第18話 あの日

冷凍コンテナへの収容作業は大粒の雨の中行われた。コンテナが閉まるガシャーンという音が精神喪失状態ロストの収容完了を告げた。


「ふぅー。終わったか...唯は、このままドローンでコンテナを収容施設に運んでくれ。」


はーいという元気な返事は通信をしているラッセにしか聞こえない。


「まさか、精神喪失状態ロストが現れるとはなぁ。嫌なことを思い出させやがるよなぁ。」


「ああ、自分もを思い出さずにはいられなかったですよ。」


祐介と藤堂の口調はいつも通りだが、その表情はなんとも言えないものだった。そこへラッセが近づいてくる。


「さっきは助かった。ありがとう。まさか、100万のドローンを投げるとはな。」


感謝の意を表すラッセに2人は


めてくだいよラッセ隊長。俺達はそんなたいしたことしてませんよ。」


「そうですよ。自分はただ言われた通り、ドローン投げただけですし。」


と答える。


「そうか?だが、俺はとても助かった。」


何度も感謝の言葉を述べられると、流石に2人も照れてしまう。ラッセは他の隊員からの呼びかけで、2人にもう一度礼を言ってその場をあとにした。


「ドローンの弁償はトドちゃん持ちだぜ」

「あれ自腹なのかい?」

「っていうか、自分が持つんですか?」

「そりゃあ、投げたのはトドちゃんだしな。まさか、唯ちゃんに払わせるわけないだろ?」


そんな後ろから聞こえてくるおバカな会話を耳に入れながらラッセは思った。


――大野祐介...非常に有望な人材だ。咄嗟の判断力がずば抜けて良い。ふっ、これからの成長が楽しみだ。


強く降り続く雨は戦闘で大きく割れた地面の隙間へと入り込んでいった。



~~~



「あれ?美来ッチは晩飯食いに来てねぇの?てっきり、今日の爆音の正体でも訊かれるかと思ったんだが...」


「さっき、麻里さんが美来くんのことは今はそっとしておいてあげてって言ってたんだけど、何かあったのかしら。」


ご飯をかきこみながら話す祐介を横目に、莉菜は空の食器に手を合わせて言った。


「うーん、わかんねぇけど、明日は俺達もオフだし顔出してくれるっしょ。」


よくもまあ、そんなにご飯を口に含んだまま噛まずに喋れるものだと感心しながら、千咲は美来のことを心配せずにはいられなかった。


「まあ、麻里さんがそう言ってるんだ。俺達が介入すべきではないだろう。あと、祐介。今日のことは訊かれても話すなよ。」


へいへいと答える祐介。添木は食器を手にし、席から立ち上がる。それに莉菜と千咲も続く。


「あれ?皆待ってくれよ。俺まだ...」


「藤堂くんがいるでしょ。じゃあね。」


ひらひらと手を振る莉菜を悲しそうな目で見送る祐介に、山盛りのご飯の相手をしていた藤堂が何を思ったのか優しく言う。


「祐介くん、おかわりいりますか?」


「いらねぇよ!!」




~~~



光合成樹林第一管理研究所。当初はそこが中心となって調査活動がなされていた。しかし、増殖する光合成樹林に1年ほど前に呑まれてしまった。 すぐに周りの光合成樹を伐採すれば良かったのだが、調査のために敢えて施設を呑み込ませることで、より調査を円滑に進めよという判断があったため、樹林内に施設をおくこととなった。それに伴い、第二管理研究所の方が、外部からの物資の運搬などが容易であるため、中心的な設備が全てそちらに移行されたのだ。しかし、3週間ほど前に異常があった。第一管理研究所との連絡が全く取れなくなったのだ。調査ドローンは全て施設内でシグナルロスト。そこで、実動部隊に直接調査に赴いてほしいというのが次の任務となったのだ。


――つまり、第一管理研究所には、まだそこで働く人が多く取り残されてるわけだ...


美来は自室でタブレットとにらっめこをしながら、思考を巡らせていた。


――俺は前回の実地調査でそこから強大な力を感じた。そして、今日そこから、あの脅威がここに来た。


感じたこと、思いついたことを記した日記を見ながら、あのときの感覚を思い出す。


――あの時、ラッセが俺に索敵のアドバイスをくれたんだったな...


