第11話 遺伝子変異鉱石

千咲と莉菜はミーティングルームに向かっていた。


そこへ後ろからまだ幼さの残る少女の声が二人の足をとめる。


「莉菜おねーちゃん、千咲さん、おはようございます。」


2人は顔を声の主の方へ向け、おはようと返す。何故だか、莉菜の顔がいきいきしている。


「おはよう、ゆい。ここ最近会えてなかったね。寂しくなかった?」


唯と呼ばれた少女は元気に答える。


「うーん、ちょっと寂しかったかな?でも、大丈夫!唯もう13歳だしね。」


「そっか、もうお姉さんだね。そういえば、お父さんとはちゃんと会えてる?」


「うん。お父さん昨日も唯のいるドローン管理統制室に来てたよ。莉菜お姉ちゃん達昨日、実地訓練で襲われた人がいたんでしょ?そこに探査用ドローンを向かわせてたの。」


それを聞いた千咲が口を挟む。


「本田隊長、あれからもうドローンでの調査を始めてるなんて仕事早いなぁ...」


「流石、本田隊長...やっぱり、完璧人。」


「ほんと、莉菜ちゃん、本田隊長リスペクト強いよね。」


「これは当然の評価。」


莉菜がいつもより少し強い口調で話す。


「莉菜お姉ちゃんはお父さんのこと好きなんだね。」


「本田隊長は命の恩人ただそれだけ...」


顔を少し赤く染めビクッと反応する莉菜を見て、ころころと笑う唯。


「あっ、莉菜ちゃん、唯ちゃん、もう時間だ。急ごッ。」



~~~



ミーティングルームの前には藤堂が立っていた。どうやら、受付の仕事をしているらしい。受付といっても、入ってくる人に挨拶をするだけなのだが...


「これはこれは女性陣の皆さんお揃いで。もうあと4人だけだよ。皆も早くスキャンしてはいちゃってね。あれ?そう言えば、最後のオノユー君はまだかい?」


「彼ならとぶってさ。」


筋肉をぴくぴくしている藤堂の質問にサラッと答える莉菜。


「えっ、それはマジかい? 今日の参加しないのはまずいでしょ。」


「本田隊長には私から話を通しておくから、藤堂君も入りましょ。」


「じゃあ、そうさせてもらおうかな。」


筋肉を動かしながら答える藤堂に、千咲と莉菜がゴミを見るような視線を送る。唯だけはキャッキャと笑っていた。



~~~



「絶対階級:SS、部隊階級:特別派遣部隊隊長、本田優吾だ。今日は朝からご苦労様。特に昨日、実地訓練を行っていたメンバーは疲労が溜まっているだろうが協力して欲しい。」


ミーティングルームの前で話している本田の言葉にブンブンと首を横に振る莉菜。


ミーティングルームは大学の大講義室のようになっていて、ミーティングといっても、前で人が話すのを残りの人間が聴くと言った形のものだった。


「今回の報告内容は大きく分けて以下の通りだ。1つ目に3か月の調査から判明したこと、2つ目に光合成樹林内の拡大する変異現象、3つ目に昨日の実地調査で判明したこと、そして最後にこれらを踏まえた上で今後どう行動するかだ。」


「まずは1つ目の報告から、添木瞬。頼んだ。」


指名された添木が皆の前でマイクを握る。


「絶対階級:A、部隊階級:特別派遣部隊副隊長、添木瞬です。では、僕の方から、1つ目の3か月の調査から判明したことと、2つ目の光合成樹林内の拡大する変異現象を続けて報告させて頂きます。」


そう添木は話を切り出した。


「まず、1つ目の報告です。今さらですが、この変異現象の原因が遺伝子変異鉱石であることに間違いはないでしょう。確たる証拠があるわけではありませんが、状況証拠から察するに超巨大光合成樹の付近に遺伝子変異鉱石がある可能性が高いと考えられます。そこを中心に変異個体やOOZが分布していることも状況証拠としては十分でしょう。」


