第20話 魔窟への潜入
予定通り特派6人と実動部隊18人が第一管理研究所から3㎞の地点に2つのコンテナと共に無事降下を完了させた。少し地面は2日前の雨で湿り気をおびていたが、作戦に支障はない。その時既に美来は
「感じます...大きな力を。変異個体も
「よし、予定通り遠隔操作ドローンを起動。皆、コンテナから離れろ。」
既に、酸素濃度超過領域内のため、会話はマスクのマイクを通して行われている。今回は特派の皆もマスクを装着済みであった。
ラッセの指示でBCとは別のコンテナが展開し、中から大型トラックをひれ伏しそうな8本足のドローンが姿を現す。
名はタンク・アームズ。今回、初めて導入された遠隔操作ドローンだ。これは世界自然科学監視機関(WNF)上層部の認可無しには動かすことが出来ない。今回の認可理由は施設内に遺伝子変異鉱石がある可能性が高いからであろう。上層部も遺伝子変異鉱石の情報を得るためには出し惜しみをしない。因みに、このドローンはシルエットだけを見れば巨大な蜘蛛のような形をしている。その胴体部分にはここで戦うための多くの武装がなされていた。もちろん、操縦士は唯だ。
そして今回、美来を除く特派5人とラッセ、そして、実動部隊のルイスが特派技術班の試作パワードスーツを身に纏っていた。完全に肌の露出部位はなくなり、関節部分も頑丈かつ、伸縮性のある繊維で被われていた。
「スーツの方も問題ありません。このまま行けます。」
添木がパワードスーツの起動を確認する。それに、呼応するように、ラッセが唯に指示を出す。おそらく、繰り返し訓練したのであろう。一連の動作全てが洗練されていた。
音をたてて、タンク・アームズが起動し、8本の足を器用に動かしながら、目的地に向かって皆を先導する。目の前に立ちはだかる巨大な光合成樹林の障害を装備しているチェーンソーで切断し、進んでいく。胴体からは不燃性の殺虫グレネード弾を一定間隔で地面に落としていく。こうすることで、チェーンソー使用による火花からの引火を防ぎ、同時に、目的地までの無駄な戦闘を避けることが可能になる。
ここまでは順調。ラッセも皆も緊張した面持ちではあるものの、任務が予定通り円滑に進んでいくことに安堵していた。このドローンを初めて見た美来は作戦のスケールに驚愕せずにはいられなかった。こんなドローンがあるのなら人間が変異個体に負ける
緑の天井により影に覆われていた樹林内は、樹林が次々に伐採されていくことで、光が差し込んでいく。ここから、約3㎞...この人工的な獣道が続くことになるのだ。
ラッセの指示で千咲と添木は特異能力を使い、地上の敵の取りこぼしがないかを確認していく。もちろん、美来も違和感がないか全神経を集中させていた。
そうして、任務開始地点から約2㎞。皆の緊張は少しずつ緩んできていた。誰もが第一管理研究所には何の問題無く辿り着けると確信を持ち始めていた。強大な力を誇るタンク・アームズは依然、何事も無く前へ進んでいく。それに皆続く。周囲の警戒を特に怠った訳ではなかった。言うまでもなく、地面にも目を向け警戒していた。だが、生物の変異はただの人類の予想を大きく上回っており、僅かな慢心が悲劇に繋がった。
実動部隊の一人が皆の視界から突然消えたのだ。いや、消えたのではなかった。地面に空いた大きな穴に呑み込まれたのだ。
「なっ...穴などさっきまで何処にも...」
ラッセすらも驚きを隠せない。添木や千咲の特異能力にも反応せず、加えて、これだけ近距離だというのに美来の危機察知能力にすら引っ掛かることがないことなど今までに一度たりともなかった。
すぐさま、添木が特異能力、
「タンク・アームズでリックを引き上げてくれ!」
ラッセの声は切羽詰まっていた。皆、無事に帰還させると自らに、そして、これまでの仲間達に誓っていた。だが、その誓いは
タンク アームズの胴体から伸びる日本の腕アームがリックを地中の植物から引き摺り出す。しかし、彼は既に生を全うした後であった。
「そんな...」
千咲も莉菜もスーツ越しに見る現実に言葉を失う。添木の悔しげな表情もスーツ越しに理解できた。皆、仲間の突然の死に立ち尽くすしかなかった。
