第16話 精神喪失状態
「っていうか、俺の身の上話はしたのに二人の話は聞けないってのはフェアじゃないと思うんですけど。」
広いランチルームの中に美来と唯と麻里先生が昼食をとりながら相も変わらず、世間話に花を咲かせていた。
「ふふ、私は美来くんが自発的に話そうが、話さまいが、個人ファイルを閲覧すれば美来くんの経歴は隅から隅まで分かるから、恩着せがましく言っても駄目よ。それに秘密の多い女性の方が魅力的じゃない?」
そう大人の魅力溢れる女性に言われてしまえば、美来に反論の余地などない。完全に白旗を揚げるしかなかった。
「じゃあ、唯ちゃんのこと教えて下さいよ。まだ、どうしてこんな小さな子が働いてるのか聞いてませんよ?」
「ちっさくないよー!!」
唯がフォークを持った手をばたつかせて抗議する。唯ちゃんは気付いていないようだが、麻里先生がほんの少し怖い目をして唯ちゃんを見ながら口を開く。
「何故って?...能力が認められているからよ。彼女のドローン操縦スキルは目を見張るものがあるもの。」
と、美来が何度も聞いた話を繰り返す。
「絶対それだけじゃないでしょ。いつも唯ちゃんが自分のこと話そうとしたら話題変えようとするじゃないですか!」
美来が麻里先生の顔を見つめて子供のように反撃する。
「そうね。そんなかわいい顔でそんなこと言われたらお姉さんも心が痛いわね。もう少しこのネタは温めておきたかったんだけど...まぁ、いいわ。唯ちゃん、話してあげなさい。」
口一杯にご飯を頬張りながら、わかったと大きな声で返事をし、話始めようとする唯ちゃんを麻里先生が鬼のような形相で見た。それを察した唯ちゃんは一瞬でご飯をゴクンと飲込み、口の周りを拭いてから話始める。どうやら、麻里先生は行儀には厳しい方らしい。
――麻里先生のような人に俺もしつけてもらいたい!!
男の欲望を心の中で吐露する美来のことはお構いなしに、唯は話始める。その目がチラチラと麻里先生の顔色をうかがっているところが、また可愛い。
「えっとねー、私がここに来たのは特派の皆と同じタイミングなの。麻里先生が言ってた通り、私のドローン操縦スキルが凄いからってお父さんが連れてきたんだ!!因みにぃ...私のお父さんっていうのはね?本田隊長なの!!」
唯も麻里先生も美来の驚愕する表情を、口角を少し上げて待っていた。しかし、美来の反応はというと、時間が止まったかのように完全に顔が固まっていた。その表情は驚きのものにしては、余りにも険しい。
「美来くん?いくら衝撃的だからって何もそこまでにならなくても...」
反応を楽しみにしていた麻里先生は美来の予想の斜め上を行く反応に戸惑う。一方の唯はというと、
「あははっ、美来おにいちゃん固まったぁ~」
とはしゃいでいた。
――この感じ...間違いない!変異個体!!それも今までよりも強い力を感じる...これは...こっちに向かって来てるのか??
美来は表情をつくるための労力を頭を回転させることに使っていた。そのとき耳鳴りのような障害もなく変異個体の反応を捉えていたのは成長の現れだろうか。
――光合成樹林で感じた2つの大きな力...あれは恐らく変異個体とは異なる力だ...なんとなくだが、そう感じた。だが!!今こちらに向かってくるのは変異個体で間違いない。しかも、過去に感じたことのないほどに、強大な力を持っている!!
