第22話 魔窟の中で

施設外部にA班を残し、B、C班が建物内部への潜入を試みる。用意していた特殊な切断機で開かなくなった入り口の1つに大きな穴を空ける。もちろん、建物に絡みついた樹林が切断時の火花で引火しないように、不燃性の殺虫グレネードの霧をつくってある。そして皆、素早く建物の中への潜入を完了させた。


「よし、ここまでは順調。添木副隊長率いるB班は地下にある変異個体飼育実験室の様子を確認してきてくれ。もし、害になりそうな生物がいれば殺処分で構わない。上は可能な限り捕獲なんて、ほざいていやがるが捕獲の方が困難だ。迷わず殺せ。そして、俺が率いるC班は遺伝子変異鉱石プレッシャーの元凶を叩きに行く。美来、場所は分かるか?」


添木も美来もラッセの言葉に首を縦に振る。


「よし、B班の検討を祈ってるぜ。」


ラッセのその言葉を合図に2班に分かれる。


「美来ッチ、へまやらかすなよ!」

「お前もな!絶対、死ぬんじゃねえぞ。」


祐介は余裕たっぷりの笑顔で笑っていた。莉菜と千咲も別れ際に何やら会話を交わしていた。高圧的な空気が満たされる中での任務が開始された。



~~~



C班と別れた後、地下に向かって降りていく添木率いるB班。莉菜や祐介の他に6人の実動部隊がいた。添木の特異能力、温度差脳内立体視サーモ・ステレオ・ソフィックにより常に変異個体の接近に気を配っていた。施設内の明かりは非常灯だけでライトが欠かせない状況であるが、暗視スコープを使用しているので問題はない。添木の索敵能力に何も感知されないまま、地下の変異個体飼育実験室の最初の扉の前に到着した。入り口のモニターにコードを差し、非常用電源で入り口を開けようと試みる。実動部隊の1人が添木に5分程度かかると告げ、それに添木も頷く。


「添木ッチの能力でもこの扉の向こう側がどんな感じかは分かんねぇんだよな?」


「ああ、獰猛な変異個体の地上への進行を阻む最後の扉だからな。流石に僕の力でも無理だ。まあ、ここに来るまで二重の扉がある。ここを開けた瞬間変異個体と遭遇するなんてことは無いさ。」


装備の確認などをしている内に、5分が経過した。既に、添木、祐介、莉菜は電動機械銃エレクトリック・マシンライフルとパワードスーツの接続を完了していた。


「よし、開けてくれ。」


大きな扉が重たい音をたてながら開く。皆、緊張した面持ちで銃を構えていたが、添木の大丈夫だという言葉で少し表情が緩んだ。


「第一関門突破ですね。あと同じような扉が2つです。」


扉を開けた隊員が扉を閉めながら話す。


「ふーっ、あと2回もこのドキドキがあるわけか...たまんないね。」

「相変わらず、余裕そうね。」

「もっちろん。余裕を持っておかないと、いざって時に莉菜ッチを助けられないからね。」

「あっそ。」


2人がいつものように話す。この緊張感を少しでもほぐそうと祐介はしていたのだ。もちろん、莉菜もそれを理解していた。


そうこうしている内に、最後の扉の前に辿り着いた。おそらく地下20㍍くらいであろう。手慣れた手つきで扉を開ける。緊張感が張り詰める中、扉が開く。もう何度も経験したことであるが、皆、息をするのを忘れていた。しかし、扉の向こう側に広がる光景は、以外にも危惧していたよりもずっと静かで穏やかなものだった。


「依然、反応無し。変異個体は逃げ出したりしていないようだな...」


変異個体飼育実験室、文字通り、それは動物園のように硬質ガラスの向こう側に研究目的のために捕獲された個体を飼育するための施設だ。今回の任務にあたり飼育されている変異個体のデータなどは把握している限り伝えられている。獰猛な変異個体が数多くいるとの報告を受けていたが、随分静かだ。つまり、全ての変異個体に硬質ガラスを破る力が無かったということだ。


「どうやら、想定していたよりも、ここは大丈夫みたいだ...一応、施設の端まで調査し、異状無ければC班に合流しよう。」


皆それに同意する。もちろん、いつどこから変異個体が出没し、ここを抜け出すか分からないので入り口を閉ざしておく。再び開けるときに時間を要するが仕方がない。

そして、非常灯とライト以外の光源が無い中を進んでいった。予想以上にここは広い。


「あれっ?」


誰かがそう声を出した。



