9.想いはすれ違ってまた巡りあう

「お前はどうなることを望んでるんだ?相方が助けに来ること?それともここからカッコよく逃げ出すこと?」

「……うーん、どっちも違うかな。」

 夜も明け、ここは永坂邸の空き部屋。ここで博は美沙を誘き出す人質として捕まっていた。覚醒も解き、博は手錠をかけられ大人しくしている。竜冴は白い半そでのTシャツの上から着ているグレーと白のチェック柄の七分のカッターシャツのボタンを留めながら博を眺めていた。

「まぁ何でもいい。水野は絶対に来るだろう。あの正義感のありふれたやつだ、相方ましてや家族が命の危機に晒されているのだから来ないはずがない。その時、かっこよく動けると良いな?」

「……そうだねぇ。人の正義感を利用して勝とうとしている奴の言葉なんて何も頭に入ってこないけどね。」

 博は吐き捨てるようにそう言った。彼の両足はまだ少々傷が残っており、満足に足を動かすことは出来ない。そのため、足は縛られていない。契約書は人間に比べれば再生能力は高いのであの貫通した傷も三日あれば完治するだろう。

「なぁ、ちょっと暇つぶしに俺の話に付き合ってくれないか?」

「いいけど全部聞き流すよ?」

「ああ、それで良いよ。瑠璃の話を少ししたくてな。」

 竜冴は博の隣、カーペットの上に座り脚をふぅ……と伸ばした。

「俺は、最初この戦はただの魔術師たちの力比べか何かだと思ってたんだ。だから力試しくらいには良いかと思って参加した。実際はアルテマ様が主催のチェスボード、ただの娯楽。非常につまらないものさ。」

「それを知った上で僕の両足壊して、人の弱みまで握って叶えたい願い事でもあるの?」

「はは、聞き流すんじゃなかったのか?」

 博が真面目に聞き返してくるのを聞いて竜冴は苦笑する。なんか調子狂うなぁ……と頭を掻き始める。

「いや、少し興味のありそうな話かと思ったから聞こうと思って。」

「全く、自己中心的なやつめ。……叶えたいことはあるよ、瑠璃をアルテマにしてあげたいんだ。」

「それさ、瑠璃さんの願いじゃないの? 僕は竜冴さん自身の願いを聞いたつもりなんだけど。」

「俺自身か、そうだな。」

 しばらく竜冴は目を閉じながら考えていた。もう、考えないと無いくらいなら良い、そう博が言おうとした時彼は目を開いた。

「夏希に会いたい。」

「ん? それって元カノさんの名前?」

「いや、俺の双子の姉の名前だ。7年前まで俺には姉がいたんだ。その人は俺なんかとは比べ物にならないくらいの若き天才魔術師でな、その歳でもう今の俺くらいの高速詠唱は身につけていたくらい。それでも彼女は自分をまだ未熟だと言ってとても自分には厳しかった、けれど他人には優しくて学校ではすごくモテる姉だったな。」

 7年前って結構前だな……そう思いながらその夏希という人物について博は話を聞いている。そしてそんな恐ろしい人間も存在していたのかと思うと、絶対戦争は勝ち残れなかっただろうと思う。

「双子か。じゃあ顔は似てたんだ。」

「まぁ、異性の割には似ていたかもな。あいつが今隣にいたらこんな顔してるのか。」

「ああ、確かに女の子なら美人かも。」

「……それはよく言われるよ。女装する機会あったらお前を真っ先に呼ぶって言われる。」

「でもこんなでかい女の人いないでしょ。」

「言うな、それは。」

 他愛もない会話に思わず博は笑ってしまう。つられて竜冴も笑った。二人の童顔少年たちは無邪気に笑う。そんなとき、机の上に置いてある博の携帯電話が鳴り始める。それを竜冴が取って画面を見せる。

