10.再会は幸運とは限らない

「お久しぶりですね。お元気にしていましたか?」

「博士もお元気そうで。」

 そのころ、悠哉は妹の予想通り夜食のメニューに悩んでいた。候補はこしあんのあんパンとつぶあんのあんパン。どちらも残り一つずつで、どうするべきか悩んでいた。そんなとき、自分に声をかけてきたのは銀髪に黒ローブの男。悠哉よりほんの少し背が高い、そんな男だった。

「今日も夜食選びですか。」

「おや、よくわかりましたね。こしあんかつぶあんですごく悩んでるのですが、シアン、あなたはどちらが良いと思いますか?」

「……そんなのどっちも似た様な物じゃないですか。」

 悠哉は愛菜が勝手に持ってきた大袋のチョコやクッキー、炭酸飲料やフルーツジュースなどが溢れそうなかごを一旦降ろしながらどうしましょう? とシルヴィアの方を見る。

シアンは悠哉がシルヴィアに付けた呼び名である。身長177cmで切れ長な藤色の瞳を持つ、誰もが認める美男。元悠哉の助手。神であるアルテマにとても似たルックスをしており、彼の事を知らない人はよくアルテマと間違える。唯一といっても良い違いはアルテマには無い左目があることだ。

「そう思うでしょう? でもこれが結構違うのですよ、こしあんはなめらかで口当たりも良くとても落ち着きを与えてくれます。それに比べつぶあんは食感がある小豆があり、一瞬ではなく長く……長く味わえるのです!!!」

「へ、へぇ。それで悩んでいると?」

「ええ、とても難しいでしょう!?」

「……僕にとっては博士の感性の方が難しいです。」

「あ、お兄さんいたっ!」

 そんなとき、笑顔でミルクチョコとホワイトチョコの板チョコを持った黒髪の幼子が走ってくる。黒くてふんわりとしたゴシックロリータに身を包み、鮮血のように鮮やかな赤色のリボンが付いたヘッドドレスを付けている。またそれには手の飾りが付いている。リアルな飾りだった。リボンと同色のパンプスも履き、とても目立つ格好をしている。

「ねっ、これ買ってくれない??」

「いいけど、次は何を作るの?」

「次はね、生チョコ作ってみたくて!」

「作り方はわかってるの?」

「うんっ! 次も上手く行くと思う!!」

「わかった。僕もフィルーネのチョコ楽しみにしてる。」

 そう言ってシルヴィアはフィルーネと呼んだ少女の頭を撫でた。

「あなたの娘ですか?」

 ポツリと悠哉が呟くようにシルヴィアに尋ねる。それを聞いていいえと首を横に振って彼は答えた。

「このおじ……お兄さんは知り合い?」

「今、おじさんと言いかけましたね。まだ28なんですけどね。」

「でもシルヴィアに比べたらおじ……」

「全く、失礼な子供だ。こんな子がシアンの子供なわけが無いですね。」

「こう見えても私とシルヴィアって歳の差10もないよ?」

「…………。」

 有子よりも明らかに小さいのに10離れていない……? 人は見た目に寄らないと言いますけど……ああ見えてシアンは23(人間年齢)だ……ってことは中学生相当な歳!? 色々頭で考えながら悠哉は思わずえー……と声を漏らしてしまう。

「な、何がえー……よ。私フィルーネっていうんだけどおじさん名前は?」

「い、意地でも私はおじさんですか。私は清水悠哉といいます。」

「悠哉か。よろしくね、悠哉おじさん。」

「まさか30行く前におじさんと呼ばれる日が来るとは……。」

「ふぃ、フィルーネ? 少し失礼すぎないかい?ちゃんと謝らないと。」

「あ、ああ! ごめんなさい。でも、なんかうちを壊した奴に似てたからつい……」

 どうしても嫌みがこもっちゃって。フィルーネは申し訳なさそうにお辞儀する。

「い、いえ。大丈夫ですよ。それにしても誰と間違えたのですか?」

「……ユリウス。ユリウス・ヴィルアース。」

 その言葉が放たれた瞬間悠哉の顔から笑顔が消えた。シルヴィアもそれは同じだった。清水悠哉、彼の本名はユリウス・ヴィルアース。似ているのではなく同一人物だ。家を壊した奴……つまりは自分の居場所を奪った奴ということだ。

「どうして恨んでいるのですか?」

 恐る恐る悠哉は尋ねる。

「そいつは生き血を求めて私達の家族を皆殺しにしたの。大きな剣をもってみんな、脳を真っ二つにして即死させた後に血を採ってた……。その中で生き残ったのは私だけ……みんな死んでしまった。私は敵を討つ……神坂として……討つの。」

「……そういうことでしたか。すみません、そんな話をして頂いて。お詫びと言ってはあれかもしれませんが、そのチョコ私が買いますよ。」

「え、ほんとっ!?」

「ええ。こんなことで、良ければ」

 …………償わせてください。そうは言えなかったが、そう思いながらフィルーネから二枚の板チョコを受け取る。

「博士……。」

 シルヴィアは悠哉の肩にそっと左手を置く。その申し訳なさそうな表情から言いたいことはすぐに察した。彼女を恨まないでくれ、殺意を抱かないでくれそう言いたいのだろう。それをわかった上で悠哉は笑顔で首を縦に振った。