そう言いながら、手元のスイッチで前の大きなディスプレイをつける添木。


「この3か月で地上から遠隔操縦ドローンを10機、自動操縦ドローン30機、超巨大光合成樹に送り込みましたが、遠隔操縦ドローンは全機が通信途絶、自動操縦ドローンは15機が通信途絶で現在地すら不明です。原因は恐らく銀色錯乱蝶シルバー・ジャミング・バタフライでしょう。そして、9機は場所は判明しているのですが回収困難な状況です。最後の残り6機は初期に設定した回収地点で無事回収完了しました。これが、初公開となる変異個体だと思われます。」


ディスプレイに映し出された生物に会場全体がどよめく。


「こういった未知なる変異個体によってドローンでの探索は行き詰ってしまっているのが現状です。もちろん、こいつだけではないでしょう。ですから、十分に準備をした上で我々が、自ら赴くしかないでしょう。」


ディスプレイの画面が切り替わる。


「今回は空中からもドローンを50機飛ばしました。飛行時間は30分です。超巨大光合成樹を中心とした同心円状に1kmごとに5機ずつ、最大半径10kmの円状にドローンを飛ばしました。結果としましては半径6kmまでのドローンは全機正体不明の攻撃を受け撃墜されました。墜落したドローンの全てが通信断絶。半径10kmを飛行していたドローンは一番損害が小さく1機が撃墜されるに留まりました。飛行距離に比例してドローンを飛ばしているわけではないので一概には言い切れませんが、やはり超巨大光合成樹付近に近づけば、近づくほど、我々の想像を凌駕するような変異個体がいることは間違いないでしょう。」


ディスプレイの画面が暗くなる。


「ですから、これから先、超巨大光合成樹付近を探索するとしたら、最低でも10km以上離れた場所にBCを降ろし、そこからは歩いて中心に向かうしかありませんね。」


会場は静まり返っていた。それを見た本田が仕切り直すように口を開く。


「1つ目の報告ありがとう、添木副隊長。僕の方からも特別派遣部隊技術部に試作品の量産を急ぐように指示を出しておくよ。もっと、安全かつ、円滑に調査が進むようにね。そして、一刻も早く遺伝子変異鉱石を回収しないとね。じゃあ、続いて2つ目の報告を頼むよ。」


添木は頷き、再びディスプレイの画面を明るくする。


「2つ目の報告、光合成樹林内の拡大する変異現象です。まず、酸素濃度超過領域オーバー・オキシジェン・ゾーン、OOZの拡大についてです。確認ですが、OOZというのが遺伝子変異鉱石によって変異した光合成樹が異常に酸素を排出する領域のことです。それが拡大しているということは遺伝子変異鉱石による影響が広まっていることを意味しています。それに伴って、そこにいた生物がより変異していくというわけです。詳細は後に実動部隊隊長のラッセから説明がありますが、昨日の実地訓練でも以前ならば変異個体との遭遇が少なかった場所でも、多くの変異個体を確認しました。それも、攻撃的な個体を多くです。拡大を止める手段ですが、やはり、当初の目的である遺伝子変異鉱石の発見、及び回収、破壊しかないでしょう。」


添木は次の画面に切り替える。


「変異傾向についてですが、ここに関しては変異個体研究チーム、チーフの南戸麻里の方から説明があります。」


カツカツと音を立て前に立った白衣の女性はとても大人の色艶をもった女性だった。


「えー、皆さん、おはようございます。絶対階級:A、部隊階級:変異個体研究チーム、チーフの南戸麻里です。説明を頼まれました変位傾向についてですが、遺伝子変異鉱石の影響を最も受けやすいのは昆虫類でしょう。まあ、単純に数が多かったから遺伝子変異光線に耐えうる個体が残りやすかっただけかもしれませんが...それでも、昆虫類が一番、影響...というか彼らにとっては恩恵というべきかしら?があるでしょうね。ついで、両生類。その後に、爬虫類、鳥類、哺乳類が続くでしょうね。まあ、そもそも、昆虫類以外のサンプルが少なすぎてよく分からないんですけどね。」


