3.甘い蜜はいつまでも僕らを癒しはしない

「ねぇ、みー。僕考えたんだ。」

 夕食も終え、団欒としている中、博は思い出したように呟く。

「僕、赤から潰すことにする。」

「る、瑠璃ちゃんと永坂君!?」

「そう。あの二人にはとても矛盾した感情があるんだ。」

「矛盾した……?」

 それを聞いた美沙は思わずドライヤーの電源を切ってしまう。適当にタオルで半乾きの髪を拭ってしまうと博が座る桜色のソファに自分も座った。

「僕は、普通の人間として生きていたみーが好きだった。だから兄さんや神田と一緒に口封じをしていた。でも正直、記憶を閉ざす前の少し狂って武器を振り回すみーも綺麗だって思ってたんだ。」

 返り血を纏う君も、綺麗だと思ってしまったんだ。

 そう言って隣に座った美沙を苦笑いして見る。おかしいでしょ? と顔で伝えてくる。美沙は驚いたような顔をすることしか出来ない。

「……だからまたその綺麗な姿を見られると思うとあの二人には感謝してるんだ。でも兄さんや幸弥と同じようにみーが暴走して死んでしまうリスクが出来てしまったことに関してはもちろん恨んでいる。僕はそんな気分の悪い感情を抱くのがとても辛い。だから早めに潰したい、勝手な理由だけどね。」

「そう、なんだ。」

 そう返事をすると博は改まって美沙の顔を見る。

「みーはどう思ってるの?こんな怖い世界に生きることになって辛い?それとも本当の自分に戻って嬉しい?」

「私は……」

 その質問に彼女はすっと答えることが出来ない。しばらく下を向いて考えた後、彼女は顔をあげて博に言う。

「……こんな世界で生きるのは勿論辛い。でもこれが本当の自分だというのならそれを取り返してくれて嬉しいとも思う。実際その記憶って言うのも自分が魔術師でその中でも特に暴走魔の類に入る死のリスクが高い魔術師ということしかわかってないもの。私はあの二人を恨めないよ。だってその記憶を開いてしまった相手が私だったってだけであんなに恨まれて、出来たら恨んでる兄さんも幸弥も止めたい。勿論、魔術を使わずに……血を流さずに!」

 人間は本来、話合いで和解が出来るんだよ。歴史を辿っても今は争わずに話合いで解決してるわ。

 それを聞いて博は思う。じゃあどうして大戦が起こったと思う? どうして沢山の人が戦で死んだ思う? 結局は昔の人間は争ってでしか物事の権限を決められなかった。それが進化しすぎてこの世の人口が傾きかけるほどの人間が死ぬ。今でこそあまりないが、昔は本当にあったのだ。それが現代で縮小化して再現されている。彼にはこの戦争がそうとしか考えられなかった。

「どうせ誰も殺せないんでしょ?」

「……私はアルテマ様に言いたいの。この戦いをやめさせてくださいって。誰も血を流さずに、彼の元に行きたい。」

「それは無理だよ。こんな戦いを開くやつなんだから、勝者にしか耳を傾けないに決まっているじゃないか。」

「じゃあ、参加者みんなで頼んでみよう。そうしたら……」

 その瞬間博は美沙の口を右手で塞いだ。それと同時に美沙も黙る。博は自分の手の甲を見る。そこにはやはり紛れもない契約の紋章があった。

「……そんな甘い考え持ってたら本当にみんなお前を殺しに来るよ? 僕が君の敵なら絶対にそうするね。」

「んー、ん……!」

 いつもよりも真剣な表情で彼女の瞳を見つめると、博はその手を外し窓の方を見た。

「んはあっ!!」

「君が殺せないのなら僕が殺してくる。みーは彼らが死ぬところを見たくないだろう?だからここで待ってて。」

「え、ちょっと待ってよ博!!」

 博は美沙の制止に答えず、三階のマンションの窓から飛び降りたと同時に覚醒し、一際大きいと言われる永坂邸を目指して人間とは思えない速さで薄暗い夜道を駆け抜けて行く。紫の影が上からでも見えた。覚醒した彼は学帽を被り、紫のトレンチコートのような服を着て、手には長い槍を握っていた。そんな彼を彼女は追いかけようとするが、さすがに三階から飛び降りることは出来ない。そして躊躇っていると……

「ただいま戻りましたわー!」

「えっ!?」

 聞きなれた女性の声がした。思わず美沙は玄関の方へ駆けて行く。そこにいたのは緑髪のロングストレートを持つ美少女だった。

「あ、愛菜さん!?」

「み、美沙さん! な、なんでここに?」

「そ、それはこっちの台詞!! どうして愛菜さんが私の部屋に?」

 それを聞くと突然の緑髪の訪問者、愛菜はハッとしたように手に持つ黄色の花柄の手提げかばんを落としながら手を叩いた。落ちた鞄からは生物の教科書と三枚のB5サイズの紙が出てくる。