彼の死因は地中に落ちた際、地中食肉植物の強烈な毒針により、肌の露出部を刺されたことであった。ラッセも添木も美来ですら、この危険植物に気付けなかったのには理由がある。それは今回の騒動の元凶の変異個体が変異した植物であったためだ。
というのも、光合成樹林の
ハエトリグサなどは虫をおびき寄せるために昆虫が好むにおい成分を分泌する。地中食肉植物も、におい成分を出して変異個体をおびき寄せ、地面に穴を空けその中で獲物が落ちてくるのを待っていた。しかし、露骨に穴を広けていては知能レベルの上昇した変異個体は近付いてこない。そこで、彼らは穴の表面に膜を張り地面と同化した。そうすることで、より効率的に獲物を仕留めていったのだった。特に雨の後のぬかるんだ地面とはまったく見分けが付かない。もちろん、人類にも。
「ラッセ、リックの死体は置いていくしかない...死体運搬のために
実動部隊のルイスがラッセの決断の後押しをしてくれる。ラッセもその選択が最も正しい選択だと理解はしていたが、自らの過去がその選択を拒んでいた。もう一度、リックの死んでいるとは思えないほど綺麗な顔を保ったままの死体を眺める。ラッセはギシッと歯を鳴らし、決断する。
「ああ、リックはここに置いていく。ここなら任務終了後ヘリでの死体回収も容易に出来るだろうしな。死体が腐敗しないように袋に入れてやれ。」
実動部隊の隊員がリックを密閉された死体袋に詰める。その間にもラッセは唯にタンク・アームズを前に進めるように指示を出す。仲間のあっけない死に、特派も実動部隊の皆も次は自分の番かもしれないという思いを植え付けられた。しかし、これは恐怖ではなく、新たな緊張感を持ったということである。ラッセはリックが袋に入れられたのを確認し、スーッと息を吸い込んだ。
「ベネットは地上を、添木は地中を主に索敵してくれ。このエリアの変異個体はかくれんぼが非常に上手みたいだからな。リックが命を賭して教えてくれたことだ。俺たちは奴の生きたいという思いを託された!!」
スーツから取り出した、黒い大きなナイフを突き上げ、皆を鼓舞するラッセの背中には、もうこれ以上仲間を失いたくないという思いが刻み込まれていると誰もが感じていた。その場にいた全員がその思いに応えようと決意を新たにした。
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「もうすぐ、第一管理研究所だぜ。」
祐介が美来に耳打ちする。言われずとも近付くほどにあの
リックの死からは誰も犠牲にはなっていない。地中食肉植物はあれから数体確認されたが、添木の能力の前に完璧に看破されていった。リックの死により残り全員の命が救われたのだ。加えて、道中で様々な擬態を施した昆虫類の変異個体の死体も確認された。何故死体なのかというと、タンク・アームズの放った殺虫グレネードによって、擬態したまま死亡したからである。
そして、祐介の耳打ちから数分後...アスファルトから伸びる大きな樹林、白い大きな施設と絡み合うように成長した光合成樹林が視界に飛び込んできた。自然が文明を呑み込んでいたのだ。誰もがその光景に一瞬言葉を窮する。。いや、言葉を詰まらせたのは、その光景だけではない。ここまで近づけば、美来でなくとも感じた。その圧倒的な
「添木...とベネット、何か感じるか?この威圧感の位置や正体に繋がりそうな何かを感じることは可能か?」
問いかけられた2人はNOと答えるしかなかった。
「位置なら...多分わかります。正体はまるで見当もつきませんが...」
そう答えたのは美来だった。皆、大きく目を見開きその言葉に驚く。流石は驚異的な索敵能力と評されることはある。その答えを聞いたラッセが第一管理研究所内の3つの戦闘グループを皆に伝える。
敷地内に繁殖している樹林を伐採し回収用BCの設置場所を確保するA班にルイスを班長とした実動部隊5人と藤堂が選抜される。タンク・アーマーもそこに振り分けられた。そして、施設内において観察対象として飼育されていた変異個体の対応を任されるB班に添木を班長とし祐介と莉菜、そして実動部隊6人が選抜。最後に、施設内にあるであろう
ラッセの指示で各々の班が動き始めた。魔窟に足を踏み入れた彼らは知ることとなる。ここからが本当の地獄であると...
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