2.僕と君は違いすぎて
「は?お前らふざけてるの?」
「ふざけてなんていないわ!私達はあの子が力になると思って……」
こちら永坂邸。ここでグレー髪の青年と茶髪の少女、黒髪の青年が椅子に座り向かい合いながら何やら話をしていた。状況からして決して良い雰囲気ではない。
「僕の長年の努力を知っているのか!? あいつのことを10年も前から見てきている。あいつは、美沙は魔術師の世界に引き戻すべきではなかった!! あいつを知る誰もがずっと思ってきた。勤先輩も、博もそう思って彼女に辛い思いをさせないようにずっと、この5年間魔術師であることを隠し通してきた!! なのに、美沙に会って1年しか経たないお前らがあいつの人生を狂わせた……!!!」
勝手すぎる都合でこんなことに……
黒髪の青年、幸弥は下を向いて歯を食いしばる。
「確かに、それに関しては俺らが悪いだろう。すまない、素直に謝るよ。」
それを聞いてグレー髪の青年、竜冴は目を閉じて頭を下げた。
「だが、それが本来の彼女の生き方だろう? なぜわざわざ現実逃避させる、そんなに彼女が可哀想か?」
「あいつは普通の魔術師ではなく、暴走魔なんだよ!!」
暴走魔、それは魔術師の中で極めて危険な存在。本来、魔術師は地の魔術しか扱わないのだが暴走魔は紫の力、黒毒ですら操る。黒毒は普通の人間が扱うことの出来ない瘴気のことで、これらを彼らは操ることが可能である。それは人間や契約書に触れるとその触れた皮膚に炎症を起こす。体内に入り込めば死ぬ可能性はとても高い。それは気体なので扱う場所を考えないと人間などすぐに死に至る。しかも魔術が暴走する確率がとても高く、取り返しのつかない事態に陥ることもある危険な存在なのである。
「だから?」
「は……!?」
「別に暴走魔でもいいだろ。そのくらい俺が止められる。例え水野の人間であっても。」
「でも竜冴……暴走魔は何が辛いって、その事態を知った後の精神なのよ。」
そう言うのは竜冴の同級生、
「……ならそんなことにならないように暴走したらあいつを殺せばいいじゃないか、お前なら出来るだろ? 瑠璃。」
「今なんて言ったんだおい!?」
幸弥は竜冴の言葉に怒りを覚え、思わず立ち上がり机をバンッと思いっきり叩く。罅が入るんじゃないかというくらいの大きな音が屋敷の中に響き渡った。
「あいつが暴走して精神ケアが大変なら殺せば苦労することないだろって言ったんだ。」
「どこまでふざけたら気が済む!? いい加減にしろ!!」
「どこまでも俺は本気だが?」
竜冴は真剣な眼差しで立ちあがって怒る幸弥を見た。その表情はいつもの幼い外見から、少々クールな表情になっていた。
「なら美沙が殺される前に僕がお前を殺す。」
「お前が? この俺を?」
怒り狂ってる状態で人間の本当の力が出ないことくらいわかってるだろ?