~~~



運搬随行機デリバリー フォロウを先行させながら、C班は強大力を放つ元凶へと足を進めていた。建物の3階で美来が足を止め、大きく深呼吸をし、目を閉じる。


「この階の一番奥です。」


「ここの一番奥ってことは、隊長室だな。よし、全員戦闘準備を完璧にしておけよ。」


そう言いながら足を動かすラッセ。


「ッ!! 待って下さい。さっきまでまるで動きが無かったのに...が動き始めました。こっちに。」


「なっ、動いただと!?」


ラッセが美来の予想外の言葉に困惑する。


――この威圧感プレッシャーの正体は遺伝子変異鉱石によるものじゃなかったのか!?違うとすれば、これほどまでに強大な力を持った変異個体がいるってことになるが...ッ!!


ラッセの思考を強制的に止められた。原因は大きな音がした後、目の前を移動していた運搬随行機デリバリー フォロウが突然吹き飛ばされたからである。そこにいた全員の思考が停止した。美来に確認をとらずとも本能で理解した。こいつがその脅威であると!!


見た目はヒト型で、何故か背中とうなじの間が盛り上がっている。手や足の爪は鋭く尖っており、まさしく悪魔と呼ぶに相応しかった。


進化者エヴォル...」


ラッセが小さく呟く。そして、彼は瞬間的に理解した。あの身体が盛り上がっている部位に遺伝子変異鉱石が埋まっているのだと。


――聞いたことがある。遺伝子変異鉱石が生物と一体化し強大な力を振るうことがあると。おそらく、遺伝子変異鉱石の力に吞まれた精神喪失状態ロストなのだろうな。


ジリッと一歩後ずさりするラッセ。前回の通常の精神喪失状態ロストですら、あれだけの苦戦を強いられたのだ。今回はそれとは比べ物にならないパワーを感じる。勝つ手段が思いつかない。


――対象との距離は約20㍍。廊下の端と端にそれぞれが陣取っている。それだけの距離があるというのにあの精神喪失状態ロストは正確に波動を当ててきやがった。どうする...


その時、美来が口を開いた。


「似てますね。少し... この前、第二管理研究所に来たのはあれと同種類の奴だったんですね。俺達、サブ進化者エヴォルの上位種、進化者エヴォル。あれだけ、形がヒトに近ければ討伐作戦の時に、ほとんど一般人の俺を参加させなかったのも理解出来ます。ヒトと戦わせないために気を遣ってくれていたんですね。」


好意的な解釈をしてくれている美来にラッセは一瞬何か言おうとするが、そんな余裕は無かった。波動攻撃によって倒れていた運搬随行機デリバリー フォロウが起き上がろうともがく音だけが皆の鼓膜を揺らす。千咲は特異能力を使いたかったのだが、使った瞬間に殺されると確信していた。目の前の悪魔ロストには隙がありそうで、まるで無かったからだ。


ラッセがもう一台の運搬随行機デリバリー フォロウに対象に特攻するよう命令する。少しでも、隙を作るためだ。運搬随行機デリバリー フォロウは真っ直ぐ精神喪失状態ロストに向かって走っていく。そうして、ラッセやアレックスや他の実動部隊の皆も銃を構えた。奴の力を見定めるためにも先ずは攻撃をしないことには始まらない。一斉に銃弾が廊下の端の対象が場所へ飛んでゆく。


そう...既に精神喪失状態ロストはラッセやアレックスや千咲たちの横に立っていた。赤い液体を垂らした球体の物を持ちながら... 暗い施設の中、その素早い動きを正確に捉えることが出来たのは千咲だけであろう。


「えっ、嘘...」

「馬鹿な...」

「サニー...」

「何が...」


心の声か、はたまた、口に出した声なのか、そんなことすら認識できなくなるほど皆は当惑していた。有り得ないことなど今までに何度も見てきたつもりだった。しかし今、目の当たりした光景は過去に経験したあらゆることよりも受け入れがたかった。


