第2話 どうした?疲れてるのか?
そしてまた、次の週も同じ曜日にブックカフェに行こうと思っていた。習い事ではないのだから、曜日を決める必要はないのだが、そうすることで続けられるような気がした。いつでも行きたい時に行けばいいとなると、明日でいい、明後日でもいいとなって途切れてしまいそうな気がしたからだ。若い頃に流行った英会話教室には、年会費や月会費を払っていれば自分の都合のよい日に予約してレッスンを受けるというシステムがあった。「いつでも行ける」は結局「今日でなくてもいいや」となって足が遠退いて行く筋書きだった。そんな風にしないために、私はあえて曜日を決めたのだ。しかし、それが弊害になることもある。どうしても行けないときはどうするかだ。
その日は、同じ会社の仲間と一緒にお取り寄せしたスイーツが届いていた。できるだけ寄り道せずにそれを家まで持って帰らなければならなかった。カフェは自宅から近いのだから、一旦帰宅して荷物を置いて出かけることだってもちろんできる。しかし、そこまでしてまで、と考えてしまう。とにかく家に帰って、それから決めようと思った。
荷物を片付けていると、その流れで着替えて、気づくと化粧まで落としていた。習慣というものは恐ろしい。そうなるともう、余程の用でもない限り、口紅さえ塗る気にならない。しかたない。1週休むことにした。行かないと決めたとたんに、カフェの様子が気になってきた。皮肉だ。自分はまだ、常連などというレベルには達していない。2週続けてたまたま同じ席に座れたけれど、来週は座る席があるかどうかさえ分からない。次に読もうと思っていた雑誌がなくなっていたらどうしよう。そんなばかばかしい杞憂が沸き起こった。本当にバカみたい、と思いながら何気なくバッグから取り出した手帳が、するりと落ちて床で音をたてた。
あの人…かがんで手帳を拾い上げながら思い出したのは、先週カフェの中で本を落とした人のことだった。あの人は今日もいるのだろうか。自分が読んでいる最中の本を落とすということはまずない。としたら、いくつかの本、例えば参考書や辞書のようなものを広げて勉強している人なのかもしれない。初めて行ったときドアを開けてくれた人が、そんな人もいると言ってたではないか。何の勉強をしているのだろう。学生さんかな?それとも社会人で資格取得の勉強かしら?ちらっと見えた動きは男性のようだった。それほどお年寄りではなさそうだった。近くの席に座っていた人のことは何も気にはならなかったのに、どうしてあの人のことだけ記憶に残っているのだろう。これってまさか、いつの間にか始まっているっていう、アレ?首を振って、食事の支度を始めた。
3時間ほどして、このところの定時刻に帰って来た夫が箸を動かす様子を見ながら、いつになく話しかけることもなく、ぼうっとしていて、夫がお代わりに茶碗を差し出したのにも気づかずにいた。はっとした。ああ、まただ。私ったら、何を考えていたのだろう。
「あ、ごめんなさい。」
謝ったのには二つの理由があったことを夫は知るわけがない。
「どうした?疲れてるのか?」
夫の声も本当に心配した風ではなく、相槌のような響きだった。ホッと言うか、フッと言うか、小さな溜息のようなものが漏れた。
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