聖なる夜に、降るキミとボク

天川 榎

第1話 想いを伝えるのには痛みを伴う

「あなたのことが、好きなの!」

「ボ、ボクもだよ!ヒヨリちゃん!!」

 ボクは彼女の真摯な告白を受け入れる。画面越しのボク達の恋は今夜結ばれるのだ。

 彼女とボクとの距離が段々近づいてくる。彼女の吐息を頬で感じられる。

「ちょっと、じらさないでくれる?」

「ご、こめんよ。ボクもさ、初めて・・・・・・だから」

 彼女はジッと唇を尖らせ、ボクからのキスを待っている。心なしか怒っているようにもみえるけれどそんな彼女も素敵だ。

いつも彼女と片時も離れたことは無かった。携帯電話の待ち受けにしたり、トイレットペーパーのカバーにしたり、お風呂の壁紙にしたりして、彼女からの愛をいつでも受信出来るようにしていた。

「大好きだよ」

 ボクは彼女を抱き寄せ、唇を重ねようとしたその時、玄関のチャイムが鳴り、無数のノックがドアを小刻みに揺らした。

「はーい。そこまで。サンタクロースでーす」

「は?」

 折角画面の前にフィギュアを用意してキスの感覚を味わおうとしていたのに、雰囲気ぶち壊しやがって。今日は大切な聖夜だっていうのに、何の権限があってボクとヒヨリちゃんを邪魔するんだ。

 しばらくしてもノックを止める気配がないので、ヒヨリちゃん等身大フィギュアに別れを告げ玄関に近づく。ドアを叩く音と共に聞こえて来たのは、野太い男の声だった。

「早く開けなさい」

 更にノックの間隔とパワーが増し、ドアのつがいが衝撃の度にズレる程になった。もうさすがに無視は出来ないと思ったボクは、ドアの小窓から外の様子を窺う。そこにはサンタクロースの格好をした中年男性と、ツノと首輪、赤い付け鼻を着け、小麦色に焼けた裸のトナカイ風の可哀想な青年が寒そうに佇んでいた。いずれも初めて見る顔だ、ボクの家に何か用なのか。用だからこんなにも必死にノックしているんだろうな。

 恐る恐る鍵を開け、ドアを開く。

「おめでとうございます!あなたも遂に卒業の日が来ました!」

「え?いきなり開口一番に何言ってんですかその格好で気持ち悪い。新聞と勧誘は間に合ってるので。もう来ないでください」

 なんだ、宗教の勧誘か。半分開いていたドアを即座に閉めようとするが、サンタクロースの中年がドアを掴み、閉じないよう力強く引っ張っているので、全くもってビクともしない。顔一つドアの隙間から顔を出すサンタクロースは往年のホラー映画を彷彿とさせた。

「いやいや、話聞いてよ若人。キミの嫁を現実に降臨させたくはないかい?」

 ちょっと待った。このサンタクロース、今なんて言った?

「宗教の勧誘じゃないよ。キミが以前応募していた『嫁と出会えるプロジェクト』に見事当選したっていうことで、それを伝えたかったんだけどさ」

 中年サンタクロースはズボンのポケットから葉書を取り出した。確かに、手に握られているそれはボクが神社にお百度参りして護摩行をして、最後は滝にも打たれてから投函した執念の塊と化した葉書だ。

「当然です。当たらない訳がありません」

「ハハ、どっからその自信が来るのかわからないけど」

 ボクの手は自然とドアから離れ、中年サンタクロースは閉じかけたドアをこじ開け、部屋に土足でズカズカと入ってくる。

「ちょっと、靴脱いでくださいよ」

「いや、サンタクロースだからしょうがないでしょ」

「サンタクロースだからって、常識わきまえないのはどうかと思いますよ。このトナカイもそうですけど」

 トナカイはやっと部屋には入れたと、体を震わせ一目散に暖房エアコンの前に急行していった。もちろんトナカイなので、靴など履いてない。裸足だ。そっちで上がられる方が不潔な気がする。

「はい、じゃあこれからそんな素敵な、ププッ、あなたへサンタからプレゼンッ、ダメだ言えない」

 中年サンタクロースはボクの姿を見ながら腹を抱えて笑い始めた。早くプレゼントの内容を言ってくれよ。ボクもこうやってヌーブラにTバック姿で待機していたんだから。

「はい、気を取り直して、そんなHENTAIなキミに、サンタクロースからプレゼントだ」

 サンタクロースが抱えていた大きな白い袋から取り出したのは、銀色に輝いた玉のようなものだった。完全な玉というよりは、何か機械のような凹凸が所々見え隠れする、SFチックなアイテムだ。

