自我の覚醒
いつからこの場所に居たのかは解らない。ずっとここに居たのかも知れないし、つい最近ここに来たのかもしれない。少なくとも解るのは、今さっき自分というものをハッキリ認識したことだ。
前方に広がる草原、振り向くと崖。というよりも闇としか言い様の無い空間。まるでそこから世界を切り取ったかのように、何もない真っ黒な空間が広がっていた。それを本能が訴えかけるかのように理解した、あそこに落ちたら戻ってこれない。そこから先に世界は存在していない。
正直、状況は全く理解していないが、何故か不安とかそういうのは感じない。自分でも驚くほどに冷静に、周囲の探索に歩きだした。
探索して解ったことは、小さな無人の村のようなものと草原。この半径一キロにも満たない区域を、無理やり切り取ったかのようだ。つまり、その先には何もない真っ暗な闇があるだけで、異様な閉塞感を感じる。
仕方がない。何か手掛かりが無いか、無人の村の捜索を開始する。すると、不思議な事に気がついた。まるで、今まで生活していた人が居たかのように、綺麗なのだ。普通に生活をしていて、突如そこに暮らしていた人間だけが消え去ったかのように思えてしまう。
適当な家に入り込み、中にあった椅子に座って休む。まるで、この場所は……
「滅んだ世界とでも言いたいかい?」
驚愕した。唐突に声が聞こえて椅子から立つ。振り向くと愉快そうに笑っている女性が立っていた。さっきまで居なかった筈だ。それなのに、ずっとここに居たかのように、もしくは瞬間移動でもして来たかのように平然とそこに居た。その女性は一見普通だ、だが。何故か大量の腕時計を両腕に留まらず、両足にもつけている。
「全く、勝手に人の家に入ったらいけないって解らないかな?」
「申し訳ない」
正論だ。確かに無人だからといって勝手に人の家に入るのは問題だと、自分でも解ること。素直に謝ると女性は軽く笑う。
「まぁ、アタイの家じゃ無いけどな!」
「はぁ」
それなら、この女性も同じじゃないか。だからといって、自身の事を棚に上げるつもりが有るわけではないが。何となく納得できない。
「気にすんなよ。どうせこの場所は〈記憶〉を元に再現された世界に過ぎない。家の所有者とか居ないからな」
「記憶の再現?」
一体何の話をしているんだ。世界が滅んでこうなったと言われれば解りやすい。解りやすくは無いけれど、なんと無く納得は出来る。だが、記憶の再現とはどういう事だ。わからない。
「なぁ、全てを知りたいか? 解らないなんて気分良いものでは無いからな。アタイが教えてやるよ、真実ってやつをな。どうだ、知りたいか」
「あぁ、知りたい」
知りたくない筈がない。何故こうなっているのか、何故こうなってしまったのか。……何故ここに居るのか。現状確信に至るものが何も無い、知りたいと思うのは当然だ。
「アタイの名前は、複雑な無機物混沌の機械レアル・グリード。欲望を肯定して叶える機械であり混沌の管理者だ。レアルとでも呼んでくれよ。アンタの名前はなんだ」
名前……。自分の名前はなんだ。思い出すことも出来ないし名前なんてあっただろうか。現に今わからないのだからそんな事は関係ない。何も解らない自分に相応の名前……
「そうだ……自分は。放浪者のヌル」
何もない自分にはとても似合った名前だと思う。真実を知るまではこの名前で放浪を続けようと思う。
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