「水野だぞ。」

「出てもらえる?」

「はい。」

 そう言って竜冴は博の黒のスマートフォンを耳に当て電話に出る。

「もしもし? 西塚君は今電話に出られないから代わりに俺が出た。」

『え!? な、永坂君!今博はどこにいるの?』

「西塚君なら家にいる。彼に用があるのなら家に来ると良い。」

『わ、わかった。今ちょうどブレッド・フラシャリエに居るからそこから行くね。』

 そこで会話は終わった。そしてまた机にそれを置くと座っている博の方を見る。

「ブレッド・フラシャリエから来るって。」

「わかった。」

 絶対みーに傷一つ付けんなよ。

「はいはい。そんなことしたら交渉の余地がなくなるからしないって。」

 そう笑いながら博の両手を掴み、立たせる。竜冴はそのまま彼を促し、一階のリビングまで連れて行く。そしてソファに座らせる。

「ブレッド・フラシャリエならすぐ近くだし間もなく来るだろう。水野に傷はつけないけど……」

 ……西塚、君に傷はつけないと約束はしてないからな。

 そう言いながら竜冴はこっそりと台所から果物ナイフや包丁などの刃物を取り出し、そっとポケットや服の下に隠す。目がとても笑っていた。

「…………。」

 そろそろ来ないかな、そう思いながら竜冴は玄関を出て庭のベンチに腰をかけながら美沙を待っていた。すると走ってきた息の荒い美沙が門の前で胸に手を当てて立っていた。

「あ、な、永坂君っ!」

「おはよう、水野。そんな走ってこなくても西塚君は逃げないのに。」

「で、でも厄介になってたらいけないし……」

「はは、そんなことないよ。彼はとても見ていて面白いから大歓迎さ。」

 笑顔で竜冴は立ち上がり美沙の元へと歩いて行く。そして彼女の少し乱れている茶髪を見て更に小さく笑う。

「ど、どうしたの? 何かいいことあった?」

「ん? いや、そういうわけじゃないよ。だいぶ彼の為に急いで来たんだなって思ってさ。この髪の乱れ、すごいね。」

 そう言って笑顔で美沙の髪に触れる。それとほぼ同時にリビングの窓がパリンッと大胆に音を立てて割れる。それに美沙はビクッと体を震わせる。

「び、びっくりした……。」

「あーあ。また割れたのかぁ。また修理しないと。」

 そう言いながら竜冴は博の拘束具をより一層強くする魔力を施し、足を動かせないようにした。……水野に触れたからこんなことしたんだろ、そう思いながら小さく笑った。

「ごめん、こんな状況だけど彼中に居るから上がってもらえる?」

「う、うん。」

* *

「とりあえずサラダはミモザサラダにするわ。だから幸弥君、卵持ってきてくれない?」

「ああ、わかった。」

 ここはブレッド・フラシャリエ最寄りのスーパー。幸弥は瑠璃の買い出しのお供でここに来ていた。めんどくさ、と意味もなく黒いTシャツを捲りながら卵の置かれているところまで行く。シンプルな銀色のブレスレットがとても彼のおしゃれさを引きたてている。

「幸弥さ~~~~~~~~~~~~~~ん!!」

 緑髪の少女がかかとのある紺色のパンプスで堂々と走りながら幸弥に後ろから飛び付く。清楚な七分そでの白いワンピースのを着ていて、大人っぽいのにガサツな走り方をして少々残念である。

「な、何で愛菜がここにいるんだよっ!!」

「それはこちらの台詞ですわ! 用があるから帰りは昼過ぎだと連絡は受けていましたが! まさか瑠璃との浮気現場を目撃するとは思いませんでした!!」

「おや、幸弥じゃないですか。お久しぶりですね。」

「あ……お久しぶりです。」

 どうやら愛菜は兄である悠哉と買い出しに来ていたらしい。シンプルな紺色のカッターシャツに黒いジーンズという相変わらず仕事でもないのにスマートな格好をしていた。正直、買い出しとか任せるタイプだと思っていたので意外だなと思いながら幸弥は挨拶する。

