵を目の前にしてその発言。どういう意味ですか、アルテマ。」

「君は僕が空気を読む人だと思っていたのかな?」

 アルテマは右腕に刺さった氷を引き抜こうとしているシルヴィアを見ながら悠哉に言う。後ろの悠哉からは口元に弧を描くアルテマが見える。笑顔で、この時間を過ごしているのだとわかる。

「いいえ、思っていませんよ。……ですが、なぜ瑠璃がここで出てくるのですか?」

「ユリウス、もうわかってるんでしょ? ここに落ちていた死体の人物。永坂竜冴っていう継承戦争の参加者なんだ。そして彼は、瑠璃の相方だ。契約書として相方を守れず瑠璃は生き延びている。……まぁ、悪く言えばあいつは人間を盾にして逃げたね。あのまま死んでおけば契約者を守って名誉だっただろうに。」

「……あなたが彼女の何を語るんですか。」

 悠哉の声が少し低くなる。彼は無表情で眼鏡を外しながらアルテマの話を聞いていた。そして彼はのんびり座っているアルテマの隣に座った。

「まぁそう怒らないでくれよ。だから勝手に殺してはいけないと思ってちゃんと君に相談しに来ているじゃないか。それで、良いの? 悪いの?」

「親族をはい、どうぞ殺して下さいなんて言う人はこの世にあなただけだと思いますよ。」

「よくたかが人工生命体に親族だなんてふざけたこと言えるよね。どうしてあんな機械を……っと。」

 すぐ怒るのはお父さん似かなぁ?

 アルテマは隣で今すぐにでも拳を振りかざしそうな悠哉を見て苦笑いをする。悠哉の表情はいつもの穏やかな表情ではなく、目元も口元も笑っていない完全に怒りに満ち溢れた表情だった。

「あなたは妹であるシアの気持ちをどこまで真剣に考えたことがあるんですか。」

「さぁ? でもあの子はとってもミリィみたいな子供が大好きだったね……あぁ、そういうことか。」

 ……愛する旦那との子供が欲しかったのかぁ。

 その瞬間、悠哉は耐えきれなくなり拳を上げた。それは寸でのところでアルテマにかわされ、その不安定な体は彼が押すことにより芝生に落ちて行った。運よく頭からは落ちなかったため大きな怪我はない。

「は、かせ……」

「……シアン。」

 ちょうど悠哉が落ちた辺りには、シルヴィアが立っていた。彼は落ちてきた悠哉を見て驚きながらも氷の槍を引き抜いた。そしてそれを抜いたせいで、そこからこぼれた真っ赤な血は悠哉の白衣にも少し付く。

「僕にあなたを責める権利はありません。なので、僕にはここであなたを殺す権利もない。」

 そう言ってシルヴィアは引き抜いた氷の槍を自分の足元に落とし、それを自身の足で潰した。悠哉は横腹を押さえながら立ちあがり、シルヴィアの顔を見る。彼は今にも泣き出しそうな顔をしている。

「……ただ、僕という存在がいたことは忘れないでください。」

 突然何を言い出す……? と思いながら悠哉は曖昧な返事をして首を傾げた。その時、屋根の上で座っていた男が笑いだす。なんだ……と思いながら白衣の男は上を見上げた。

「あっははは! 君は面白いことを言うね、シアン君だっけ? さすが僕に顔が似ているだけあって僕並みに言葉のセンスもある。」

 それに、その「濁った」紫の瞳が素敵だ。

 片肘を付きながら、アルテマは笑っていた。濁った瞳……まさかと思い悠哉は再びシルヴィアを見た。確かにその瞳はいつもの透き通った青紫色ではなく、濁った紫色だった。つまりそれは……

