第3話 キミと過ごす日々は永遠
「できたよ~!」
間の抜けた野太い声がリビングに響く。やはり自分の声で呼ばれるのは気味が悪い。
「は~い」
ボクの声を脳内でヒヨリちゃんの声に変換し、悦に浸りながらリビングへと急ぐ。今日もリビングにはステキな炭スメルが立ちこめている。
「今日の朝ご飯は目玉焼きとハッシュドポテトだよ」
テーブルに出された皿の上には徹底的に炭化された卵とポテトが載せられていた。
「お・・・・・・おいしそうだね」
思わず声がうわずってしまった。これから毎日こんな感じであれば慣れていくのだろうか。
「そう?」
相変わらずボクになったヒヨリちゃんの仕草は可愛い。ボクを愛でているという自己嫌悪はさておき。
「ちょっとコンビニでご飯買ってきま~っす」
奈良雄はリビングを素通りし、そのまま玄関へ直行した。
「あれ?食べないの?」
「さすがにちょっと二食連続で炭を食すのはな・・・・・・」
「何言ってんだ!ヒヨリちゃんが作ってくれた食べ物は絶対に美味しいと法律で決まってるんだぞ!」
「というか、キミが料理作れるんなら問題が解決出来るんじゃないの」
奈良雄がボクを鼻で笑ってくる。
「ハハーン、さてはヒヨリちゃんの食べ物が神々しくて食せないんだな?まあ、ヒヨリちゃんの手料理を食べていいのはボクだけなんだけどね。奈良雄はそのついでってことだよ。その辺立場分かってる?分かるよね?分かってよ!」
ボクは思わず奈良雄の首元を掴み、宙に浮かせた。気道が閉まり悶絶する奈良雄は、締め上げている右手をタップし解除するよう求めてくる。
「わ、わがっだがらはなぜええええ」
「あ。ごめん。つい」
力を緩めると、奈良雄は床に膝から倒れ込んだ。
「ふう、死ぬかと思った。でも美少女に締め上げられるなんて、これは、これで、快感」
奈良雄の頬が紅潮している。
「男に締め上げられてるもんだぞ。そんなに嬉しいか?」
「ああ、やっぱり中身より見た目だ」
堂々と言う辺り、残念過ぎる・・・・・・
「ちょっとふたりとも~喧嘩しないで!」
ヒヨリちゃんがボク達の間に割って入る。
「わたしの料理がまずいならまずいって、ちゃんと言ってよ!」
頬を膨らまし、ボクに迫ってくる。
「な、何言ってるんだよ!ヒヨリちゃんが作る料理が不味い訳がないっていったじゃないか!」
「もう、嘘つくの、止めようぜ。一応彼女なんだろ?これ以上、嘘つかれても、可哀想だぜ」
奈良雄は息を整えつつ、ボクを諭してくる。その表情は『もう早くゲロって楽になれよ』と言いたげな、爽やかな笑顔だった。
「・・・・・・」
ボクはそれ以上、言葉が出なかった。
「ごめんね。美味しくなかったのに・・・・・・無理矢理食べさせちゃって。ちょっとコンビニで朝ご飯買ってくるね」
ヒヨリちゃんは目に涙を浮かべ、お金も持たないまま家を飛び出してしまった。
「あ~あ。泣いちゃった」
奈良雄はその場で静観している。
「泣いちゃったじゃないよ!追いかけなきゃ」
テーブルに無造作に置かれた財布を手にし、ボクはヒヨリちゃんの後を追った。
「待って!」
ヒヨリちゃんに声をかけるが振り向いてくれない。
「待ってよって!」
アンドロイドの脚力があれば、ヒヨリちゃんに追いつくのにはそう掛からない。
「放して!」
ボクが掴んだ手を振り払おうと、肩を大きく揺さぶるヒヨリちゃん。ボクはその手を放すまいと必死で握り続ける。
「ゴメン!謝るからボクの話を聞いてくれ!」
「・・・・・・」
ようやくヒヨリちゃんの動きが止まった。
「なによ!わたしの料理美味しいって嘘ついてたんじゃない!!」