柔らかそうな唇を動かしながら話す南戸。


「でも、数が少ない分、一体の強さは凄まじいのよね。以前、ラッセ達、実動部隊が捕獲した哺乳類だけど、あれはホントにチート級と呼称するに相応しかったですしね。かと言って、昆虫類に単独で強い奴がいないかって言うとそうじゃないです。つまるところ、傾向化といってもザックリとしたものしか出来ませんね。そもそも、光合成樹林は混沌カオスの集合体です。先程、話題に挙げた哺乳類の変異個体ですが、通常ならば考えられない運動能力を有していました。しかし、現実として存在しました。ホント、お手上げですね。」


唇を閉じ、文字通りのお手上げポーズをとる南戸。大人の色気が駄々漏れである。


「なるほど。2つ目の報告ご苦労様、2人とも。」


添木と南戸が頭を下げる。


「さて、じゃあ、3つ目に昨日の実地調査で判明したことを、ラッセ頼むよ。」


本田に指名されたラッセが前に出る。


「絶対階級:SS、部隊階級:実動部隊隊長、ラッセ・ラルだ。昨日の実地調査で判明したことを報告する。まず、特派による新装備だが、どれも素晴らしいものばかりだ。出来るだけ早く量産してほしい。」


その言葉に満足そうな表情の本田。


「一方で、厳しいこと言うようだが個人の能力が低い者が多い。便利な道具に頼ることは決して悪いことではない。しかし、だからと言って個人の修練を怠れば...命を落とすことになる。これは特派、実働部隊、双方に言えることだ。皆、気を引き締めて行くぞ!」


イエッサーという返事が同時にミーティングルームに響く。南戸は耳を塞いでいた。


「次に、昨日確認した変異個体だが、ほとんどが巨大化しただけの雑魚だった。これから超巨大光合成樹付近の探索も視野に活動していく以上、より未知数な変異個体に出会うことになる。あと、BCに出現したという未知の変異個体だが、俺は空中のドローンを落とした変異個体と同系統の力を持っているものと予想している。理由は両ケースとも見えない攻撃に遠距離から突然やられた可能性が高いという点が一致しているからだ。2人は変異個体に遠距離から...恐らく視認困難な飛び道具によって負傷したんだろう。墜落する瞬間、ドローンのカメラの画質は低いとはいえ、全く何も映っていないのはそれが目に見えないものだったからだろう。」


今度は、興味深そうな顔で南戸がラッセの考察を聴いている。


「あー、それと昨日の通信障害の件だが例の粉の検査結果は出たのか?」


「ええ、お察しの通り、あの銀色に光る粉は銀色錯乱蝶シルバー・ジャミング・バタフライの鱗粉ですね。あのこは『文明殺し』って言われるくらい人間にとっては厄介な存在ですよね。なんていったって、人間の持ってる通信機器をすべてお荷物にしちゃうのだかね。うふふ、見た目はとても美しいんですけどね。」


色気ある笑いを見せながら答える南戸。


「そうか...やはり奴か...生息範囲をまた広げたのか...」


その眼には殺意が滲み出ていた。それをすぐさま察した本田がラッセに声をかける。


「ラッセ、報告の続きを。」


ラッセがしまったという顔で話を再び進める。


「まあ、あれだ。こっから先これ以上に厄介な奴らが出で来るだろうから、繰り返しになるが、気を引き締めろよ。」


南戸は耳を塞いでいた。


「さて、残る俺からの報告は、2週間前から連絡の取れない第一管理研究所のことと、新見美来というサブ進化者エヴォルについてか。」


しかし、自分の言葉にいや...と付け加える。


「ここでは、進化者エヴォルと呼ぶべきか。」



美来と祐介が語り合っていたその裏で、たんたんとミーティングは進んでいった。


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