「……紫の契約書。」

「正解! 私だって馬鹿じゃないから復讐果たすまで死なないんだよ?」

 悠哉は黙ってさっき放った翠の剣を拾うと、それを構え体勢を作る。だがそれを見てもシルヴィア……フィルーネは襲う様子はなかった。

「魂移行は本当だったのですね……」

「うん。じゃなけりゃ私は生きてないよ。だってあの時あんたが私の血を全部飲んじゃったじゃんか? 私の首、綺麗に斬ってたじゃない。」

「それは本当なの? ユリウスってすごいんだなぁ」

 僕には到底真似が出来ないなぁ~。人の為に自分の身を削るなんて。

 そう言いながらアルテマはひょいっと屋根から飛び降り、後ろから笑顔でぎゅっと悠哉に抱きついた。

「な、なんですか急に……」

「結構、面白いことしてるなぁって思ってさ。だから僕も協力してあげるよ、さすがに君でも自分の元助手は殺せないだろう? あの散らばった少女人形みたいに、無残な姿には出来ない。」

「見返りはなんですか。」

「ふふ、よく条件があることを察したね。さすが僕の大親友。」

小さく笑うとアルテマは悠哉の耳元で囁くように、交換条件を口にする。

「……僕の片目を探してよ。」

「片目……? なんでまたそんなものを……」

「まぁそれは後で教えてあげるよ。とにかく君の条件を片づけよう。」

「頼んだ記憶はないんだがな。」

 あんまり俺を舐めるなよ?

 その威勢のある悠哉の声を聞いてアルテマはそっと離れて笑った。それが君らしい、そう小さく呟いて。

「このお兄さんの体はとても便利だよ。元々は青の契約書だから氷の術も使える……」

「仮にもシアンと共に過ごしてその態度か。お前にとってシアンは何だった……どうして平然と裏切ることが出来る!?」

 怒りに満ち溢れた悠哉は翠の剣を大胆に振り、シルヴィアの体を乗っ取ったフィルーネに斬りかかる。それを避けながらフィルーネは人差し指から紫の弾を作り出している。

「あはっ♪だって私は最低な人間だもん。紫になっちゃうくらい病んだ人間だったんだから、このくらい簡単にしちゃうよ。」

「そんなことが最低の一言で済まされるとでも思ったか……!!」

「思ってないよ。でもよく考えてみなよ、私もあんたも似た者同士なんだから。愛する家族の為に他者を犠牲にする、同じじゃん。」

 口元に弧を描き、フィルーネは紫の弾を打ち出す。悠哉はそれをギリギリのところで避けながら敵の方へと向かって行く。

「あそこまでユリウスが情に流されるとはね。そんなにあの女は嫌いか。」

 そう言って後ろで見ていたアルテマはメスを一本フィルーネに投げつけた。それは見事に弾を打ち出している銃口に似せた人差し指の中を突き、綺麗に刺さった。そこから真っ赤な鮮血と紫の液体が吹き出した。人差し指はみるみるうちに赤紫になって行く。

「あがっ……?」

「…………っ!!」

 悠哉はその瞬間剣を横に振り、シルヴィアの首を大胆に切り落とした。その切り口からは赤い鮮血と紫の液体が噴き出す。それは混ざり、赤紫色の液体にも見えた。

「……きたねぇ。」

「はは、本当敬語が抜けると若返ったように見えるねユリウス。元々老け顔だからそっちの方が僕は好き。」

 捨てられた銀髪の男の生首を見ながらアルテマは悠哉の肩をポンっと叩く。

「どういうことですか。それなら大人びた顔と言ってください。」

「あ、戻った。大人びた……かぁ。まぁ僕の顔が若すぎるのもあるかもね。」

「自分で言わないでください。」

 剣を消し覚醒を解いた悠哉は転がっているシルヴィアの遺体の体部分を見て、彼が身に着けていた黒い宝石の付いたループタイの宝石だけを抜きとった。彼の手元には光を通さないくらい濃い黒い宝石がある。