「あ、こちらは美沙さんのお部屋なのですね! てっきり幸弥さんの部屋かと……」

「幸弥の部屋はあっちだよー。幸弥の部屋は階段登ってすぐ前!」

「そ、そうでしたわー! 失礼しました。」

「もう、しっかりしてよー。はい、これ落としたよ。」

「ありがとうございますわ。」

「生物の勉強でもしてきたの?」

「ええ、お兄様に教えていただいたのです。」

 私、10も離れた兄がいるのですよ。しかも生物学者なのでプロですわ。

 そう彼女は誇らしげに兄の自慢をしながら落とした手提げかばんを受け取る。そこで愛菜はふと思い出したように尋ねる。

「そう言えば先ほど博君がここを窓から出て行くのが見えましたが……何かあったのですか?」

「あ……」

 瑠璃と竜冴を殺しに行ったなど、言えない。仮にも愛菜は継承戦争の敵なのだから……。なんて答えようか迷っていると愛菜はにっこりと天使のような笑顔で笑った。

「なんとなく察しましたわ。きっと喧嘩でもなさったのではなくて?」

「……うん。」

「あの行き先を見た感じ、瑠璃のところでも向かっているのですかね。」

 結構当たってるでしょう? 誇らしげに彼女は美沙を見る。そんな彼女を見て美沙は首を縦に振る。

「実は先ほど幸弥さんもそこにいることがわかりましたの。ですから私も何もないか見に行こうと思いまして。美沙さんのことで彼はあの二人を恨んでいるでしょう? そのせいで頭に血が上っていないかとても不安で……」

 人間一人、ましてや女子高校生一人ではとても夜道は危険ですし二人で行きませんか?

 美沙は行きたい……と小さく呟き首を縦に振った。でも、とすぐに行きたがる愛菜を止める。

「き、着替えさせて!!」

「あら、そのルームウェアも可愛らしいと思いますのに。」

 きっと幸弥さんも喜びますわ。

 そう美沙のクリーム色のネコ耳パーカをみて笑った。美沙はとっさに自分の部屋へと戻っていく。愛菜は玄関にあった鏡を勝手に使い白いブラウスの襟元や白い花のヘアピン、青いフレアスカートの裾を直した。こうしてみると普通のお嬢様の様に見える清楚な服装だった。

「こんな女の子らしいことしたのいつぶりでしょうか。」

 愛菜は、少し楽しそうに身だしなみを整えている。そうしているうちに美沙がおまたせ!! と普段着に着替えて出てくる。胸元にうさぎのワッペンがついたレモン色七分のTシャツ、ふんわりとした白レースがついたクリーム色のキュロットに黒色のハイソックス、とても可愛く女子高生らしいコーデだった。

「あら、可愛らしい。これは幸弥さんや博君が可愛いと言って鼻血を出しますわ。」

「え、ええ!? そ、そんなことないよ……」

 そう言って美沙は恥ずかしがる。愛菜はふふっと口を抑えて上品に笑った。

「さて、では行きましょうか。早くあの二人に鼻血を吹かせなければ」

「え!?それ目的なの……?」

「冗談ですわ。」

 しばらくこれ、ここに置かせてください。そう言って愛菜は玄関に手提げかばんを置いて行く。玄関を出ると愛菜は軽く腕を伸ばしながら覚醒する。ソフトグリーンのふんわりとしたドレスに緑のロングブーツ、緑の契約書としての愛菜の姿だった。瞳はエメラルドの光を放ち、ただならぬ力を漂わせている。

「さて、私達も全速力で向かいますわよ!」

 そういって愛菜は美沙を軽々とお姫様抱っこをして、柵を飛び越え三階から地面に着地する。そして博と同じくらいの速度で彼女もまた夜道を駆け抜ける。

「は、はやい……」

「そうですか? 博君にこうされたことはないのですか?」

「こうして……走ってもらったことはないかな。」

 お姫様抱っこはされたことあるのですね……そう思いながら愛菜は走る。夜道は静かでとても走りやすかったので、彼女はスピードを緩めることなく走り続けた。ちょうどブレッド・フラシャリエ、自分の実家を通った時……

ダーンッ……!!

 静かな夜道に銃声が響き渡る。ちょうど店の裏の森からだった。

「こんなところに動物何ていないのに……狩り?」

「どうして銃声が……」

 思わず、愛菜も足をピタッと止めた。そして少し銃声のした森を見ていると……

「ああああああああっ……!!!!」

「悲鳴!?」

「ですわね。女性の悲鳴ですわ。」

 ごめんなさい、ルートを変更してこちらへ向かいますわ!!

 そう言って愛菜は美沙を担いだまま薄暗い森の中へと入っていった。そこが、どうなっているかも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る