「それが、ヒヨリちゃんですか?」

「そうさ。これをキミが持っているそこの等身大フィギュアに装着すれば、ゲーム内のヒヨリちゃん同様に現実で、まるで生きているかのように振る舞う事が出来る」

 ボクは思わず生唾を飲んだ。遂に画面の中の彼女と、現実で共に暮らす事が出来る。長年夢見てきていた共同生活が営めるのだ。

「早く!早くしてくれよ。ボクのヒヨリちゃんに逢わせてくれよ」

 中年サンタクロースから無理矢理銀の玉を奪い、ヒヨリちゃん等身大フィギュアに押しつけた。すると、銀の玉がまばゆい光を放ち、フィギュアの中に溶けていった。

「ああ、そんなに乱暴にしたら初期化に失敗するかも知れないだろ?」

「初期化?」

「そうさ。このフィギュアを完全に『ヒヨリちゃん』にする為に内部構造を人間のソレと同じように組み替えるのさ」

「それってどういうことですか?」

 中年サンタクロースはその言葉を待ってましたとばかりにドヤ顔を決め、ポケットから説明書を取り出し朗読しはじめた。

「『この道具は、等身大のあらゆるフィギュアを現実化する夢のような機械『カミコウリン』です。まずこの機械に現実化したいキャラのデータを入れ込み、後は対象のフィギュアに押し当てるだけ!内部構造を一瞬で把握し、設定の生物や機械に極限まで合わせます。そして、人間型フィギュアに関しては常に自己判断して会話の受け答えも出来ます!セーブデータやネット情報などあらゆる情報を自動的に取り込み、会話もとても自然にできます!夢のひとときをあなたに・・・・・・※ジョーク商品のため、あらゆる損害等に関しては責任を負いかねます』だってさ」

 中年サンタクロースの話は全く耳には入って来なかった。まばゆく光るヒヨリちゃんの一挙手一投足に夢中になっていた。体を小刻みに震わせ、何かを言おうとしている彼女の口元へ耳をそばだてていた。

「ちょっと!聞いてる?初期化中は体に触れたらダメだから」

 ボクの手首を掴み、ヒヨリちゃんから距離を取らせようとする。しかし、ボクの恋はそんなもので屈服するものではない。距離を一ミリでも近づけようと、中年サンタクロースごと引っ張る。

「いいじゃないですか!ボクの彼女ですよ?」

「いやいや、まだ彼女だって決まってないだろ?現実に降りてきてないんだから」

 その言葉にボクは激昂し、中年サンタクロースの服の襟を掴み、なぎ倒した。

「おいお前、もう一度それ言ってみろ。次は命無いからな」

「わわわ、分かったからさ、な。落ち着こう。まずは彼女と会話してみてからってことで」

 ふと我に返り、押し倒した中年サンタクロースから離れ、再びヒヨリちゃんの様子を窺う。既に光は終息し、そこには正真正銘のヒヨリちゃんが床にちょこんと女の子座りをして待っていた。

「ひ、ヒヨリちゃん・・・・・・」

 ボクは一秒たりともそこに留まることが罪であるような気がした。空気の壁を押しやり、彼女の元へと掛けていく。

「あ、逢いたかったよ」

「わたしもだよぉ」

 自然と目からは涙がこぼれ落ちていた。ようやくボク達は次元の壁を越えて結ばれたのだ。聖なるクリスマスに神が授けてくれた奇蹟だ。ボクは今日から祈りを欠かしません。この奇蹟に感謝します。アーメン。

 よく見ると、今ボクが抱いているこのヒヨリちゃんはヤケに肩幅が大きい。ヒヨリちゃんの肩幅はもっと小さかったハズだ。あとこんなに筋肉質じゃない。まさか、フィギュアから本物にするとこうなってしまうのか?まあ実質ロボットなんだし、仕方無いよね。とはいうものの、この肌質と肌の色、さっき玄関で見たような。

「おい、まさかお前トナカイか?」

「そ、そんなわけないよぉ」

 心なしか、声が低い。段々全身のありとあらゆる場所にある違和感に、ボクは我慢が出来なくなった。

「離れろ。ボクのヒヨリちゃんを返せ!!」

 トナカイを連れてきたサンタクロースの仕業に違いない。しかし、もうこの部屋にサンタクロースの姿は無かった。

 やられた。サンタクロースは、はなからボクの持っている等身大フィギュアを盗むためにアリもしない技術や機械をでっち上げ、挙げ句の果てには偽プレゼント企画まで創りあげてボクを騙したんだ。ボクの嫁を、ボクの夢を、ボクの生きる希望を返せ!!!