「……うわぁ、ユリウス。これはさすがに悪趣味だって。」

「当時の私はこんなに病んでいたのですね。その象徴だと思いますよ、これは。」

 全て、黒い眼球の目玉です。

 よくみると所々に、赤色の血液や白目の残りカスのようなものがこべりついている。さすがにプラスチックでコーティングはされているが、とても不気味であった。

「えぇ、これ君が作ったの? それにどうしてこんなもの付けさせてるの。」

「これは私が作りました。自分が殺した人間達の目玉を抉り取って黒目の部分を綺麗にはめたんですよ。後半は疲れてちょっと白い部分が残っているところもありますがね? なぜ付けているかって……そんなの、私の成功作だからですよ。」

 シアンみたいに黒毒を体に取り込める契約書がいたら良いなって思って作ったんです。まぁ、あの子供に取り憑かれてしまうって言うオチになってしまいましたがね。

 そう言って彼は黒い宝石を白衣の胸ポケットにしまった。その瞬間あっははははは!! と笑い声が響き渡った。それを聞いて思わず悠哉はアルテマのほうを見るが、彼は首を傾げて僕じゃないと言う。

「誰だ……」

「あっははは、良い話聞いたなぁー。何かお兄さんの体って使いにくいなって思ってたんだけど、その中に私の本当の目が入っているからかなぁ?」

「まさか……」

「あは。ここの生首だよー。」

 そう言われ恐る恐る悠哉はシルヴィアの生首に目をやる。すると彼の紫色の瞳がぎょろっと動き、困惑する悠哉の瞳を見つめた。目が合うとやぁ、と口を開いた。

思わずそれに悠哉は後ずさりをしてしまう。

「…………」

「とんでもない生命力だね、この生き物は。生首になっても喋れるとは・・・。」

「あはは、神様に褒められるとかちょっと嬉しいかも。」

 喋る生首は小さく笑うとそれっきり喋らなくなる。それと同時に首なしの黒ローブの体が動き始めた。わぉ……とアルテマは感心して見ているが悠哉はもうドン退きと言っても過言ではない困惑した表情で見ていた。あまりにも呆然としていたので後ろからアルテマは思わず支えてしまう。

「結構こういうものに弱いよね、君。」

「……すみません。ありがとうございます。」

「あんたが弱いなら好都合じゃん。じゃあ、ちょうどいいから竜冴君殺した奴これで探してくるよ。」

 それじゃあ……ばいばい♪

 首なしのフィルーネは高らかに笑いながら石造りの塀を飛び越え、町へ出て行く。その走って行く方向はブレッド・フラシャリエだった。

「あっちはブレッド・フラシャリエ……!」

「あいつどうするつもりなんだろう。継承戦争の邪魔しないと良いんだけど。」

「そ、そんなことのんびりと言ってる場合ですか!? 朱音や愛菜が……!!」

 そう焦って走り出そうとする悠哉を力強く、アルテマは肩を掴んで制止させた。

「な、なんですか!?」

「僕の条件も飲んでくれるんだろう? ユリウス、それを聞かずにいくのはずるいよ。」

「あいつは死んでないんだから俺の条件は満たしてないだろう。目玉くらい自分で探せ。」

 強引に悠哉はアルテマの手を振り切ると、全速力で駆けて行った。それを見てアルテマはやれやれ……と呆れていた。

「あれだけあの首なしを気味悪がっていて全力で戦えるのかなぁ。あーあ、目玉探すかぁ。」

 そう言って玄関近くの少女人形のバラバラ死体を見た。そしてその近くに落ちていたヘッドドレスを拾い上げる。赤く細いリボンはほどけていた。所々レースも千切れていて誰がどう見ても使い物にはならない。

「あった。この目玉。」

 そう言ってアルテマは飾りの目玉を全部ブチブチと千切り、青色の目玉だけを捨てずに掌にころころと転がす。

「全く、僕もあの子供を追わないといけないのかな。」

 あっ……瑠璃の事答え聞いてなかった。まぁ今度会った時に聞こう、逃げなせない状態にはしているしね。

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