第17話 苦闘

ラッセの方へ跳躍した精神喪失状態ロスト身体からだ前面には波動の膜が張られておりラッセの持つ武器では対処のしようがなかった。残された選択肢は、もう一度何かしらの武器を盾のようにしての回避、もしくは奴の突進をかわし、そのすれ違いざまに波動の弱所に攻撃を加えるかの2つであった。前者は直前にラッセが使用した方法であり見切られる可能性は非常に高い。後者は先程失敗したとはいえ最善策ベスト。それはラッセ自身が一番よく理解していた。


――あいつは...もう人間ではないッ!!


そう自分に言い聞かせるラッセの脳裏に浮かぶのは間近で見たケロイド状の皮膚をした人間の顔だった。精神喪失状態ロストが動くことの出来ないラッセまであと5㍍も無いというところまで接近したその時、何かが奴の身体の側面へ飛んで来るのをラッセは視界の端で捉えた。銃弾とは比べ物にならぬほどの大きさと質量が飛来したため、精神喪失状態ロストは波動の膜では軌道を逸らすことが出来ず、逆に、奴自身の軌道が少し逸れる。その飛来物の正体は藤堂の馬鹿力によりブン投げられた一体100万円はする警備ドローンだった。そして、不意をついた攻撃はこれだけでは終わらない。


ドォォォオオオオオオンッという轟音ともに爆散する100万円の物体ドローン。いくら波動の膜を持っているといっても、ドローンの自爆に吹き飛ばされる精神喪失状態ロスト身体からだ平衡感覚バランスを失う。ラッセはその光景を視界の端に捉えつつ、運搬随行機デリバリー フォロウの陰に身を置き、爆風から身を守る。


「よし、上出来だぜ。とどちゃん(藤堂)、唯ちゃん。」


どうやら、祐介が2人に投擲と爆破の指示をしたようだ。精神喪失状態ロストにダメージを与えられたかどうかは目視では確認できない。ただ、倒れていた身体からだが既に起き上がっていることから察するに大きなダメージは期待は出来そうにない。だが、時間稼ぎにはなったようだ。


「ジ――。こちらベネット。ポイントβにて狙撃の準備が整いました。いつでもイケます。」


その声を合図に、ラッセの考えをほぼ完全に理解していたアレックスとルイスそして、黒い丸いサングラスを着けた赤褐色の肌を持った男カルマが、精神喪失状態ロストへの接近戦を試みる。実動部隊による弾丸の猛攻で見つけ出した弱所をロストの意識の外から攻撃するために、実動部隊の精鋭達が囮となり隙を作る。進化者エヴォルが使用する波動をまともに食らえば人間の肉体はただでは済まない。そのため、3人は相手ロストの波動に触れないように立ち回りつつ、ダメージにはならないものの、勝つために必要な攻撃を加えていく。皆は手を出さない。全ては奴の注意をあの3人に集中させるために!!


「ベネット奴の左脇腹に照準を合わせろ。」


千咲はターゲットから1000㍍以上離れた建物から電動機械銃エレクトリック・マシンライフルのモード狙撃スナイパーを起動していた。それは普段よりも安定感を増したビジュアルをしていた。大きく深呼吸をした後、息を止め狙いを定める。激しい近接戦闘をしている3人には当たらぬように、そして、対象の弱所には必ず当たるように引き金を引かねばならない。外せば計画は破綻だ。普通の人間なら緊張で体が硬くなってしまうところだろう。しかし、彼女は違った。


千咲は瞳に意識を集中させる。千咲の特異能力は優れた視力だけではなかった。彼女の最大の特異能力、それは目の前に広がる視界の情報を分析し、相手の動きを正確に把握、予測するというものだ。近接戦闘でも役に立つ能力だが千咲の運動能力ではそれを持て余してしまう。だから、狙撃手スナイパーとしてこの能力を行使しているのだ。


――私の確定近未来視クリティカルなら見える...いつでも!!


「―Fire!!!」


無線越しに聞こえるラッセの指示で、千咲の指に力が入った。音よりも速く、撃ち出さる大きな一発の弾丸。空気抵抗を最小限に速度を落とすことなく、対象へと近づいていく。すべての動きは千咲が予測した通りだった。精鋭3人に当たることなく、弱所へ―


バッ!!ブゥッゥゥウウウン!!!


弾は波動の膜の弱所、左脇腹へと直撃した。突然の衝撃にうめ精神喪失状態ロスト。波動の薄いその部位は不意の一発を完全に防ぐことが叶わず、弾が肉体へとねじ込まれた。出血は確認できないが、ようやく、肉体への直接的なダメージを与えることに成功したことになる。しかし、この一連の攻撃すら、より深く大きい不可を負わせるための揺動にすぎなかった。


「「うおぉぉぉらあぁぁぁぁあああああ!!!!」」


ラッセと藤堂の2人が、何とか表皮で銃弾を止めてることに集中していたであろう精神喪失状態ロストの背後から忍び寄り、両手を使ってやっとという大きな斧をブンッと振り回し、右脇腹に斬撃という形でそれぞれの渾身の一撃をお見舞いしたのだ。意識の外から、2人の筋肉マンのフルスイングを受けた精神喪失状態ロストは鮮血を振り撒きながら宙を舞う。弱所に、不意打ちをほぼ同時に食らったため、波動の膜が破れたのだろう。


宙を舞うそれに再び銃撃がなされる。先程までなら、すべての攻撃が無に帰していただろう。しかし、今は数発が波動の膜を貫通し肉体へと蓄積される。


大きな音をたてて地に落ちる精神喪失状態ロスト。それを取り囲むように12体の警備ドローンが並んでいた。


「唯、Capture!」


ラッセが無線を口に当てそう告げた。


12体全てのドローンの一部が展開する。バッと一瞬大きな音がした時には精神喪失状態ロストが地面に崩れ落ちていた。


――これだけの高電圧電流をくらえば、流石のお前でも動けんだろう...


「拘束用ワイヤーを打ちこみ完全に自由を奪え。その後、冷凍コンテナに入れる。まだ、戦闘は終わっていない。最後まで気を抜くなよ。」


そう言いながら大きなため息を吐く。ドローンによってゆっくりと冷凍コンテナの中に精神喪失状態ロストと化した進化者エヴォルを収容する。下手をすれば、もこうなってしまうのだと誰もがほんの少し考えた。ラッセも祐介も、そして、千咲も...


「それでも私は美来くんを信じてるよ。」


千咲は皆よりも高い場所から、ボロボロになった演習場を俯瞰しながら呟いた。灰色の空から落ちるしずくが頬を伝った。



~~~



「音が止みましたね...」


美来が俯きながら口を開く。


「ええ。」


麻里は静かに答える。


「何と戦えば、こんな音がするんですかね。」


その声には美来のやり場のない思いが感じられた。


「世の中には知るタイミングってものがあるのよ。美来くん、私たちは何も意地悪で情報の秘匿をしているわけじゃないのよ。残酷だと感じるかもしれないけれど、皆、最初は何も知らされることはないの。だから...ね?」


美来は俯いたまま、ほんの少しだけ頷こうとした。

これが光合成樹林第一管理研究所の探索、2日前の出来事であった。






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