今日来た脅威のことを恐らく誰も教えてはくれない。それならば、自分の力で結論を出そうと美来は決心したのだった。


――でも、あんな感覚がするような場所に人が残っているとも思えない。ということは何かしらの変異個体に襲われたのか?さっきみたいな脅威に...それなら、今日来たが第一管理研究所から来たのも納得だ...けど、第一管理研究所からするあのとてつもない威圧感プレッシャーはなんなんだ??あれは生物が放っているものではない...と思うんだが...


美来は背もたれに体重を掛けながら伸びをひとつ。ついでに欠伸もひとつ。完全に行き詰っていた。そもそも自分に情報を秘匿する理由が分からなかった。情報漏洩の可能性は少なくとも光合成樹林ここにいる間はゼロに近い。それに、やはり自分がここに連れて来られた理由も納得出来ていなかった。


――ラッセさんみたいな人がいるのに、俺を索敵に使う理由が不明だ...それに俺は訓練もまともにしていない...


日記のページをペラペラとめくっているとあの時の疑問が記されていた。祐介が言ったあの台詞。


『でも、あの日...多くの仲間が死んだ。そして、添木と哲哉くんは...サブ進化者エヴォルになった...それにあいつは...』


サブ進化者エヴォルというのは自然に生まれいずる存在ではなく、後天的になるものであるということを示した台詞だ。


――ってなんだ?それになった境目が明白なのか?


その時、美来は千咲のあることを思い出した。ここに来る前、船で会話した時だ。


――千咲はこの組織に属する前、学生だった。それがアメリカ、モンタナ州で何かがあったのをきっかけにこの組織に入ったって感じだった。何か...それはモンタナ州の原因不明の爆発事故。それが千咲がサブ進化者エヴォルになったきっかけ?なのか??オノユーも『あの日』仲間を失ったと言っていた。要するに、サブ進化者エヴォルになるきっかけは危険を伴うってことだ...


しかし、美来にはまるで心当たりがなかった。ずっと、平穏な日常を送っていた。癒紗を傷つけてしまった、までは...


――あの日?あの日なのか??俺がサブ進化者エヴォルになったのは。


椅子の背もたれに体重を掛けながら、天井を見上げた。ギギギと椅子が悲鳴を上げる。あまりに情報が少なすぎた。いつの間にか論点も大きくずれている。自分が何者なのかすら分からくなった美来だった。



~~~



「今日の戦闘データを本部に送ったら、すぐに返信が来たよ。脅威判定は進化者エヴォルの中では最低レベルだったよ。」


本田がラッセにそう告げた。どうやら、本田の自室、隊長室のようだ。照明は最低限しかついておらず薄暗い。そこでラッセと2人で大事な話をしていた。


「あれで最低レベルか。勘弁してほしいもんだな...あんなのがゴロゴロいんのか?第一管理研究所にはよ。」


「いや、ゴロゴロはいないだろうね。君の言っていた遺伝子変異鉱石があそこにあるという仮説だが、精神喪失状態ロストの突然の来訪により、ほぼ確実となった。遺伝子変異鉱石の変異光線という強大なエネルギーに大抵の生命は死滅する。あんな風になって生き残るのは稀だよ。だからこそ、強い。」


ラッセの目は空を見つめていた。


「DNA鑑定はすんだのか?」


「ああ、南戸くんによると第5の塩基を確認したと...」


「まあ、波動を使ってたからな。当然の結果か...」


「下手をすれば美来くんもああなってしまう...」


その言葉にラッセの眉がピクリと動いた。


「やはり、まだ秘匿するのか?」


「君も分かったろ?進化者エヴォルの危険性を。本当に繊細な問題なんだ。ラッセがこの組織の秘匿性に疑問を抱いているのは理解している。だが―」


その言葉をラッセは左手を突き出し制す。


「分かってるさ。すまんな。俺が過去に囚われ過ぎていたよ。本田の判断は正しい。」


「分かってくれて嬉しいよ。まあ、なんだ...明日はオフなんだし、今日は飲もう。」


本田が2つのグラスと1本のボトルをラッセに見せる。


「ああ、そうだな。」


カランっ... 大人が楽しむ時間が始まった。





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