「嘘じゃ無いよ。ボクはヒヨリちゃんの手料理が食べられることが幸せだったんだ。ヒヨリちゃんが作ったものなら、どんな異形のものでも極上のグルメなんだよ」
「・・・・・・バカ」
そう小声で囁き、ボクに抱きついてきた。
「わたしこそ、ムキになってごめん」
「いいよ。そういう怒ったところも好きだよ」
「もう、大好き」
ボクに抱きついた腕の力が一層強くなる。顔の距離が段々近くなる。吐息を頬で感じられる。唇が互いに吸い寄せられ、といういよいよの場面に奈良雄が横から水を差してきた。
「ボクもだよ」
「うわぁ!」
「なに?」
二人揃って後ずさってしまった。
「朝からイチャラブしてないで、ご飯買いに行くぞー」
奈良雄は素知らぬ顔をして、そそくさとコンビニへと駆けていった。
その後は奈良雄が生活用品コーナーと成人誌コーナーにしばらく釘付けになっていた事以外が何事も無く、三食分のご飯をコンビニで買い足し、家に帰った。
朝ご飯を食べた後、ヒヨリちゃんとボクがなぜ入れ替わったのか、奈良雄と共に現場検証した。
「つまり、二人が衝突して、目が覚めたら入れ替わってたと?」
「まあ、そうだな」
「目覚めるのはヒヨリちゃんの方が早かったよね」
「そうだね~」
当時を再現するように、ヒヨリちゃんが道路に寝そべる。
「たしか、こんな風に仰向けで倒れてた。起きたら体が痛くてびっくりしたよ~」
「自分の体が入れ替わるって感覚はあった?」
「いや~それが・・・・・・」
ヒヨリちゃんは首をかしげるが、すぐ後にハッと何かを思い出したかのように爽やかな表情に一変した。
「あ、そういえばぶつかった瞬間、火花のようなものが目に入ったようななかったような」
その言葉を聞いた途端、奈良雄はヒヨリちゃんを掴み、地面から引き剥がす。
「おい!火花、だと?雷みたいな感じ?それとも、あれか、本当に金属から出る、花火みたいな色のやつか?」
「う~ん。それはよく覚えてない」
奈良雄はその言葉に嘆息したものの、すぐに目をつむり逡巡し、その口から仮説を話し始めた。
意識の移転という現象を解き明かす前に、まず意識というものは何で成り立つかをハッキリさせなければならない。意識の構成要素は恐らくハードとしての脳、それに記憶と五感というデータとしてのソフトさえ揃っていれば、意識が再現されると推測している。
ただ、意識の移転については未だに良く分からないのだという。魂だなんだという話になれば、最早オカルト話だ。元の体から意識を構成する要素が無くなり、入れ替わる対象の体に瞬時に入り込み再構成するという動きがどうしても分からないのだ。
人間同士であればそんな現象が起こることは傍から見ても難しいが、人間と機械であれば電気、しかも人間より高電圧のものを扱っているのだから、電気を介して意識移転が起こっても不思議ではないという。人間自体、微弱な電気で脳内情報のやりとりを行ってるのだから、特定の条件さえ揃えば、元に戻れる可能性は残っているという。
「脳の活動を血流で読み取ったりしてる機械があるけど、今は微弱電流を感知して脳内の思考を読み取ったり、意図的に改変する技術が開発されてる。脳のどの部分に対しても特定のシナプスに辿り着くように電圧やルートを制御するんだ」
「へぇ、入れ替わりでもそれが行われたってことか?」
「その可能性はあるけど、それを瞬時に制御してしかも入れ替わりなんて、今の技術じゃ無理だ。それこそ量子コンピューターレベルの演算が出来なきゃ」
ボクが入れ替わってヒヨリちゃんフィギュアをグルグル回りながら奈良雄は何か確認している。そして問題のフィギュアに命を与えた機械を見つけ手を触れようとしたが、電流に阻まれてしまった。
