第9話 帰還

もう調査兼訓練開始から6時間が過ぎようとしていた。折り返し地点から来たルートとは異なるルートを通ってBベースCコンテナを目指していた。


折り返し地点から準進化者の能力は可能な限り使用せず進んでいた。新装備により体温を快適な状態で保てるとはいえ、過酷な状況におかれた者達の表情には疲労が見える。


「しかし、OオーバーOオキシジェンZゾーンの拡大は凄まじいな。光合成樹林の中心部の超巨大光合成樹から同心円状に外縁部に向けて、酸素濃度が徐々に低くくなっているはずだった。これまで、中心部と樹林外縁部との中間地点より、こっち側にはOOZは無かったのにな。これが...の力...」


そこから先は誰にも聞こえない。


「もう少しでBCだ。皆、集中していけよ。」


添木が疲労を抱える皆の背中を言葉で押す。なんだかんだ、優しい副隊長なのだ。


「ん?なんか発砲音みたいな音聞こえませんか?」


美来が久し振りに部隊の後ろの方から声を出す。ずっと特異能力も使えず、戦闘も任せていた美来にとっての久し振りの仕事だった。その言葉に皆立ち止まって耳を澄ます。しかし、ラッセの耳にすらその音は捉えられなかった。


「美来、それは違和感としてではなく、音として聞こえた気がしたんだな?」


ラッセの問いに、はいと返す美来。


「その音がBC班の奴らなら、SOSを送って来てもおかしくないんだがな。」


ラッセがタブレットを確認する。


「まあ、BCには機材も揃ってますし、連絡をするまでもないだけでは?」


実動部隊のアレックスがラッセに進言する。


「あり得る話だが...通信障害...可能な限り急いで戻ろう。」


ラッセが足に力を入れる。


「しっかし、このままいけばBCもOOZ内に入っててもおかしくないんじゃねーの?」


「そうね。あり得ないとは言い切れない。」


「頂きましたよ、莉菜ッチの同意を!」


祐介は相変わらずハイテンションで莉菜に絡む。莉菜の表情は...良くない...


サブ進化者エヴォルは能力解放。戦闘に備えろ。」


ラッセの指示で場の緊張感が高まる。


バシュゥゥゥゥゥーーー バーン!!


その花火のような音の正体が、BCがあるであろう場所の上空にあることは、美来達のいる場所からでも視認出来た。


「救難信号弾!?やはり、連絡が無かったってことは、通信障害が起こっていたのか....っ!?」


急展開する事態に焦ったその瞬間!ラッセのいる地面が盛り上がっていく。美来と添木双方が取りこぼした変異個体だろうか。


「なっ、下から!?」


添木が能力で地面を見る!しかし、そこに生物の体温は感じられない。


「「上か!!!」」


ラッセと美来が同時に地面を盛り上げていく正体に気が付く。だが、時すでに遅し!!

ラッセの体は地面の葉や土とともにシューっと上に引き上げられる。


ただの兵士ならば反応出来ずに終わっただろう。しかし、ラッセは持っていた通常のライフルを上に向ける。矛盾した表現にはなるが正確な乱れ撃ちを披露したのだ。上にいる何かに確かなダメージを負わすものの、飛び散る火花が周りの枯葉や枯木にに燃え移る。これでは、大火事になってしまうと思う美来。


ラッセは左手に装着していたアンカーを樹林に撃ち込みながら叫ぶ。


「アレックス!!!」


アレックスは待ってましたとばかりに、構えていた殺虫グレネード弾をラッセのいる方へ撃つ。炸裂する灰色の煙。ラッセの姿は見えない。ただ、勝敗は決していた。


美来達の目の前にドスンという音とともに樹上にいた何かが落ちてきたのだ。


「これって...また蜘蛛...ですか?」


大きさは先程より胴体が大きく、全長は2㍍を越えていた。その体には無数の鉛弾による穴が開いていた。


恐らくこの蜘蛛は自身の強靭な糸を使って網のようなものを作り出し、それを地面の中に埋め込み、獲物が通った瞬間に、周りの葉や土ごと上に引き上げようとしていたのだろう。


シューーとワイヤーを使ってラッセが降りてくる。上を見ると火は消えていた。


「いやー、焦ったぜ。美来には言い忘れてたが、あの殺虫グレネード弾は消火剤としても使えるんだ。以前から使ってる手法で、引火する危険性があってもあれを散布すれば一時的に枯木や枯葉がある場所でも普通のライフルが使えるんだ。」


焦ったという割には涼しい顔で降りてくるラッセ。そして、糸を回収しておくように指示を出す。


――やべぇ、やっぱラッセさんは強すぎるぜ。本田さんがラッセが強いって言ってたのはこういうことか...


「大丈夫ですか?ラッセさん。」


千咲が心配そうに駆け寄る。


「心配無いさ。さっさとBCに戻ろう。急がないとな。」




そこから、皆しばらく急ぎ足でBCを目指した。光合成樹林内は来たときよりも薄暗くなり始めている。昼前から樹林内を探索しているとはいえ、7時間も経てば日も落ちて始める。夜の光合成樹林はどんな場所なのか美来には少し興味はあったが、恐らく想像を上回る生態系が構築されているのだろう。


BCに向かう途中、地面や植物に銀色のキラキラ光っている部分があった。急いでBCに戻りたいラッセ達だったが、それも回収していた。その表情は決して楽観的なものではなかった。


BCに向けて警戒体制が維持されたまま進んでいく。元から樹林内は涼しいのもあるが、スーツのおかげで探索中に特に暑いと感じることはなかった。ただ、皆の汗は止まることを知らなかった。


「見えて来たぞ!!」


添木が声を上げる。切り倒され光合成樹の中に佇むBC。皆の表情も自然と緩む。


――帰ってきた!!


美来も心の中で安堵する。しかし、地面には銃弾や薬莢が転がっていた。地面が灰色っぽくなっていることを鑑みるに不燃性の殺虫グレネード弾を使用したのだろう。


それに、BC待機班は6人いる内の2人はBCの外で待機をせねばならないのに、その姿が見えない。


ラッセが急いでBCの入口の前に立つ。入口にある複数のセンサーがラッセを感知し、殺虫材を散布しながら、扉を開ける。


「BC待機班は全員無事か!?」


ラッセはBC待機班6人全員が中にいることを確認した。ただ、二人がうめき声をあげて苦しんでいる。


「どうした?何があった?」


話を聞くと、この2人が屋外での待機をしている最中に正体不明の生物による攻撃を受けたとのことだった。2人は骨を折るなどの重症だったが、命には別状は無いとのことだった。


まだ、7時間経過してはいなかったが、その後すぐ、救難信号弾を確認した管理研究所から、本田隊長を乗せたヘリをBC回収に寄越してきた。


負傷した二人の話によると、気付いたら立っていた場所から吹っ飛んでしまったとのことだった。咄嗟に吹っ飛ばされた方向とは逆に乱射乱撃したそうだ。その時、何かは分からないが、大きな影が光合成樹の葉の中を移動しているのを確かに見たらしい。


美来はBCの中でこの数時間のことを思い返していた。あまりにも濃密な経験をしてしまったため、どうしても頭の中を整理するのに時間を要した。


――俺はこれからここで...


緑色の地上とオレンジ色に染まった空との間を、美来達は飛んでいた。








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