竜冴は鼻で笑う。あくまで自分の意見は貫き通すようだ。見下すように幸弥を見ている。
「殺せるなら、やってみろよ。」
「ちょ、ちょっと竜冴!?」
「……瑠璃は見てればいいよ。外でやるし結界張ってあるから大事にはしない。」
笑顔で竜冴は瑠璃に言う。そして玄関の方へ幸弥を手招きする。瑠璃から声が聞こえないくらいの距離になると囁くように竜冴は言った。
「魔術師としてだけではなく同じ男としても勝負をしよう?」
* *
「うああっ…!!」
ダーンッ……
銃声が響き渡る。その瞬間烏が飛び立った。薄暗い南西の森林、地元ではさえずりの森と呼ばれる森に一人、小柄な青髪の少女が頭を押さえ、唸っている。
「い、やだっ!!」
彼女は腹部を抑えながら唸っている。額には大量の汗が浮かんでいて、泣きそうな顔でふらつきながらも立ち上がる。
「私は、人殺しになんかならない。」
「有子!! 有子……!!」
「つ、勤さん……」
有子と呼ばれた少女は腹部を抑えながら自分を呼ぶ青年の元へ向かう。自分の異変を察知して来てくれたのだろう……。
「どうしたんだ、急に飛び出して……」
「ちょ、ちょっとした野暮用です。急なことだったので焦って……」
そんな彼女を探していたのは契約者である
「さっき銃声がしたが……何があったんだ?」
「……なんでもありません。」
「……」
彼女が頑なに話そうとしないのを見ると勤は彼女の顔をぐっと自分の方に寄せる。
「どうしてそんなつまらない嘘をつくんだ? 正直に話すんだ、小さな事でもオレにとっては重いことなんだから。」
「……これは契約書の問題です。人間の貴方には関係ありません。」
「そんなところで意地を張るな。その汗、何かあったのだろう?」
「ですから関係な……ううっ!!」
「腹を、痛めたのか……?」
急にうなりだす有子はまた腹部を抑える。そして覚醒してもいないのに彼女の左目は青色になっていて、明らかに普通の状態ではなかった。大丈夫か!? と勤は有子の肩を掴んで顔色を伺った。
「だめ、勤さん。わたしか、らはなれて……!!」
「え……?」
そういうと有子は装備していた拳銃を握り勤に向けた。それを見て思わず勤は一歩下がり、有子から距離を置いた。有子は手を震わせながら、拳銃を上空へ向け発砲した。彼女の顔は苦痛そのものだった……額からは汗が溢れている。
「……どうしたんだ、有子?」
「だめ、勤さん……!! 来てはだめええええぇぇぇ!!!」
有子は泣きながら彼にそう訴える。銃口は再び勤に向いていた。思わずそれに勤はまた後ずさりをするが、その瞳は有子を見ていた。
「もうこの継承戦争が始まってから一カ月、これ以上何も起こらないのはつまらなくない?」
「……誰だ?」
有子の方から男性の声が聞こえたと同時に彼女は発砲した。間一髪、勤はそれをかわす。その時、彼は彼女の腹部にある紋章が光っているのに気づく。
「紋章が……?」
「……君はいつになったら動いてくれるの? 僕はそれを心待ちにしているんだ。ねぇ、どうして? どうして?」
「お前は……誰だ?」
「……君は呼んだつもりなかったんだけどねぇ。」
その瞬間また銃声が響く。だがその弾は有子の銃から出されたものではなかった。勤は撃たれてすぐに気が付いた。着ていた黒いカーディガンには綺麗に掠り傷がついていた……。掠っただけなのにあたった右腕の傷が重すぎる。思わずその重みに耐えられず、腕を抱えバランスを崩してしまう。
「いっ……!?」
「君が意地で答えないのなら、僕が君に吐かせる。」
姿の見えない男の声が自分の耳元から聞こえた。そして撃たれた右腕を取られ、冷たい銃口が当てられる。有子と同じフォルムのシルバーブルーのリボルバーだった。
「どう? 久しぶりに見た血は。」
「……実に気分が悪い。」
「そうかい? 君は……自分が今命の危機にさらされているのに気付いているのかな? やけに冷静で、もしかして人質慣れてる?」
「……まぁな。それに相手が自分より小さいってのもあるな。」
「……君が大きすぎるのだと僕は思うけどね。」
そんなことを言いながらも勤の顔はかなり強張っていた。どれだけ慣れていても自分は命の危機に晒されているのだから、怖くないはずなど無い。表情、態度こそ冷静だが、いつ取り乱してもおかしくない……そんな余裕のない心情だった。
「勤さん……!!」
「……有子、これ以上近寄らない方が良いよ。契約者……いや、彼氏の命のためだよ?」
「お願いです……!! 彼を離してっ!!!」
「……誰が逆らっていいと言った?」
その瞬間有子の体がびくっとなるのを勤は見た。確かに急に口調は変わったが別に声のトーンが変わったわけでもなかったので彼は驚かなかったのだが……その時、彼の口は男の手で塞がれる。その人物の腕はまるで死人のように、とても白かった。
「……っ!」
「そんなに動かないでくれよ。うっかり引き金引いちゃったらどうするの?」
「………。」
有子は黙ったまま動かなかった。完全に姿のわからない男に怯えている。どうして……? 黙るんだ有子……そんなにこいつは怖いのか?
「……もっと、僕を楽しませてよ。」
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