第10話 親友
あの光合成樹林探索による疲労で美来は部屋で熟睡していた。また再び、光合成樹林に朝が来ようとしていた。
寝ている場所は個室で、ベッドの他にもバスルームやディスプレイなど生活に必要なものは揃っていた。特別派遣部隊の人間は皆、個室を与えられているのだ。ここに来てから2週間この部屋を使っているので、部屋に少し美来の匂いが残っていた。
ジリリリリというアラーム音が美来の耳を刺激する。起床時間だ。今日は別に予定は無いのだが、朝食後に一度、管理研究所内の人間全てを集めてのミーティングがあるとのことで起きる時間だけは規定されていたのだ。
――ねむい...
美来はのそのそとベッドから這い出て、洗面所に向かう。
鏡に映った歯ブラシを乱雑に口の中で踊らせる美来の髪の毛は重力に逆らっていた。
――しっかし、寝心地の良いベッドだなこれ...
そんな馬鹿なことを考えつつ、いろいろなことを考えていた。光合成樹林のことももちろんだが、やはり一番は癒紗のことだった。
――癒紗...俺があの時...お前を.....
美来は部屋のはしっこに吊るしてある第2管理研究所の制服をグシャッと掴み、どうしようもない思いを胸に着替えていく。
~~~
「オーっす!美来ッチ‼よく眠れたか??」
朝からこのハイテンション、間違いない祐介だ。いつも喋りかけてくれるおかげでなんだかんだ美来とは仲がいい。その隣には綺麗な黒髪を揺らしながら歩く莉菜の姿もあった。相変わらず、美しく可愛い。
「ああ、お陰様で。」
目をこすりながら、答える美来。
「でも、なんでこんなに早く起きてんだ?美来ッチはまだあと1時間くらいフリーだろ?」
「ん?なんでって...ミーティングだろ?2人も起きてんじゃねーか。」
「はっはーん。美来ッチ昨日
そう笑いながら話す祐介に美来が食いつく。
「待ってくれよ...俺だってこれから調査に参加する上で聴いとかなきゃいけねぇだろそれ。」
「まぁ、決まっちゃてるんだよ。いきなり参加とかは許可されねぇだろうしなー。ってかな、美来ッチ...せっかく公式的にさぼれるんだぜ?サボっとくべきだって!退屈な内容がダラダラ続くだけだしな。だろ?莉菜ッチ。」
唐突に会話を振られたせいか、返答までに間があったが、莉菜はそうねと静かに答える。
「でもな...俺だけ除け者ってのはなぁ...それにもう完全に目、覚めちまったよ。」
どうしても美来はミーティングに参加したいようだ。
「あれ?美来くん起きるの早くない?みんなもおはよう!」
そう後ろから声をかけたのは千咲だった。
「おはよう千咲...聴いてくれよ。俺...なんか、ミーティングに参加できないらしいんだけど、ひどいと思わねぇ?」
千咲の方を向き同情を求める美来。その後ろで祐介が目で千咲に合図を送る。
「あー...えっとね、私の時もはじめはそうだったから我慢するしかないかな...こればっかりは、ね?」
命の恩人の千咲にそう言われてしまうと美来も反抗できない。それにこんな美人で可愛い子相手に駄々をこねるのは男としてどうかとは思った。
「千咲もそういうなら...でも...なぁ。」
それでも少し納得のいかない顔をする美来の顔を見て祐介が大きな声で提案する。
「よし!美来ッチ!!じゃあ、一緒にいろいろ語り合うか!積もる話もあんだろ?ここに来てから実地訓練までの2週間、美来ッチほとんどずっと本田隊長と一緒にいたろ。今から語り合おうじゃねえの!」
祐介はハイテンションんで美来の肩に手を回して、ミーティングルームと逆方向に歩き始めた。
「ちょっ、待てよオノユー。おま...今からって、サボるつもりか!?」
「当たり前っしょ。ミーティングなんて、とんでなんぼのもんよ。んじゃ、莉菜ッチと千咲ッチは上に報告よろしくね~。」