そして、その後に精神喪失状態ロストを追いかけるように音が遅れてやってきた。


皆が困惑している時、何故か美来は冷静だった。それは事態の深刻さを理解できていなかったからか。それとも… 

1つだけ確実に言えることは、この場でただ一人、精神喪失状態ロストの目を真っ直ぐ見つめていた。服の中で胸にペンダントが当たっているのを感じるくらいの余裕はあった。誰もが精神喪失状態ロストからの追撃がすぐさま来ると思った。死を覚悟した。それでも、ラッセだけは勇敢に精神喪失状態ロストに大きな斧で切りかかった。


ブンッと振り下ろされた斧は空を切った。ラッセの攻撃は外れたのだ。仲間の死体を一瞥し、死を覚悟した。それから、何秒後だろうか。ラッセにはとても長く感じられたが、実際はほんの数秒である。ラッセは自分が生きていることを認識した。精神喪失状態ロストはもう一度元の場所に戻り距離をとったのだ。

パワードスーツの中は適温だというのに、ラッセの身体中からドッと汗が噴き出した。


――こんな感覚はあの時以来だ...俺はまだ生きてる...


ラッセはかつて自らに意志を託してくれた者達が助けてくれたように感じた。しかし、精神喪失状態ロストが距離をとった本当の理由は美来にあった。精神喪失状態ロストは美来の前で暴れることは得策でないと判断したのだ。

一体、この悪魔ですら恐れる美来の力とはどれほどのものなのだろうか?


精神喪失状態ロストは再び20㍍の距離をおいて、美来と目を合わせる。しかし、攻撃することなくその場から消えた。


「なっ、消えた!?いや、もう俺達にも分かる。どうやら、大ホールに移動したようだな。」


ラッセの言った大ホールはここから少し進んだところにある部屋である。大きな扉があるはずなのだが、それは既に破壊されており、大きすぎる力が廊下へと漏出していた。


「奴の攻撃がまるで見えませんでした。我々は一体奴にどう挑めばよいのでしょうか。」


「確たる方法は無い。だが、奴が今いる場所は大ホールの檀上。入り口よりも低い位置にいる。ホールに入った瞬間にロケットランチャーで奴のいる場所いったいを破壊する。爆発を波動で防いだとしても、崩れ落ちるホールに生き埋めにしてやるんだ。ここを奴の墓場にする!!」


精神喪失状態ロストが再び移動する前に攻撃をするために皆動き始めた。ラッセ以外の実動部隊4人が運搬随行機デリバリー フォロウからロケットランチャーを4丁取り出し、ラッセと千咲は電動機械銃エレクトリック・マシンライフルをパワードスーツと連動させ戦闘モードに入る。そして、美来は皆の後ろについた。


ロケットランチャーを持った4人が先行し、壇上に向けて弾を撃ち放つ。鋭い光と激しい音と共に着弾し、衝撃波がホール全体に響き渡る。崩れゆく檀上にすかさず電動機械銃エレクトリック・マシンライフルの重撃がおくられる。もちろん、ロケットランチャーの第2射も続く。こちらからの攻撃音以外は何も聞こえない。


精神喪失状態もくひょうが完全に沈黙したか分からんが撃ち続けろ。奴がまだあそこにいるのは気配で分かる。全弾撃ち尽くして構わん!!」


誰が見ても一方的かつ圧倒的で無慈悲な攻撃だと感じたであろう。オーバーキルとはまさにこのことだと... 

誰もがこの猛攻の嵐の中、奴は身動き一つとれないと感じていた。しかし、これでは精神喪失状態ロストの息の根は止められない。


激しい炎と煙に突如、大穴が開く。それは進化者エヴォルのみが使用をゆるされた新たな摂理。


――波動!!!――


刹那、美来は大きな音をたて、成す術無く後方へと吹き飛ばされた。壁に全身が叩きつけられ、砕けた壁の下敷きになる美来。それを見て叫ぶ千咲。


「美来くんッ!!!」


オレンジ色に揺れる光の中で精神喪失状態それは立っていた。














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