~第二幕:狂気と切なる願いの章~
12.開戦の兆しは少女の怒り
「嘘……。」
「ここがフィルーネの実家?」
ここは美沙達が去った永坂邸。庭は木や植木鉢、プランターなどの庭具は派手に破壊され荒れ果てていた。また豪邸も一階の窓が破壊されていて、一階の右の部屋は家具までも粉砕されていて、暴れたような跡がある。
「ま、間違いないよ。ここが私の……」
「何かあったんだろうね。前までこんなことは無かったから。」
門の前に立ってゴシックロリータの少女、フィルーネは現実を受け入れることが出来なかった。シルヴィアから永坂邸は綺麗だったと聞いて、もしかしたら弟が生きているのかと思って立ち寄った。だが、現実はそんなことがなく悲惨な状態だった。彼女は最悪の事態を想定してなかなか、中に入ることが出来ない。
「フィルーネ、絶対入るな。」
「えっ……」
勇気を振り絞って入ろうとしたときだったので驚いて、破壊されたアプローチの石の欠片で足をかけ中の方へ転倒してしまう。倒れた彼女のドレスに何か液体が染みついた。
「いった……」
シルヴィアに声をかけようとフィルーネは顔を上げた。そんな彼女の目に入ったのは黒ローブのシルヴィアと……銀髪の青年の遺体。顔の右半分は醜く潰れていて、チェックのシャツの右半分は血液と体液で染みている。そして遺体の手首には鎖で縛られたような跡が残っていた。まだ新しいせいか、気になるほどの腐臭はしない。
「あっ…………」
「だから入るなと言ったのに。」
シルヴィアは咄嗟にフィルーネの元に行き、彼女の両目を彼の手で覆い隠す。彼の掌に少女の涙の感触が伝わってくる。
「お、お兄さん……こ、これは?」
「……一人の青年の遺体。見たところ傷も血液も新しい。死んで一日も経っていないくらいだ。」
「か、彼はだ、れ……?」
「わからない。でもここの家の人ではあると思うね。」
「じゃ、じゃあ……」
「…………」
涙が止まらないフィルーネに、シルヴィアは何も言えなかった。とりあえず彼女が死体を見ないように背を向け、そっと縦抱きして抱き上げた。本当に自分の子供を慰めるかのように……。
「とりあえず場所を変えよう。ここにいてはいけない。」
シルヴィアは足早に、フィルーネの背中をさすりながら永坂邸を後にした。人形である彼女から涙は溢れ続けていた。
* *
「博っ!」
「あ、兄さん! あれから大丈夫だったの?」
「ああ、愛菜と悠哉さんに治してもらったよ。お前こそ大丈夫なのか、Tシャツに穴が大量に……」
「はは、また駄目にしちゃってさぁ。傷は大丈夫だよ、一応契約書だから傷の治りは早いんだよね。それよりみーを……」
ここは西塚家。三階建ての一応魔術師の分家の家。縦に長いため余り大きな家には見えないが、結構一つ一つの部屋も広くエレベーターまで完備されていて普通に家賃の高い家である。勤は博からこれから帰ると連絡を受け、玄関で二人が帰るのを待っていた。
「美沙、大丈夫か?」
「……うん。」
美沙は自分の汚れた両手を隠しながら家に上がる。その様子を察した博はそっと彼女の手首を掴み笑顔で頷いた。いつものように振る舞えば大丈夫、そう言いたかったのだ。
「まず、どこを痛めたんだ?」
そう言って勤はリビングの黒いソファに美沙を座らせる。博はソファの後ろで二人の会話を聞いている。
「頭。急に魔法を使いすぎたの。」
「全く、急に使うからこうなるんだ。ちょっと手を見せてみろ。」
「……っ。」
美沙は躊躇うように両手を引っ込めた。それを見て勤はため息をついてがしっと彼女の腕を掴む。
「わかってるよ、どうせ汚れてるんだろ?そんなに嫌なら洗ってこい。洗面台真っ赤にしても良いから。」
「でも……」
「どう考えても血液が付着していた方が汚いだろう? それともお前はそれを見てテンションが上がる変態なのか?」
「ち、ちがっ……」
「だろ? なら洗ってこい。リフォームもしてないから洗面台はこっから二つ隣の部屋だ。」
美沙はごめん……と言って立ち上がり洗面台へ手を洗いに行く。
「よくわかったね。美沙が血まみれって。」
「……お前もTシャツやジーンズに穴があって契約書じゃなかったら致命傷、そんな傷を負って美沙が無傷なわけがない。博が鉄壁の騎士になれるほど有能なやつじゃないってことは兄であるオレが一番知ってる。」