「私も愛する奥さんに頼まれたら買い出しくらいしますよ。」

「な、何かごめんなさい……。」

「いいえ、良いのですよ。別に私も亭主関白ではありませんし。さっきから愛菜が喋りたそうにしているので私は先に奥を見ていますよ。」

 買い物かごを片手に悠哉は満面の笑みで愛菜を置いて奥の方へと歩いて行った。そして幸弥と愛菜は二人きりになる。

「さて、瑠璃とはどういう関係なのでしょう?」

「は、はぁ!? 何か誤解していないか? 僕はあのクソ永坂が西塚を傷つけられたくなかったら食料の買い出しに行って来いって言われたからここにいるだけで……別に赤と浮気なんてしてないぞ。」

「……ちょっと待ってくださいまし。」

 話を聞き終えて愛菜は耳を疑うように、左手を頭に当てながら幸弥の手を引き目立たない酒類の置かれたブースに行く。

「じゃあ、あなたは博君を人質にされてこんなことをしているのですか?」

「あ、ああ。そうなるな。」

「そ、そんなことで!? あなたは自分の命と博君の命どちらが大切なのですか? ここで帰り際に瑠璃に殺されるとか帰ったらもう博君はとっくに殺されていると……そんな可能性を考えないのですか!? 魔術師単独行動がどれだけ危険なのかわかっているのですか!!」

 愛菜は幸弥の胸倉を両手で掴み、詰め寄った。幸弥はそれに思わず……

「か、顔が近い……。」

「今はそんなことどうでもいいですわ!! どうして、私を頼って下さらないのですか!? そんなに私は信用なりませんか!」

「……別にそういうわけじゃない。」

 真剣に怒る愛菜から目を逸らし、幸弥は小さく呟いた。

「お前を傷つけたくないんだ。血で濡れた愛菜を見たくない。」

 それを聞くと愛菜はその言葉に思わず胸倉を掴んでいた手の力を緩めた。だがその緩めた右手で…………

 パーンッ……!

 見事な平手打ちを幸弥に喰らわせた。派手に音を立て、その音はブース全体に広がる。幸弥は困惑して目を見開きながら愛菜の顔を見る。彼女の瞳は猫のように丸い目を細めて怒りの表情を露わにしていた。

「……手を出したら負けだと思っていますわ。でも、ここまでしないと貴方は私を見ないでしょう?」

「そう、思ってたのか……。」

 てっきり僕のことなんて表面上の契約の存在でしかないって思ってた。死んでもほかっておくかと思ったよ。

 叩かれた頬を触りながら幸弥は苦笑いをする。それを見て愛菜は思わず目線を合わせようとしてくる彼から目線を外す。

「ひ、人に叩かれて笑うとか……Mですか?」

「そんなんじゃないって。お前みたいな悪魔に殴られて嬉しい奴とかいんのかよ。」

「だ、誰が悪魔ですか!! それが乙女に対する態度なのですか!?」

「は、はぁ!? お、お前が乙女とか笑わせんな!!」

「し、失礼ですわねえぇぇ!!!」

 また愛菜の手が出かけたところを幸弥は見切り、手首を掴む。思いがけない行動に愛菜は困惑を隠せない。

「……ほら、乙女はこんな風に人を増してや男を殴るなんてことはしないって。」

「ま、まぁそうですけど……。」

「ほら、話は終わったし悠哉さんのとこ戻るぞ。僕は赤野に事情話してくる。」

「ま、また一人で!! 私もついて行きますわ!」

 そう言って愛菜はがっしりと幸弥の右腕にくっつく。はいはい、と幸弥は抵抗することもなくそのまま歩き始める。傍から見るとカップルみたいだった。

「お前、悠哉さんと来てたんじゃないのか?」

「ああ、そうでしたわ。でもお兄様はきっと天然ですからまた夜食のパンの種類を悩んでいますわ。」

「……それは優柔不断じゃないのか?」

「あ、そう! 優柔不断ですわ!」

 天然って言うのはそういうことなんだが……そう思いながら幸弥は苦笑する。互いの想いは正面から伝えることで、初めて知ることが出来る。翡翠の二人は勝ち残ることが出来るのか?

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