第2話 美しいモノにはトゲがある

「あ、あれ?ここは?」

 第一声、ボクの発する声に違和感を覚える。いつもよりキーが高い。ヒヨリちゃんの落下の衝撃でまだ声が出づらいのだろうか。自分で聞いていても気味が悪い。

「あ・・・・・・やっと起きた!」

 その声と同時にボクの体に誰かが布団越しに抱きつく。おそらくヒヨリちゃんだろう。ボクが気を失って、ボクの部屋まで運び込んで看病してくれたのだろう。やっぱりボクの嫁はヒヨリちゃんしかいない。

 ボクは痛む体を起こし・・・・・・ってあれ?全然痛くない。これは一体どういうことだ?落下してきたヒヨリちゃんを受け止めたんだから胸とか腹とかが痛んで当然だ。まさか、ヒヨリちゃんはケガの治癒のスペシャリストなのか?そんな設定、ゲームで出てきたっけ?

「ヒヨリちゃんは看病上手なんだね。おかげですっかり良くなったよ」

「そう?良かった」

 上体を起こしきってボクの目に映ったのは、ボク自身が苦しそうに話している姿だった。

「え?なんでボクが目の前に?」

「何言ってるの?あなたはあなたじゃない」

「いや、哲学の話じゃ無くて、物理的にボクの体が勝手にボクに話かけてくるんだけど」

「そんなの、入れ替わったからに決まってるじゃない」

 ボクは今も夢の中に居るのだろうか。はたまたヒヨリちゃんが現実化してから浮き足だって、頭でもオカシクなったのか。

 今一度、自分の体の状態を確かめてみる。すると驚くことに、体に無いはずのものがあり、逆に体に合ったはずのものが無くなっていた。このシチュエーションはどこかで見たことがある。いわゆる『入れ替わり』という奴だ。いやいや、そんな馬鹿げた事なんか現実にあるはずがないって・・・・・・嘘でしょ?

「うそ?!本当にこの体って、ヒヨリちゃんの?」

「そうだよ。ようやく気がついたの?」

 ボクの体に身を包んだヒヨリちゃんが、ヒヨリちゃんの体となったボクに抱きついてくる。

「大丈夫。きっと戻れるよ」

 ボクの声で語りかけてくるヒヨリ。自分に諭されているようで気味が悪い。しかし、他でもないヒヨリちゃんの言葉だ、ボクが奮い立たない訳がない。もはや今は人間ではなくなったボクだけど、元を正せばボクが購入した等身大フィギュアだ。どう動けるかなど、可動域については熟知している。しばらくこんな状態であっても、何不自由なく暮らせるだろう。

 だが、ここで一つ疑問がある。謎の機械によってボクが所有していた等身大ヒヨリちゃんはいかにも生物的な構造を手にした訳だが、それは果たして何処まで再現されているのだろうか。気にはなるが、果たしてこの神聖なヒヨリちゃんの体に不浄な魂を持ったボクのような汚らわしい存在が弄り倒してしまっても良いものだろうか。ダ、ダメだ。そんなことをしたらあっという間に地獄行きだ。誰もがうらやむ画面上に居た嫁の体に触るなんて他の男達が見たら包丁をボクの体に突き立てるだろう。そうなれば結果的にヒヨリちゃんの魂が入ったボクの体が痛めつけられ殺され、ヒヨリちゃんが苦しむことになる。・・・・・・でも今ボクがヒヨリちゃんだから問題ないのか。そうだよな。

 ボクは勇気を振り絞り、ヒヨリちゃんの腹部に手を掛けようとする。すると、それを邪魔するかのように何者かが部屋に入ってきた。

「ダメダメ、そんな気軽にさわったら」

 この顔は見たことある。クリスマスにやってきたトナカイに扮した裸の男だった。さすがに服は着ているようだ、ボクの洋服ではあるが。

「おい、なんで当然のように家に居着いてるんだよ」

「いや~なんか、流れ?みたいな?」

「流れで家に居られても困るんだけど」

 トナカイ男はボクの洗濯しすぎで伸びきった、ヨレヨレの白Tシャツをおもむろに脱いで、ボクの横に添い寝し始めた。

「ちょっと気持ち悪いんだけど」

 トナカイ男の肌の感触がこそばゆい。これはもしや・・・・・・?

「良いじゃないか。中身男なんだし」

「おい、ちょっと待て。なんで男だって分かったんだ?」

「さっきキミの格好をしたヒヨリちゃんから聞いたよ。嬉しそうに話してたよ」

「そんなわけないだろ。ってか中身男だからって裸で添い寝はあり得ないから。離れてくれる?」

「おっと、気づかれてしまったか」

 邪険な顔をボクが浮かべていたのだろうか、すんなりトナカイ男はボクから離れてくれた。そういえばヒヨリちゃんフィギュアにはどれくらいのパワーが秘められているのだろうか。一応アンドロイドに分類される訳だから、人間以上の力を発揮出来るのだろうか。そうすればこんなトナカイ男は一瞬で肉塊だ。あ、それやっちゃうと殺人になっちゃうな。でもアンドロイドが殺したとなれば罪に問われないか。ハハッ!