「さて! フィルーネ、あなたにも聞きたいのですがこしあんとつぶあんどっちが良いと思いますか!!」

「うーん! どっちも美味しいよね!」

「でしょう!? 私はとても今あんパンのあんの種類でとても悩んでいるのです、どちらがお好きですか?」

「博士、それもうフィルーネの好みに任せると言ってますよね。」

「だってシアンがどちらでもいいなんて冷たいことを言うからじゃないですか!」

「……もう、どっちが子供かわかりませんね。」

「ほら!! やっぱりお兄様悩んでますわよ!」

 そして幼女をナンパ……本当に悠哉の耳に入らないくらいの声で呟く。隣にいたシルヴィアはすぐに聞きとったが、どうやら本人には聞こえていなかったらしく、両手にあんパンを持ちながら声の主の方に振り向く。彼女は黒髪眼鏡の青年の腕を掴みながらこちらに手を振っている。

「おや、幸弥。愛菜とのデートは終わりましたか?」

「ええ……ってこんなところでデートするカップルなんていませんよ?」

「でもカップル気分は味わえましたわね。ところでこちらは?」

 そう言って愛菜はちらっとシルヴィアの方を見る。

「僕はシルヴィアと言います。博士の元助手です。」

「私はフィルーネ。これでも立派な高校生ですよ。」

「ゆ、有子より小さいだなんて……!! お、お人形さんですわ!」

「よくわかったね。私、人形だよ?」

 そう言ってフィルーネは何気ない顔で愛菜を見上げる。驚く愛菜を見てフィルーネはロンググローブを外して腕を見せた。そして愛菜に触れるよう腕を差しだした。

「ってことは人形が喋って……!?」

「まぁそういうことだね。私、魔術師だから人形の体でも生きていけるの。」

「ま、魔術師? ってことは契約書じゃなくて人間なのか?」

「うん。私人間だよ。まぁ、こんな体してたら元になるけどね。」

「っていうことは魂移行の術が使えるのか……?」

「そう。眼鏡君よく知ってるね。魔術師さん?」

 フィルーネは手袋をしながら、幸弥に尋ねる。幸弥は驚きながら首を縦に振った。

「なるほど。それで契約書と歩いてるって事は継承戦争に選ばれた感じかな?」

「あ、ああ。やたらと詳しいんだな……。」

「そりゃあ、元々魔術師の中でも有名だったからね私。弟がいたら参加していたのかなぁ。」

「弟がいらっしゃいますの?」

「うん。可愛い弟だよ。いつも私の魔術真似してね、槍とか鎖とか、高速詠唱を真似してた。」

「高速……真似してたと言うことは使えたって事か?」

「そうだよ。私が優れていたのはそこなんだ。」

 そうフィルーネが言った瞬間、ぐううぅ……とお腹の音が大胆に響く。あっ! とフィルーネは笑う。

「あはは、お腹すいた。」

「そうだね。そっちも昼食の時間だろうし、僕らは先に失礼するよ。また、会ったらそのときはよろしくね。」

 そういってシルヴィアとフィルーネは手を振りながらレジの方へ歩いて行く。それに幸弥と愛菜は手を振り返した。そんな中、悠哉は一人まだパンを悩んでいた。

「ほら、お兄様早く帰りますわよ。今日は幸弥さんがご飯を作ると言っていますわ。」

「は!? んなこと言った記憶……」

「じゃあ反省していないのですか。」

 愛菜は泣きそうな顔で幸弥の顔を覗きこむ。ああ、もうわかったよ!! そう悔しそうに言った。それを聞いた愛菜はいつもの猫のような笑顔に戻り、うふふと笑う。意地悪な奴だ……そう思いながら幸弥は小さくため息をついた。

「うーん……愛菜、どちらのあんパンが良いと思いますか。こしあんとつぶあん……」

「もう! 悩んだら両方買えば良いでしょう!?」

 愛菜は呆れたように悠哉の手から両方のパンをがしっと取り、お菓子の袋がいっぱい入ったかごに入れる。空になった手を見て悠哉は愛菜を見る。

「あ、ああ!! その手がありましたね!!!」

「……本当に悠哉さんって優柔不断なんだな。」

「ええ、結局こういうのがいつものオチですわ。」

 はい、お兄様これ買ってください。

 そう言って愛菜は自分のおやつの入ったかごを渡す。悠哉は清々しい顔でそれを受け取った。

「愛菜のおかげで決まりましたから良いですよ。」

「っていうのがもう5回目ですわよ。」

「兄の扱いがすごいな、お前のとこ。」

* *

「フィルーネ、今日の君はとてもよく喋ったね。」

「うーん、そうかなぁ? まぁ魔術師ってこともあったからかな。」

 スーパー近くの森の小屋。家に帰ったシルヴィアとフィルーネは昼食の準備をしていた。フィルーネは味見を待つために調理中のシルヴィアの隣にいる。

「それにしても、継承戦争の参加してる魔術師って眼鏡君みたいな子ばっかなのかなぁ?」

「どうかな。でもあの子が強い弱いはともかく、あのくらいの強さが普通だろうね。」

「ふぅん。なら私が選ばれていたら一番だね。」

「参加したかったの?」

「まぁね。だって、うちの家系が呼ばれないわけないからさ。それに、万が一弟が生きていたら彼が呼ばれていることになっちゃうし……。」

「結局大好きな弟、なんだね。」

 フィルーネはしばらく黙ってから小さく呟いた。

「私、一回家に戻ってみようかな。あれから戻ったことないんだ。」

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