第19話 娯楽からの下落

第一管理研究所への調査任務前日の朝がやって来た。日の光が雲の隙間から顔を出す。雨が先程まで降り続いていたせいか、まだ大地は湿り気をおびていた。


「美来ッチ、昨日はどうしたんだ?夜、全然顔見せなかったろ。」


朝食の白米を口にかき入れながらの、相変わらずの滑舌の良さには感心せざるをえない。美来は祐介の問いに間を開けず答えた。


「俺に出来ることを探してた...それだけだよ...」


それを聞いた祐介の顔は真剣そのものだった...のだが、秒で口角が上がる。


「そりゃあ、美来ッチがやることって言ったら、千さk...モガァッ!!」


美来の手が真っ直ぐ伸びて、祐介の口を塞いだ。


「私がどうかしたの?」


すぐ近くで莉菜と朝食をとっていた千咲が笑顔で首を傾けていた。相変わらずの可愛さに祐介の口を押さえていた美来の手の力が緩む。それを待ってましたとばかりに祐介がその手をはね除ける。


「いやぁ、男の子のことなんで女性は御遠慮して頂きたい。」


キリッとした顔で祐介が答えた。いや、目が笑っている。


「人が真剣に話してるってのに...」


「せっかく、今は美来ッチ暇だってのに、もったいないぜ?暇なのはいつまでも続かねぇ。休めるときに休暇を謳歌しとかねぇとな。」


やることがあるのに休暇を謳歌している人間は言うことが違うな、と感じる美来。そんな、げんなりした顔を浮かべる美来に莉菜が諭す。


「まぁ、祐介みたいなのに言われたら、いろいろ思うところはあるかもしれないけれど、休める内に、休むってことは大切なこと。嫌でも、明日...調査に行かないといけないし...ね。」


同じ人間に言われているというのに、莉菜に言われるとすごく説得力がある。美来は静かに頷く。それを見た祐介が何か言いたげな表情で美来を見ていた。


「さてと、今日はオフなわけだけど...皆どうするの?」


千咲が本題に触れた。祐介がそれに反射的に答える。


「ここで娯楽っていちゃあ、あれしかないでしょ。」


「そうね。」


「だよね。」


3人だけで話が進んで美来には分からない。そんな美来を見た千咲がこう説明してくれた。


「ここにはね。とある娯楽施設があるの。たまの休みはそこで皆、羽をのばすんだよ。」


「何するところなんだ?」


「それは行ってのお楽しみってことで!」


祐介がそう言いながらするりと美来の肩に手を回す。


「さぁ、行こうか!!」




~~~



「こ...これは、プール。でも、なんで...」


強引に連れて来られ、祐介に言われるままに水着姿になった美来の眼前に広がる光景は、照りつく太陽、キラキラと光る水面、ビーチパラソルの下でくつろぐ人もちらほらといる。別段、違和感を感じる景色ではない。だが、美来の口からある疑問が飛び出す。


「どうして、地下3階の屋内プールに日光が差してるんだ??」


「これは全部立体映像ホログラムなんだ。ここは娯楽施設である前に訓練場でもあってな。水場の訓練をここでしたりするんだ。実地訓練さながらの臨場感を出すために立体映像ホログラムが備え付けられてる。それを娯楽にも活かしてるってわけよ。ほら見てみ、イカシた太陽だろ?でも、あの太陽なら日焼けに困ることもないぜ。」


「すげーな。ここまで本物に近い立体映像ホログラムが存在してるなんて...」


思わず感嘆の声を漏らす。


「美来くんなら、こういうの好きそうだよね。知的好奇心くすぐられる感じのやつ。」


美来の後ろからペタペタと可愛らしい足音をたてながら、千咲と莉菜が美来の抱いた知的好奇心を消し去るほどの破壊力を持った、魅惑の悩殺ボディで近づいてきた。


「ちっ、千咲!?」


「ヤッホー、莉菜ッチ、千咲ッチ。相変わらずたまんねぇな。」


鼻の下を伸ばしながら放たれたその言葉に千咲は顔を赤く染め水着から溢れんばかりの胸を手で隠そうとし、対して、慎ましい胸の莉菜は静かに「しね」とだけつぶやいた。その反応に満足気な表情を浮かべる祐介。


――俺の親友はどうしようもなく正直で、変態だ!!


頭を抱える美来に、まだ少し頬を赤らめた千咲が片手で長い髪を耳にかけ直しながら、もう一方の手を伸ばす。


「じゃあ、およごっか。」


千咲に強引に手を引かれ美来は水の中へ入った。そんな二人を見送りながら、祐介も莉菜の手を取る。


「俺達も行こうぜ。」


「行くけど、気安く手、繋がないでよ。」


「駄目なのか?」


「......当たり前でしょ。って、ちょっ」


莉菜が話し終わるよりも先に、ザバーンッと祐介が莉菜と共に水の中に消えた。