「ごはんできたよー」

 野太いヒヨリちゃんの呼び声と鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに正気を取り戻し、ボクは布団から跳ね起きリビングへと足を運んだ。

 ヒヨリちゃんの初ご飯だ。ボクが倒れている間に健気にも料理を作ってくれていたのだ。これが美味しくない訳がない。

 テーブルに並んでいたのは、香ばしく焦げているホウレンソウの油炒めと思われるものと、油揚げをもう一度揚げてほぼ跡形が無い二度油揚げ、そして極めつけは液が黒くなっている汁物である。

「お、おいしそう、だな~」

 テーブルの席に着くなりボクは引きつった笑顔を浮かべて、箸に手を伸ばす。

「うわ~これはヒドいな。犬の餌の方がマシじゃ無いの?」

 トナカイ男が遠慮なしにヒヨリちゃんの料理をけなしに掛かる。

「おい!何言ってんだ!ヒヨリちゃんが作った料理だぞ!美味しくない訳がないだろ!」

「じゃあ、食べてみてよ」

 トナカイ男はボクのヒヨリちゃんへの愛を試すかのように更に責め立てる。ボクの震える箸を、ジイッと行く末を見守るトナカイ男。運命の一瞬は、ホウレンソウ(のようなもの)を掴んだ瞬間始まる。口に入れ、飲み込むまでが試合だ。試合終了まで弱音は一切許されない。

 負けられない試合が、ここにはある。

 いよいよ灰燼と化したホウレンソウを食する時が来た。箸でつまんだ瞬間、辛うじてつながりを保っていたホウレンソウの形が崩れ、茎と見られる一部のみが残った。野菜の油炒めである、あのしなり感は一切無く、ただただザラついている一つの個体と言った様相だ。

 口に放り込んだ瞬間、炭素が舌で暴れ出した。

「ほろ苦い味がまた、イイ・・・・・・」

 思わず感涙してしまった。ヒヨリちゃんの手料理を食す事が出来た喜びと、炭素を口にした悲しみ。何とも言えない感情がボクに押し寄せていた。

「え?マジかよ・・・・・・」

 トナカイ男はまるで汚物を見るかのような表情を浮かべている。

「おいしい?」

 追い討ちを掛けるかのように、ヒヨリちゃんがボクに問いかけてくる。

「も、もち、もちろんだよ!ヒヨリちゃんの料理が、お、美味しくない訳がないじゃないか!」

「ほんと?!お料理初めて作ったから自信が無かったから、おいしく出来たかなって心配で・・・・・・うれしい!今度同じの作るね!」

「いやいやいや、も、もったいないよ、そんな毎日ヒヨリちゃんの料理食べてたら、幸せ死にしちゃうよ。だ、だから、なるべく近くのコンビニとかのお惣菜とかにしよう、ね?」

 毎日炭を食わされたら全身カーボン人間になってしまう。あ、でもボクは今アンドロイドだし、カーボンになった方が丈夫で長持ちするのかな?ってそんな問題じゃないだろ!炭なんかいくら食べても不味いだけだ!なんとかそれだけは阻止しなければ、味覚が持たない。

「わかった。じゃあしばらくは朝ご飯だけ作るね!」

 朝ご飯は作るのか・・・・・・

「ありがとう、ヒヨリちゃん」

 果たしてボクの作った笑顔はヒヨリちゃんにはどのように映ったのだろうか。結局ボク達は、ヒヨリちゃんの初料理を涙を流しながら食すのであった。


 少し三途の川が見え始めたところで、全員が残すこと無く完食した。まさかトナカイ男が食べきるとは思ってもみなかった。

「おい、本当に大丈夫なのか?」

「ああ、なんとかな」

 トナカイ男はテーブルに突っ伏してうなだれている。

「そんなに無理して食べなきゃ良かったのに」

「ほら、あれだよ、据え膳食わぬは男の恥ってね」

「ああ・・・・・・まあ、そうだよね。恥だよね。でも逃げるは恥だが役に立つっていう言葉もあるよ」

「ハハ、そうだな。でもどっちに行っても、苦しい思いをするだけだぜ」

 確かに困難な問題に取り組む場合は、ただガムシャラに真っ正面から突っ込んでいっても、その場から逃げ去っても根本的な解決にはならない。その問題の本質を見極め、適切な方法を用いて対策を練り、そして攻略するのが筋だ。意外とトナカイ男もいいこと言うな。

「ってか、いつまでこの家に居座るつもりだよ」

「君たちの入れ替わりが解消するまで」

「うそだろ?」

「ほんと」

 するとトナカイ男は、昨日付けてきたトナカイのツノから何かを取り出し、ボクに見せつけてきた。

「一応、アンドロイドの研究員やってるから」

 ボクに見せてきたのは、『国立アンドロイド研究所』の研究員証だった。

「いやいやいや、そんなんじゃ騙されないよ」

「ホントだって。一緒に来てたサンタクロースは研究所の所長なんだよ」

 にわかには信じがたい話だ。『国立アンドロイド研究所』なんて聞いたことも無い。そもそもアンドロイドを国で研究して何になるのだ。税金取れない労働者ばかり増やすことになって自分で自分の首を絞めるようなものだ。どう考えてあり得ない。

