第23話 その影は

光合成樹林の奥から姿を現したのは確かに未知なる生物と呼ぶに値するのだが、それの基盤ベースとなった個体は皆すぐに予想できた。8本の足と2本の触手を有している生物。分類学上、軟体動物門頭足綱十腕形上目とされている、あの生物だった。


ルイス達はその巨体に一斉に銃弾をぶち込んでゆく。しかし、その巨体の表面から分泌された緑色の光沢になす術無く弾かれていく銃弾の音だけが響く。この力は恐らく基盤ベースとは無関係に習得した力であろう。

その巨体は縦に5㍍ほどあり、それを支えるために樹の幹のような足が真ん中に3本、その両サイドに2本ずつはえ、長い触手が2本ついている。


――胴体の移動はゆっくりだ。注意すべきはあの触手とあのジェルだな。


攻撃の手を休ませることなく、相手の特徴を分析していくルイス。分析すればするほどタンク・アームズに搭載されている電磁波放射弾が使えなくなったことが悔やまれる。ルイスはすぐさま作戦を立案した。それは実動部隊の内2人がタンク・アームズの砲門に付着したあのジェルを取り除き、その間、残りのメンバー全員で目の前にいるこの変異個体の足止めをするというものだった。至極単純な内容であったが今この場におけるベスト解と言って問題ないだろう。ただし、あのジェルを除去出来るのならである。


「自分、昔ゲームでこういう大きいみたいな生物と戦うのやったことありますね。」


藤堂がそう呟きながらその巨大なイカに飛び掛かる。藤堂の特異能力とパワードスーツが織り成す大跳躍。空中でも電動機械銃エレクトリック・マシンライフルは火を噴き続けていた。多少のダメージを誰もが期待したが、それは藤堂が触手ではたき落とされるという形で裏切られた。


「藤堂っ!!」


大きな音をたて地面に叩きつけられる藤堂。普通の人間ならば即死だったろう。しかし、地面に叩きつけられながらも彼は無傷だった。理由は2つ。彼のサブ進化者エヴォルとしての特異能力が強靭な肉体を構成するものであるということ。そしてもう1つは、彼が例のパワードスーツを身に纏っていたからだ。のそりと、立ち上がり藤堂がルイス達に言う。


「自分がこいつの注意を惹きましょう。自分ならいくら攻撃を受けても死ぬことはありませんし、体を動かすのだけが取り柄ですからね。皆さんはその隙にこいつを倒すために少しでも知恵を絞ってください。」


藤堂は言葉通り怯むことなく特攻を繰り返していく。ルイス含めた他のメンバーもそれに合わせるように銃撃を加えていった。これいった有効打は無いものの、タンク・アームズを使えるようにするためにジェルを取ろうとしている2人から注意を逸らすという目的は叶っていると誰もが思っていた。所詮、野生動物の思考回路など人類の前には単純明快だと思っていたのだろう。


しかし、そこにいる変異個体の頭脳は少なくとも藤堂よりは優れていた。確かに、イカの知能が人間様よりも優れているなど、人間、誰もが認めたくないことであろう。だが実際は、イカは無脊椎動物の中では最も知能が高く、『海の霊長類』などと呼称されるほどである。そいつが今陸上に上がり、霊長類最高の知能を持つとされている人類と向かい合っているのだ。


そして、その変異個体イカは考えていた。2体の生物が自分の放った体液を8本足の巨大生物(タンク・アームズ)から剝がそうとしているが恐らく無理、可能だとしても時間を要する。それならば、目の前にいる小さい奴らを先に潰した方が良いと。藤堂達を先に狙っていたのは、ルイスの作戦が功を奏したというよりは、変異個体イカの論理的思考による結果だったのだ。


しかし、これは藤堂たちにとってはラッキーなことであった。それは変異個体イカが大きな勘違いを2つもしていたことだ。人類がその気になれば砲門を塞いでいるジェルを取り除くことなど造作も無いということ、そしてもう1つは小さい奴らが意外としぶといということだ。


この戦い、どちらが制してもおかしくはない。



~~~



「あれっ?ガラスの向こう何も入ってなくない...」


そう声を出したのは莉菜だった。皆、その言葉の真偽を確かめるため、硬質ガラスの向こうに目を向ける。確かに、そこにいるはずの変異個体の姿がどこにもなかった。そこだけではない。どこのガラスにも変異個体は入っていなかったのだ。硬質ガラスが破られたような跡は無い。


「一応、報告書には基盤ベース個体がオオエンマハンミョウとかリオック、オオカマキリなどの変異個体がいるとなっているんだが...」


添木は現状に言葉を窮する。もう一度、彼は特異能力で周りを隈なく調べていく。すると、前方に何かが立っていた。それは第一管理研究所職員が着用する制服を着ながらこちらを見ていた。暗くて表情はよく見えない。


「生存者!?」


それにゆっくりと近づこうとした莉菜の右肩を掴み祐介が止める。その反対側の手には拳銃が握られており、照準はその職員に定められていた。


「何して―


ダンッダンッダンッと容赦なく人間のシルエットに向けて発砲していく祐介。添木もそれを止めなかった。その男の服に銃弾による穴が空いていく。そのヒトだったものは声を上げることもなく銃弾を受け続けていた。そして次の瞬間、その穴から無数の蛾のような生物が飛び出してきたのだ。驚いた表情を浮かべている莉菜の後ろから、それを冷静に添木が殺虫グレネードで殺傷していく。


「報告書にあったネジレバネだな。まさか人間にも寄生していたとは...人間に寄生して一体何をしていたんだ...」


そう言いながらその倒れた元職員の手に握られていたものを見る。それは飼育エリアの裏鍵だった。裏鍵というの職員が捕獲した変異個体を飼育スペースに移す時の扉の鍵である。つまり、この鍵があれば変異個体を硬質ガラスを壊さずとも簡単に外に出すことが可能なのだ。


「まっ、まさか...」


全員が事態の深刻さに気付いた。しかし、足を止めることは許されない。この状況が意味する結末をこの目で確認する必要があったからだ。


あと少しでこの部屋の奥へと到達するであろう場所...添木の索敵能力に無数の変異個体の死骸が引っ掛かる。皆も目視にてそれを確認した。報告書にあった獰猛な変異個体が見るも無残な死体となって散らばっていたのだ。床には変異個体のものと思しき体液で満たされており、その感触が足から伝わってくる。

最早、疑う余地は無い。最悪の結末を誰もが予想した。そして、彼らは目にしたのだった。闇に潜む影を...


「おいおい、こいつは...絵に描いたような合成変異個体ラスボスじゃねぇか。」

「僕らだけで、やるしかない。」

「こんなのをたった9人で...」


莉菜だけでなく、実動部隊の皆も恐怖の表情が浮かび上がっていた。添木と祐介の装備しているスーツの色が赤色に変わる。


「戦闘を開始するッ!!」


添木が強く言い放った。





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