~第一幕:契約と血の章~
1.真実はそんなに優しくなんかない
「あー!博ってばつまみ食いしないでよ!」
「ふふ、だってみーの料理は美味しいから目の前にあるとつい、ね。」
近くに会ったテディベアを抱きながら茶髪の少年、博は無邪気に笑った。
「そんなこと言ってるとオムライスなしだよ!」
「え、ええ!! それは嫌だ。みーのオムライスが食べられないとか自分の人生の意味が無くなる……!!」
「そ、そこまで!? 博、それは大げさ!!」
それを聞いてみー、美沙は小さく笑った。
「それよりも博。進学先は決まった?」
「大体は決まっているよ。陸上のある大学に行くつもり。」
「そっかぁ。でも博頭いいし、上狙わないの?」
「そうだね。それも考えたけど、上は狙わないよ。これもあるし。」
そういって博が見たのは右手の甲。そこにしていた包帯を解き再び見ると、そこにはくっきりと契約の紋章が浮かんでいる。それは蜘蛛の巣のように細い線で張り巡らされていて、その中心には不気味な目があった。
「そうだった。危うく忘れかけていたけど……私、無闇な殺し合いしたくないよ。」
それを聞くと博は表情を曇らせる。彼女の発言に明らかな不満を持ったようだ。
「でも、みんなが真剣にみーの命を狙ってきたらどうするの?」
「説得する。」
美沙は迷わず答える。それに博は哀れみしか覚えることが出来ない。
「……やっぱり優しいね。」
あんまり他の人にも優しくしていると……襲われるし下手したらその受け方次第では殺られるかもしれない。
博は何気なくそう呟く。そう言うが彼自身も契約書として継承戦争に参加するのだから、他人事ではない。そんなことは自分が一番わかっていた。そしてその人間と契約書二つの立場をわかっているのは紫の契約書である彼だけである。
「どこまで、そのアルテマが本気かだよね。下手したら彼は僕らを生き残すつもりなんて端から望んでいないのかもしれないし。」
「そんなこと言わないでよ……」
美沙が泣きそうな顔で言う。それを見て博はごめん、と申し訳なさそうに言う。
「でも、いつまでこんな生活を送っていられるだろうか。」
僕は誰かが動き出さないと、永遠にこの精神的苦痛を味わうと思うんだけどね。
* *
「ねぇ、お兄さん。お腹すいた……」
「もう少し待って。うーん、味付けこんな感じ?」
とある小屋。黒髪に同色のゴシックフリルのドレスを着ている幼い少女が台所で調理をしている銀髪の黒いローブを着た男にご飯を急かしている。少女は赤ベースで細い黒リボンが付いたヘッドドレスを外している。それには不気味な目玉が5個付いていた。決して趣味が良いとは言えないリアルな目玉だった。
「いっつもお兄さんの作る料理味薄いからなぁ……」
そう言いながら少女は男から味見用に取り分けた小さな皿を受け取る。野菜がたっぷり入ったトマト風味のスープだった。どうやらミネストローネを作っていたらしい。トマトの優しい香りが家中を包み込む。
「どうかな?」
「うぅん! この前のやつに比べたらすごく美味しい!私の好みの味理解してきた?」
「よかった。ちょっとずつフィルーネの好みもわかってきたよ。結構濃い味を好むんだね。」
「そうかなぁ。ずっと前からこれくらいの味に慣れてきたからわかんないや。」
フィルーネと呼ばれた少女は満足そうに笑顔で言う。フィルーネ、身長120cmの生きた少女人形。黒髪のボブヘア、紫に不気味に光る瞳に黒ベースの少しホラーテイストなゴシックロリータ。必ずヘッドドレスには人間の体のパーツがついた飾りがついている。見た目は少々怖いが、心は純粋な女子である。
「それにしても、これだけ味を濃くしたからスープが真っ赤だ。まるで血のような赤さ。」
「こ、これが普通じゃないの?」
「いやぁ、こんな血みたいなスープ飲むのはフィルーネだけだよ。実は君、吸血鬼なんじゃない?」
「な、なにそれ!! 私が化け物ってこと!?」
そう言ってフィルーネはむくれる。ポカポカとお兄さんと呼ぶ男を殴っている。それを見て男は苦笑いを浮かべた。
「痛いって。フィルーネは男の子並みに強いんだから……」
「すいませんねええぇ!!」
そう言ってフィルーネは男の手を叩く。それを見てごめんって……と苦笑いしながら男はフィルーネの頭を撫でる。その様子はまるで親子のようだった。
「あーあ……あんなことが無かったら私も高校行って楽しい生活送ってたのかな。」
「……どうかな。」
「でもそうしたらお兄さんに会えなかったでしょ。だって……」
私、人間だったもんね。きっと縁なかったと思うんだ……
フィルーネは少し寂しげに呟いた。そんな彼女を見て男も一瞬寂しそうな表情をしたが、すぐに表情を切り替え彼女の頭を優しく叩き……
「僕、小さい子は好きなんだ。見てて癒してくれるからね。子供は笑っていないと。大人になってからはなかなか笑えないんだよ?」
ほら、早くフィルーネのために味付けしたミネストローネ、早く食べよう?
そう言って男は笑顔で彼女に言った。不器用ではあったが彼なりの励ましなのだろう。そう思いながらフィルーネは屈託のない笑顔で食卓へ向かった。
* *
「あーあぁ。ねぇお兄様、私ちっともこういうことわかりませんわ。」
「愛菜はもう少し勉強するべきですよ……なんなのですかあの30点代ばかりのテストは。」
「でも赤点ではないのですから良いではないですか!!」
ここは清水家。言い方を変えればブレッド・フラシャリエの隣の家。ここで緑髪の兄妹が何やら話をしている。兄は
「お兄様が見つけたというユリウスの生態学論でしたっけ?あれも正直よくわからないのですが。しかもあれ次のテスト範囲なのですよ!!」
「……もうこの表を見て理解してください。私はちょっと実験道具しまうので、それを読んでいてください。」
そう言って悠哉は席を立ちあがり、すぐ隣の部屋へと行った。愛菜は受け取ったB5の紙を見た。赤→緑→青→紫、という四角の図が書かれている。何かの暗号か……そう思いながら愛菜は紙をクルクルと回し始めた。でも、当然何もわかってこないので諦めて睡魔の誘惑に乗った。数分後……
「どうですか? わかりました?」
「…………あ、はい。」
「……その顔は寝ていましたね?」
悠哉が愛菜の部屋へと戻ると、彼女は大きなあくびをして悠哉をみた。そしてボーッとしながらまつ毛を触っている。
「私になぞ解きをさせようだなんて…お兄様鬼畜ですわ。」
「なぞ解き? これはユリウスの生態学論の説明を図にしただけの紙です!」
「あ、なるほど。赤は緑に強い、緑は青に強い……そういうことでしたのね。ようやく謎が解けましたわ。」
「私は不安になりましたよ、愛菜。次30点代取ってきたら、休日は私のパシリに専念してもらいますから。」
「そ、そんなの嫌ですわよ!! ぜ、絶対に取らないので生物についてもっと教えてくださいまし……!!」
その後、愛菜は今までの生活からは想像できないような勉強漬け生活を送った。テストの一週間前に彼女が遊ばずに勉強していると言うのは、かなり異例な光景らしくそれに友達は勿論、兄である悠哉も驚いたのだと言う。そしてその結果は……
「見てくださいましお兄様! 私の素晴らしい生物の結果ですわよ!」
そう言って彼女が満面の笑顔で見せたテストの点数は40点だった…というのはまた別のお話。
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