「うわっ、シビれる・・・・・・超イテー」
「ダメなのか」
「ダメですね」
その日はそれ以上何も解明されることは無かった。
遂に翌日は平日を迎えるに当たって、ある問題に直面した。
「やばい、明日仕事だ」
このまま入れ替わった状態で明日を迎えれば、ヒヨリちゃんが仕事に行かなくてはならなくなる。もちろんヒヨリちゃんはボクの仕事や人間関係など一切知らない。かといって今から全てレクチャーしたところで所詮付け焼き刃だろう。
「明日は休むか・・・・・・」
当然の判断だ。しかも一週間であればなんとかごまかしが効くかもしれない。まあ、おそらく職場では白い目で見られるかとは思うが。
「わたしが代わりに行くよ」
「いやいやいや、それはダメでしょ」
まさかの出勤宣言!さすがバカ真面目キャラ!明日ヒヨリちゃんが行ったら職場がメチャクチャになる。
「まだ現実での暮らしもそんなに経ってないだろ?このまんま行ったらボロが出まくってボクの人生お終いだ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。だからここは聞き分けてくれ。頼む!」
ボクの全力の最敬礼を披露する。
「わ、わかったよ、行かないよ。行かないから」
「ありがとう、ヒヨリちゃん!」
ボクはヒヨリちゃんの両手を握り、全力の笑顔を見せた。けれども、ヒヨリちゃんはボクに微笑みを返さなかった。
翌日、入れ替わってから三日目の朝。ボクが起きた時には、ヒヨリちゃんの姿は無かった。リビングで食材を炭に変える錬金術を披露するわけでもなく、ボクに『おはよう』と呼びかける訳でも無く、ただそこには沈黙だけが居座っていた。
「おはよ~」
奈良雄がボクの後に続いて起床した。
「ヒヨリちゃん見てない?」
「ああ、そういえば、スーツと鞄取ってリビングに消えていったよ」
時既に遅かった。昨日感じたヒヨリちゃんへの違和感は本物だった。
「・・・・・・なんで止めなかった」
「いや、まあ、基本研究員は対象の生活には不干渉がルールなので」
「思いっきり干渉してるじゃん。なんで今回に限って止めなかったんだよ」
その言葉待ってましたとばかりに、奈良雄は微笑み出す。
「実際に人工人格が人間社会に適合出来るか、絶好の機械だし、止める理由が見当たらないよ」
「おい、それはあんまりじゃないか?二日間タダ飯食って、そのくせ研究対象をそんな雑に扱って良いのかよ」
ボクはリビングのテーブルに座り込み、うなだれる。
「ハハ、一応報酬じゃけど、協力してくれたら二人を元に戻すって約束だしね」
「それってでも、一週間経てば自動的に無効になるんじゃないの?ボクが無くなるわけだし」
「あ、ばれた?」
「ばれた?じゃないよ!早く元に戻れる方法見つけないと。ってかその前にヒヨリちゃんを捕まえないと」
「それはご心配なく」
そう言うと、奈良雄はトナカイの角から端末を取り出した。端末にはこの辺りの地図と、位置を知らせる矢印と点が配置されていた。
「ほら、これで位置が丸見え」
地図上の点を指差しボクに自慢げに見せてくる。
「なんだ、これで分かるじゃん」
「いや、これキミの位置だから。アンドロイド捜索用だし」
「それじゃ意味ないじゃん!今はヒヨリちゃんの場所が分かんなきゃ」
「それより根本的な疑問なんだけどさ、ヒヨリちゃんってキミの通勤経路知ってるの?」
「知らないと思う」
「電車の乗り方とかは?」
「それもたぶん」
ボクらは一縷の望みに賭けて、住宅周辺を捜索することにした。
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