そう言うと祐介は美来を半ば強引に連れて行ったのだった。そんな二人の後ろ姿を見送りながら千咲が莉菜に話しかける。
「莉菜ちゃん...祐介くんちょっと無理やり感、強くない...かな?」
「それを当たり前のように出来るキャラだから、うざくても、たまに役に立つのよ。隊長が決めた以上、美来くんをミーティングに参加させるわけにはいかないしね。今は祐介のアホを最大限利用しましょ。」
「うーん。祐介くんの扱いはそれでいいのかな。」
「祐介なんてそんな扱いが妥当よ。それに、あいつが根っからのウザい奴ならまず関わらないし、関わってあげるだけ愛情よ。」
そう答える莉菜の横顔を見ながら、莉菜はなんだかんだ祐介のことを信頼しているのだと感じ自然と笑みが零れた。
「千咲なんで笑ってんの?」
「ううん、何でもないよ。いこっか。」
「そうね。」
美人2人が会話する
~~~
「オノユー...こんなところに連れて来てどうするつもりだ?」
一方、誰もいないトレーニングルームに男2人の
「言ったろ。ボーイズトークだよ。思ってることぶっちゃけちゃおうぜ。」
アイスコーヒーを美来に差し出しながら祐介が語りかける。
「俺が知りたいのは光合成樹林の現状だけだ。」
そう言ってコーヒーを口に含む。
「ほーん、じゃ、美来ッチ、千咲ッチのことどう思ってんの?」
思いもよらない質問に美来は口からコーヒーを吹き出してしまう。
「なっ、何言ってんだよっ!別に千咲とは何ともねえよ。」
その反応を見て大笑いする祐介。
「美来ッチ、分かりやす過ぎだろ。まあ、男なら当然のことだよ。だって美人だもんな。」
ニヤニヤしながら美来の顔を覗き込む。そこには予想外の美来の顔があった。
「俺には...癒紗が...」
――あっちゃー...地雷踏んじまったか...
「その子って、あれか...美来ッチと一緒に襲われたっていう女の子?」
「ああ、俺が巻き込んじまったんだ。俺が...」
美来の歯がギシギシと音をたてる。
「でも、まあ、生きてるじゃねえか。美来ッチ...まだ助かる可能性も十分にあるのに悩んでるなんておかしいと思うぜ。俺と仲が良かった奴らはみんな死んじまった... あの日から変わちまったんだよ。全部。」
いつになく真剣な顔を浮かべる祐介。
「あの日?」
そんな祐介に美来は驚きつつも質問を返す。
「まあ、せっかくだし...俺の昔話でもしようか?気になるだろ、美来ッチ。」
祐介の口調はいつもとは違っていた。美来は頭を動かし肯定の意を伝えた。
今からいう話は守秘義務違反に当たるかもしれないから他言するなと祐介は念を押して話し始めた。
「この世界自然科学監視機関ってのは創設されたのは2010年ってのは知ってるだろ。その時役割が被っちまいそうな元々あった小さい組織をいくつか吸収したんだ。その小さい組織に俺の両親は所属してた。そんで、俺もこの組織に入れさせられたんだ。俺と同じように親がこの組織に所属していて、その子供が組織に入ることは珍しくない。とういうより、そっちの方が多いくらいだ。それで、そういった子供達はアカデミーに入るんだ。」
「アカデミー?」
「言っちまえば、まあ、この組織にとって役に立ってくれる人材を養成する学校みたいなもんだよ。人種、国籍、言語、全然違う奴らが一緒にそこにいた。勉強やら戦闘訓練やら、いろいろさせられたよ。そこに、添木ッチやトドちゃん...藤堂のことね、あと、莉菜ッチもいた。」
「じゃあ、そのいっぱいいた中からオノユー達は特派に選ばれたのか?」
その質問には答えず、祐介は美来に問う。
「美来ッチはどうして特派は日本人ばっかで構成されてんのか疑問に思ったことはないか?」
そう訊かれて、ここに来て皆に自己紹介してもらったときのことを思い出した。祐介が砕けた感じで話していたのをよく覚えている。