「じゃあその研究所に行かせてよ。ボクが研究成果みたいなもんだろ」

「いやーそれが無理なんだよな」

 ボクの顔から目線をそらした。いよいよ胡散臭くなってきた。

「なんで?研究員なんでしょ?」

「ハハ、まあそうなんだけどさ、一週間キミをモニターして終わるまで帰ってくるなって所長から言われてね」

 そう言ってトナカイのツノから取り出したのは、小型タブレットだった。トナカイのツノってそんなに収納出来るのか。

「これで、毎日の経過観察をしてるんだよ。アンドロイドは大体今のところ持って一週間だからね。活動限界を見極める為にもこれが必要なんだよ」

 ・・・・・・今なんて言った?『アンドロイドは一週間しか持たない』って?

「おいおいおい!そんなの説明の時に言ってなかっただろ!」

「ああ、まあ、ほら、夢、壊しちゃかわいそうでしょ?でも二次元嫁が一週間も現実化したんだからいいじゃん。夢叶ったんでしょ?」

「確かにそうだけどさ・・・・・・一生ヒヨリちゃんと過ごせると思ってたのにな・・・・・・」

「いやいや、それはさすがに無理でしょ」

 ヒヨリちゃんを遠目で見ながらトナカイ男はほくそ笑む。慣れない料理作りで疲れてしまったのか、ボクの布団でスヤスヤ眠っている。

「それにしても驚いたよ。キミ達の間で『認識置換』が起こるなんて」

 『認識置換』と言っているのはおそらくボクとヒヨリちゃんとの間で起こった入れ替わりのことを指しているのだろう。

「ああ、現実でも起こるんだなって身を持って体験したよ」

「こちらとしても予想外の事態で驚いてるんだよ。この事象の原因を究明出来れば、ロボット工学の歴史を塗り替える大発見になるかも知れない」

「でも、なんでこんなことが起こったんだ?」

「う~ん、すぐに答えは出ないと思うけど、強いて言うなら電子信号による脳の情報の置換が起こった、とまでしか言えないな。あの機械は人間には作用しないように制御されてるはずなんだけど、何らかの衝撃や要因が重なって発生してしまったのか、あるいは・・・・・・」

「まあまあまあ、そこまでで良いよ。とりあえず、その原因と解決法を見つけるためにこの家に住み込んでくれてるんだろ?しばらくウチに居て良いよ」

 トナカイ男は満面の笑みを浮かべ、ボクに抱きついてきた。

「ありがとう~さすがヒヨリちゃんだ~」

「ち、ちがう!ボクじゃ無い!ってか抱きつくな!気持ち悪い」

 こうして、トナカイ男は正式に一週間限定の居候となった。

「そういえば、名前聞いてなかったけど」

「ああ、じゃあ『馴鹿 奈良雄(となかい ならお)』でお願いします」

「お願いします、って・・・・・・身分証明書ないの?」

 そう言うとおもむろに馴鹿、改め奈良雄は先程の研究員証にある顔写真の下を指差した。

「ほら、ここ」

 奈良雄の言うとおり、名前に間違いはないようだ。

「本当にトナカイだったんだな」

「クリスマスには重宝するよ」


 ヒヨリちゃんの体になってから二日目。まだ機械の体には慣れない。誰かがカーテンを開けているようだ。レールを走る滑車の音と共に眩しい朝日の光が部屋を鮮やかに照らす。

「朝だよー」

 ヒヨリちゃんに起こされるなんて夢のようだ。思わず笑みがこぼれる。

「よく眠れた?」

 外を眺めているヒヨリちゃんに問いかける。

「ああ、よく眠れたぜ」

 ヒヨリちゃんに問いかけたはずが、横でいつの間にか添い寝していた奈良雄から返事が来た。

「おい。お前の布団はリビングに敷いただろ。なんで隣で寝てんだよ」

「やだよ。さびしいもん」

 そう言うとボクの体に腕を伸ばしてきた。

「やめろ!近づくな!」

「体はイヤとは行ってないぞ?」

「少女マンガの読み過ぎだ!離れろ!」

 ボクに絡みつく奈良雄の手を振り解く。その勢いで窓まで吹き飛ばしてしまった。

「おっと、ゴメン」

「・・・・・・死ぬかと思った」

 真っ青な顔をして、リビングへと足を運んでいった奈良尾だった。あれだけ吹き飛ばされて無傷とは、奴もアンドロイドなのか?

『tbんhろsbhんjぴsろえjtpgbmfげぱ:jprjgwぱr』

 突如頭の中に何かが流れた。言葉のような、ただのノイズのような、良く分からないもの。アンドロイド特有のものなのだろうか。まあ、特に体を動かしたり、思考にも特に影響無いみたいだし、大丈夫みたいだ。

 さあ、今日もヒヨリちゃんによる命がけの朝ご飯タイムが始まる。

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