「来ますッ!!!」
突然の大きな声に唯と麻里先生の体はビクッと反応をしてしまう。美来の思考回路を覗いたわけでもない二人にとってこの台詞は、突然美来が意味不明なことを言い出したようにしか聞こえなかった。
「...美来くん。一体どうしたの?突然大きな声を出して...」
前髪をかきあげながら、美来に問う。
「第一管理研究所の方角から、真っ直ぐこちらへ大きな力を持った変異個体が迫っています。皆に知らせないと!!」
美来の剣幕に、麻里先生は美来が嘘を言っていないことをすぐ理解した。もちろん、それは唯も同じだ。
「落ちついて美来くん。この施設にはdestruction ballの何倍もの威力がある同様のギミックの装置が、敷地を囲むように設置されているの。そう簡単には変異個体は入って来れないわ。」
「違うんです!そんなレベルの奴じゃないんですよ!!」
いつもなら、麻里先生の言葉にタジタジの美来だがここでは引き下がることは無かった。麻里先生は美来に気付かれないよう、唯に目配せをし、その意味を唯は理解し、静かに部屋をあとにする。麻里先生は恐らく迫り来る脅威の正体を察していたのだろう。
「間違いないないの?その脅威が来てるのは?」
「はい。」
そう、と答え麻里先生は紅茶を口に含む。
「私はラッセさんよりもここの勤務が長いの。」
「はい?」
唐突な会話の展開についていけない美来。
「つまり、どういう?」
その真意を問う。
――知らないことの悲惨さ
彼女がそう口にしようとした時、施設内に外部からの侵入者の存在を警告するアラームが鳴り響く。彼女は何もなかったかのようにこう続ける。
「まあ、安心して、彼らは今武器を持って訓練を行っているわ。そこへ、変異個体が来たのなら正に、『飛んで火に入る夏の虫』ってものよ?それにあそこには不死身のラッセもいる。私達はここで大人しくしていましょ。」
受動的な態度を示す麻里先生に美来は不満が無いわけではなかったが、不平を漏らしても仕方がないのも事実だった。それに麻里先生の言う通りラッセ・ラルはとてつもなく強いのはこの目で確認したことだ。加えて、自分が戦闘において無力であることは明白だった。
――クソっ、俺は...
ドォオオオオオオオォオオオオン!!!
外からとてつもなく大きな音が轟き、施設が揺れる。まるで、砲撃でもくらったかのようだ。
美来は無意識的に強くペンダントを握りしめていた。
~~~
戦闘開始とともに対象の眉間へと飛んでいく1発の銃弾は、寸前で軌道が逸らされてしまう。ラッセは続けざまにもう1発、2発と拳銃の引き金を引くも、それら全てが物理法則を無視して飛んでいく。
――間違いない!波動だ!!
その異能力を目撃した皆が確信した。目の前に
――全8発、顔面に着弾するように撃ったが無理か...波動による防御が薄い部分を見つけるしかないな
「実動部隊は奴の身体のあらゆる部位に一斉射撃!波動の穴を見つける!!特にアレックス、ルイス、カルマはいつでも臨機応変に動けるようにしておけ。祐介と江口(莉菜)は
ラッセの支持と共に皆動き出す。しかし、実動部隊の放つ無数の銃弾は対象の数センチ前でその軌道を変えていく。一発として有効的なダメージを与えることが出来ない。そんな時、ズリッ...対象の足が少し動く。
「祐介、貫通!!江口、重撃。連射ァァァァ!!!」
2人の放つ二種類の
――真正面からの攻撃は軽々弾かれる。が、脇腹の辺りへの攻撃...それだけは、軌道の変えられた弾が肉体スレスレを通過していた。それに、
実動部隊は添木の的確な指示により最も効率よく、攻撃の手を緩めることなく、回避運動をとる。再び、轟音と共に大地を粉砕する。だがもう、誰も目を閉じることはない。ラッセは持っていた爆弾を
しかし、接近したのはラッセだけではなっかた。煙の中から何事も無かったかのようにラッセに突進を仕掛けるヒト型の生物。ラッセはすれ違いざまに攻撃をしてやるつもりだった。少しでも、注意をこちらに引き付けるために。
そして、すれ違う瞬間、ラッセには奴の顔がよく見えた。大火傷をした人間の皮膚のような対象の顔面が... ラッセの手が震える。
――クソッ、こんな時に...こいつはもう人間じゃッ
驚くべきことに、ラッセがとった選択は攻撃ではなく、回避だった。しかし、死は逃れようとするものを追いかける。
「ラッセさん!!」
「ラッセ!!」
「ラッセェェェェ!!」
皆が彼の名を呼ぶ。ラッセはその声に応えるように全く無駄のない受け身をとり、なんとか着地を決める。ただ、
刹那、ラッセのもとへ
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