「ああ、確かにそれは思ったよ。でも、日本人ばっかでラッキーだったよ。今では実動部隊の外国の人達とも話すこともあるけど、やっぱ日本語が一番落ち着くしな。けど、日本人ばっかなことに特別な意味があんのか?」
「日本人ばっかのこと自体に意味は無い。けど、日本人だから俺はここに来ることになった。」
いまいち意味が分からず首をひねる美来に祐介は続ける。
「アカデミーの訓練は集団で行うものが多かったんだ。そのチームはランダムだったたり、成績によって決められたり、いろいろな組み合わせ方があった。その中に国籍で分けるってのがあったんだ...今特派にいる奴以外にも日本国籍の奴らはいた。」
祐介はもう笑ってはいなかった。美来も黙って祐介の話を聴く。
「その日本国籍のチームで俺たちはとある場所に訓練にいった。3週間、雪山で生き残れっていう分かりやすい訓練だった。いつも通りやるだけだった。でも、あの日...多くの仲間が死んだ。そして、添木と哲哉くんは...
祐介の口から飛び出したとんでもない内容を美来は見逃さなかった。
「
声を荒らげ美来は祐介に詰め寄る。祐介は何か言いたげな表情を浮かべたがその答えを口にすることは無かった。
「すまない。美来ッチ...今の話だけでも十分、守秘義務違反なんだ。これ以上は俺の口からは言えない。美来ッチは今絶対階級がFだったよな。でも、美来ッチならすぐにこの序列の階段を昇っていける。そうすれば、嫌でも知ることになる。この世界の生命の常識を覆すような事態が今...進行してるってことに...」
普段の祐介からは想像もつかないほど神妙な面持ちだった。そういえば、千咲も以前船の上で今は言えないことがあると言っていたのを美来は思い出す。だからというわけでもないが、それ以上美来がそのことについて質問することは無かった。
沈黙が続いた。もう何十秒もたったような気もする。
「はは...なんでこんな話になったんだっけ...そうだった。美来ッチ、大切な癒紗って子はまだ生きてる。死んじまえば戻らねえが、まだ生きてんぜ?それも怪我しちまったのは偶然のことじゃねえか。自分をそう責めるなって話だよ。俺なんて、俺達なんて、もうあいつらに詫びることすら出来ない。」
先に沈黙を破ったのは祐介だった。過去に何があったのか詳細を美来は知ることは出来なかったが、祐介にも似たようなことがあったのだろう。だから、自分を励ましてくれているのだと、それだけは理解出来た。
「わかったよ、オノユー。どうしようもないことで自分を責めるのはもう止める。なんだかオノユーにそう言ってもらえて少し楽になった。ありがとう。」
「いいってこよ。俺達、親友だからな!」
そこで歯を見せて笑っているのは、いつもの祐介だった。
「親友って会ってからそんなに経ってねえじゃん。」
美来も笑いながら答える。
それから2人でいろんな話をした。美来のこれまでのこととか、目玉焼きにかけるのは何かっていうつまらない話もした。もちろん、ボーイズトークの定番の恋バナもだ。
「オノユーさっき俺に千咲とどうだって言ってたけど、お前は好きな子とかいねえのかよ。まあ、察しはつくがな。」
「俺は昔から莉菜ッチ一筋だぜ。どうせ、美来ッチなら感づいてんだろ?」
「でも、いっつも駄目だこいつ...みたいな目で見られてんじゃねーか。」
「これからだよ、これから。美来ッチもそんなセンス皆無のペンダントしてたら、千咲ッチに見捨てられるぞ。」
「これは...ってか、俺はそんなんじゃねーって。」
もうすぐ話し始めてから1時間が過ぎようとしていた。
ここに来て初めて美来に親友が出来た。
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