~~~



「ふはー。休日を謳歌したぜ!!明日に疲れを残さないように今日はそろそろお開きにしねえとな。」


「俺も楽しかったぜ。オノユー。それに2人と、もっと仲良くなれた気がするし。」


その言葉に千咲も莉菜も笑顔で頷く。どうでもいいことなのだが、祐介の顔に赤いもみじマークがついているのは何故なのだろうか。誰もそのことについて触れないのはそれが愚問だからであろう。そうして、皆、笑顔でその場をあとにした。


数時間後...美来以外のタブレットに光合成樹林第一管理研究所調査任務の概要が通知された。


「参加者:特別派遣部隊6名・実動部隊:18名。光合成樹林第一管理研究所から東に3㎞の場所にBCを降下。後に、目的地に向かう。今回は本田唯が操縦するドローンによる支援あり。施設潜入後、速やかにラッセ・ラルの指示のもと班を3つに分ける。敷地内に繁殖している樹林を伐採し回収用BCの設置場所を確保するA班、施設内において観察対象として飼育されていた変異個体の状況把握、処理をB班、施設内にあるであろう遺伝子変異鉱石への対処をC班。今回の調査では変異光線による人体への影響が懸念されるため、身体への異常を感知した者は速やかに申告すること。そして、新見美来から目を離さないようにすること。

カルマ率いる実動部隊防衛班は今回も同様に第二管理研究所の警備にあたること。健闘を祈る。」


詳しい説明は図付きの添付ファイルを参照せよとのことだった。皆の緊張感は未だかつてないほどに大きくなっていた。原因は遺伝子変異鉱石の存在だ。あらゆる生物に種としての跳躍力を与える存在。おそらく、第一管理研究所は大きな混沌カオスを形成しているのだろう。皆、各々の思いを胸に眠りについた。もちろん、不安は大きかった。



~~~



美来はベッドに横たわりながら明日のことを考えていた。美来の作戦概要には遺伝子変異鉱石に関することは記されていなかった。


――俺がここに来た本当の理由を...見つけるんだ。


その決意と共に、拳をギュッと握りしめた。



~~~



その日、ロンドンの街に大きな爆発音が響き渡った。それと同時に銃を持ったテロ組織が逃げ惑う人々に向かって銃を乱射する。周囲の建物は爆発の衝撃波や流れ弾で無残な姿と化していく。道は赤く染まり、人々の泣き叫ぶ声がその場の悲惨さを直接心に訴えかけた。そんな中、爆発や銃弾などものともせず、堂々と停まっているいる大きな黒塗りのリムジンがあった。それは、今最も安全な場所であった。


しかし、そんな安全地帯から分厚い扉を開けて一人の若い男が出てきた。その男は金髪、碧眼、スタイルはすらりとしており高身長だ。そして、ブランド物のスーツに身を包んでいた。


「騒がしい。こんな奴らは義仁あきひとさんに選ばれるはずがない...よねっ!?」


男がそう呟いた時、彼の方にも無数の銃弾が命を奪いに来た。だが、いずれの弾も男に触れる前に空中で弾き飛ばされる。周りの人々は誰も気付いてはいない。しかし、銃を撃っていた者だけはその存在に気付いた。最も、気付いたとしても何も変えることは出来ないのだが... ゆっくり、ブランド物のスーツの男が手をテロリストに向けた。ただそれだけだった。その刹那、銃声は止んだ。が、死体の数はテロリストの数だけ増えていた。


彼は伸ばした手を再びゆっくり下す。彼の首からは青い紐で名札がぶら下がっていた。名はケレイブ・オルドリッジ。世界的な航空機生産会社を中心とした財閥を形成しているオルドリッジ社の会長である。因みに、光合成樹林に大規模な融資を行ったのも彼だ。彼は一体何者なのだろうか。


謎が多いのは決して光合成樹林内だけではなかった。













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