「なんだ、最初から知ってたんじゃん。」
「何年お前らみたいな手に負えない弟と妹見てきたと思ってるんだ?」
勤はにっこり微笑む。それに博もあははっと笑ってしまう。
「あれ、今日はちま……有子はいないの?」
「有子なら今日はブレッド・フラシャリエに行ったぞ。愛菜とショッピングモールへ買い物らしい。」
「へぇ……またのんびりしてるなぁ。こっちは継承戦争に追われてるってのに。」
「……それで、そっちは何があったんだ?敵であるオレに話すのは不本意かもしれないが……」
「いいよ、兄さんに話す。」
迷うことなく博は首を縦に振り、美沙がさっきまで座っていた席に座り一回深呼吸し、話し始める。
「僕たちが対峙したのは永坂竜冴、赤の魔術師だ。みーを置いて僕が勝手に向こうに乗りこんだせいで人質にされてしまって……そこで永坂はみーに辞退しろって言ってた。僕にナイフを刺しながら、脅してたんだ。それにみーが耐えられなくなってあいつに魔法をかけた。瘴気まで出していたよ。結局、みーの鎖と瘴気で永坂は死んだよ。みーが叩きつけたんだ。」
「ということは美沙がそいつを倒したと?」
「そういうことになるね。怒りに身を任せてこうなったって……絶対思ってるから、あのテンションなんだよ。」
「なるほどな。まぁいくら戦争とは言え人を殺したんだもんな、当然と言えば当然か。しかもクラスメイトを……」
勤は申し訳なさそうに博から目を逸らした。博はふぅ、と話を一区切りつけると立ち上がり、キッチンの方へと歩いて行く。そして勝手に冷蔵庫を漁り……
「このアップルサイダーもらうよ?」
「それ、有子のだぞ。」
「え、あの幼女炭酸飲むんだ。やめよ、怒られたらめんどくさそう……」
そう言って博は冷蔵庫を閉じてマグカップを取り出す
「ああ、もう良いや。普通にコーヒー作るよ、ブレンドどこ?」
「ああ、今ブレンド切れてる。有子が甘すぎると飲んでくれないモカならあるが?」
「それやばいくらい甘い奴じゃないの?」
「かもしれないな。」
オレに甘い物の限度と言うものはわからない。
そうカッコよく勤は言うが、博はとりあえず何でもいいから飲むものが欲しかったためそれを淹れることにした。淹れたそれはとてもコーヒーとは言えないくらい白かった。
「しっろ……。」
「そうか? コーヒーってそのくらい白いものだとおもうけどな。」
「いやいや、コーヒーは黒いものだよ? ブラックってものが存在するんだから。」
えぇ……と思いながらモカコーヒーと称された真っ白なコーヒーを博はグッと飲む。だが飲んだ瞬間ごほっとむせる。
「大丈夫か?」
「う、うんっ……想像以上に甘すぎたから。」
今博の口に広がるのは砂糖とミルクの甘み。まるで中途半端に砂糖を入れたミルクセーキのような味がする。普通の味覚を持っていたら絶対に美味しいとは言えない味だった。
「なんかミルクセーキにコーヒー豆入れた様な味がする……」
「そうか? それがこの世のモカだろ。」
「いやいやいや! 兄さん、コーヒーの常識を知るべきだよ……普通はブラックなんだよ?」
「は? あんなに苦いのは薬だけで十分だ」
契約書ってどういう味覚をしてるんだ……? まるで異世界の生き物を見るかのように目を細めて勤は博を見る。ただでさえ切れ長なので睨んでいるようにも見える。
「まぁ、つけちゃったし最後まで飲むよ。」
そんな博の瞳にはほんのり涙が浮かんでいた。
「ぼ、僕だって人生の半分は人間だったよぉ……」
* *
「いらっしゃいませー! ってシアンじゃないの!」
「ああ、シアさん。ご無沙汰しています。」
ここはブレッド・フラシャリエ。ちょうどお客が少ない昼時に、シルヴィアはフィルーネを連れてやってきた。
「その子どうしたの? 可愛いわね。」
「この子は孤児ですよ。正確には道で倒れていたところを僕が助けて養っているのですが……」
「いいなぁ。小さい子ってほんと可愛いわよね。それで、何か用があってきたようだけど、どうしたの?」
「ああ……ちょっと博士にようがあって。」
「ああ、『ユリウス』ね。ちょっとま……」
そう言って朱音が悠哉を呼びに行こうとしたとき、急にシルヴィアは朱音の肩を力強く掴み引きとめた。
「…………ユリウスって言わないでください、理由は深く聞かないでいただきたいですが、申し訳ありません。」
「え……?」