「畜生!!!」

 ボクはすぐさま玄関を飛び出し、中年サンタクロースの行方を追う。だが、既にその姿はない。こんなことになるんだったら、あのドアを開けなければ良かった。懸賞に応募しなければ良かった。二次元嫁と結婚出来るなんて、淡い期待を抱くんじゃなかった。

 ボクは膝を落とし、声にならない嗚咽を空に吐き出した。返せ。返せ。ボクの人生を返せ!

 そんな絶望に突き落とされているボクに、何かが話かけてくる。

「ちょっと・・・・・・助けてよ」

 この声には聞き覚えがある。ヒヨリちゃんだ。でもあの二次元嫁を現実化させる機械は偽物だったんじゃないのか?とするとこれは幻聴?遂にボクは精神に異常を来し始めたのか?幻想を抱きすぎて、現実との区別が付かなくなってしまったんじゃないのか?

「ねえ、聞いてる?」

 いいや、聞き間違いでは決してない。この声はボクのすぐ後ろから聞こえてきている。

 夢かうつつか、確かめる時が来たようだ。夢なら夢のまま醒めないでくれ。心に言い聞かせ後ろを振り向く。そこには紛う事なきヒヨリちゃんの姿があった。ヒヨリちゃんがうちのアパートの生け垣に頭から突っ込まれていたのだ。

「おおおおおおおおおお!!!」

「早く!く、苦しいよ・・・・・・」

 神様はやっぱりボクに味方してくれた。応募前の必死の祈りは無駄ではなかったのだ。

 ボクは彼女の足首を掴み、生け垣から引き摺り出す。

「いたたた」

「あ、ごめん」

 彼女の悲鳴を聞き、生け垣から半分体が出かかったところで手を止めてしまった。

「ちょっと、途中で止めないでよ」

「ご、ごめんなさい」

 慌てふためくボクに、ヒヨリちゃんは遠慮しなくていいと、優しく呼びかける。ここで遠慮して全力でやらなければ、ヒヨリちゃんをもっと苦しめる事になる。

「いくよ」

「うん、いいよ」

 ボクはヒヨリちゃんの胴体を掴み、生け垣に食い込んでいる上半身を引き抜いた。体育の体力測定でも出したことのない位の力を発揮した結果、ヒヨリちゃんは見事引き抜いた反動で宙に舞い、ボクの頭上を飛び越えた。

「うそ、ヒヨリちゃんってそんなに軽かったんだ」

 万年運動不足のボクの力でこれだけ飛ぶのだから、30kgから40kgといったところか。まあ、もともとはボクのフィギュアである訳だから、その程度であるのはある程度把握済みな訳だけれど。

 そんなことより、宙に浮いてしまったヒヨリちゃんをしっかりキャッチしなければ!

「待ってろ!今キャッチするから!」

「待ってる間に落ちちゃうわよ!」

 落下予測地点に駆け寄る。しかし、キャッチの仕方が分からない。今まで野球とか、そういう類のスポーツをまともにやってこなかったツケがここに来て回ってきた。何も分からないまま、とりあえず体を受け止められるようにと、バレーボールでいうトスの姿勢を取ることにした。

「よし、どんとこい!」

 ヒヨリちゃんは予測通りボクの腕の中に落ちて来ようとしていた。だが運命の神はそう易々と都合の良いことばかり起こすハズもなく、落ちてくる直前に突風に見舞われ、落下軌道がズレてしまったのだ。このままでは頭から地面に着地し、生後3分でお釈迦だ。

 ボクはズレた軌道に合わせ、摺り足で移動するがやはり間に合いそうもない。今の距離であればダイビングキャッチであれば行けるかも知れない。そうとも決まれば是非も無く実行あるのみだ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!まにあえぇええええええええええええ!!!」

 自らを奮い立たせるかのごとく、愛を貫く男の絶叫が街にこだました。まあ、絶叫するなら誰でも出来るんですけどね。

 全力のダイビングキャッチの結果はというと、半分成功し半分失敗した。成功した部分は、ヒヨリちゃんは無事に着地できたこと。半分失敗というのは、ダイビングキャッチを行った結果ボクの体にダイビングすることになってしまったことだ。

 おかげで暫く気を失ってしまい、目を覚ませばボクの部屋の布団の上だった。

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