まぁ、分かったわ。と言い、朱音は奥の私室で仕事をしている悠哉を呼びに行く。少し焦りながらシルヴィアは抱いているフィルーネを見る。彼女は泣き疲れて眠っていた。それを見て思わずふぅ……と安堵を隠せない。
「今、彼はちょっと忙しいみたい。だからシアンが部屋に行ってもらえないかしら?」
「あ、はい。わかりました。お邪魔しますね。」
レジ裏の奥の部屋へとシルヴィアは入り、悠哉の元へと向かう。悠哉の部屋の前には白衣が掛けられていたため、すぐに分かった。
コンコンッ
「どうぞ、入ってください。」
「失礼します。」
ノックをしてシルヴィアは部屋へと入って行く。悠哉は試験管に何やら液体を入れながらうーん……と唸っていた。どちらも混ぜているのは赤い液体、血のように真っ赤だった。
「博士がそんなに真剣に実験なんて珍しいですね。」
「そうですか? 私はいつも真剣ですよ。」
「ふふ、失礼しました。それで何の実験ですか?」
「血液配合です。ユリウスの生態学論では不可能とされていた優劣のはっきりした色同士の血液配合ですよ。」
ふぅ、と右腕を伸ばしながら白衣姿の悠哉は部屋に入ってきたシルヴィアを見る。そして彼の腕に抱かれたフィルーネに目をやる。
「本当……こうしてあなたの腕に抱かれていると、普通の女の子なんですね。」
「そうですね。あの、実は少し博士に聞きたいことがありまして。」
「なんでしょう?」
とりあえずここに座ってください、と立てかけてあったパイプ椅子を開き座るように促す。ありがとうございます、と言いシルヴィアはフィルーネを抱いたまま座った。なんだか小児科の診察室みたいな光景だ。
「ここから少し北に行くと豪邸があるでしょう?」
「ええ、ありますね。確か永坂邸ですっけ?」
「……やっぱり、永坂なんですね。」
「そうですね。それがどうかしました?」
「ここ最近、あの豪邸で何かありましたか? 庭が大荒れで、窓も一階は大破していてリビングは荒らされた跡がありました。ここに来る数分前にフィルーネと確認したことなので確かです。それに……一人の青年の死体も見つけました。」
あの豪邸が荒らされた? しかも人目にあまりついていない、魔術師か? そう思いながら悠哉は話を聞いている。
「ここ最近ですか? あまり知らないですね、知り合いがその家には住んでいましたが……女の子なのですがまさか死んでいませんよね?」
「そこまではわかりません。中までは見ていないので……」
「まぁ私も推測が出来かねますが、死んでたのはきっとそこの住人でしょう。私の知り合いなので、きっと魔術師の仕業でしょう。それに永坂は有名な魔術師の家系、その住人が死んでいたのなら魔術師なのは確定だろう。ですが検死しないと詳しくはわかりませんね。」
興味深そうに悠哉は腕を組みながら笑った。黒アンダーフレームの眼鏡のレンズが反射し、更に意地の悪さが光っている。
「しないとわかりませんって……行く気満々でしょうどうせ。」
「ふふ、さすが元助手。よくわかっていますねー。さてと、準備したらそこまで行きましょう。シアン、案内してくださいね。」
悠哉は笑顔で椅子から立ち上がり、白衣のポケットに試験管を3本入れた。そして眼鏡を5つ並べ、シルヴィアに見せる。赤、黒、銀のアンダーフレーム眼鏡と黒、銀のフルフレーム眼鏡だった。
「シアン、どの眼鏡が良いと思いますか!!」
「どうせどれも伊達なんだから一緒でしょう!?」
今ので良いじゃないですか!! もう何を言われるのか察したシルヴィアは思わず声を上げて答える。それを見た悠哉は苦笑いして人差し指を立て、それをシルヴィアの口に当てる。
「せっかく子供が寝ているんですから、静かにしてあげてくださいよ。」
「す、すいません……。」
にっこりと笑うと悠哉は先ほど並べた眼鏡を紅色の何やら高級そうな入れ物にしまう。それには大量の伊達眼鏡が収納されていて、思わずシルヴィアは退いてしまいそうになる。
「さて、準備も出来ましたし行きましょう。」
「それだけなんですか……。まぁ良いですけど。」
結局、フィルーネがあそこの子供だって言えなかったな。そう思いながら、三人はブレッド・フラシャリエを出て永坂邸に向かった。
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