第8話 嗤う緑の世界

「10㎞だとっ!?いくらなんでも適当を抜かすな!そんな遠距離まで索敵出来るわけがないだろ!!」


添木が美来の言葉に声を荒らげる。


「待てよ、添木ッチ。美来ッチの言ってることはある程度、いや...けっこう信憑性があるぜ。信じたくはねぇけど、北西に10㎞っていったら...」


祐介の言葉に添木は青ざめる。いや、添木だけでは無かった。美来を除いた皆、顔面蒼白だった。


「どうして...皆、そんな顔をして...」


「美来君は私達がいた研究所の正式名称を覚えてる?」


美来の質問に震えた声で千咲が質問を返す。


「確か、光合成樹林第二管理研究所だっけ?」


「そう、正解。じゃあ、私がこの質問をした意図は何か...わかる?」


美来は数秒考えた後にある答えに辿り着いた。


「まさか、俺が言った場所に第一管理研究所があるんじゃ...」


千咲は俯いたまま黙ってしまう。皆の表情がよく見えないのは、光合成樹林の葉がほとんど完全に日光を遮ってしまっているためだけが原因でもないだろう。ラッセは頭に付いているライトの光度を高め皆の表情を確認するように見る。


「変異個体よりもヤバい何かか。いや、覚悟はしていたさ。あそこと連絡が取れなくなってから既に2週間が経過しているんだからな。しかし、今回はそこに行くことは完全に任務外のことだ。今は皆、この任務にのみ集中しろ!」


美来は正確に状況をよみとることは叶わなかったものの、自分が捉えたこの力の場所に現状不明な研究所があり、それを言ったことで仲間を動揺させてしまったことは理解できた。


添木は自分と仲間の困惑を払拭するかのように大きな声でラッセに続く。


「ラ、ラッセの言う通りだ。僕らの任務は調査と実地訓練!想定されたルートを行って帰ってくることが何よりも重要だ!」


「自分もそう思います!!」


藤堂が久しぶりに口の筋肉も動かす。


「そうね。それが正しいと私も思うわ。」


「莉菜ッチがそう言うなら俺は異論ねぇよ。」


「私もそれがベストだと思います。」


特派の面々は目に光を取り戻す。それと同様、実動部隊の皆も異論無しといった表情で前を向く。


「美来、すまなかった。まさか、そんな遠距離まで索敵出来るとは思わずアドバイスをしてしまった。」


「いえ、ラッセさんが謝ることなんて何も...」


「なら、ありがたい」


皆、不安をかき消したいのか、先程よりも自然と足に力が入っていた。



~~~




スダダダダダダダダダッ


銃声が鳴り止まない。調査開始から約3時間が経過しようとしていた。そろそろ目的の折り返し地点というところであった。


「あれからほとんど、美来の能力に変異個体が感知されないが、実際には変異個体がゾロゾロと出てくる。それに、やはり想定していたよりもOオーバーOオキシジェンZ《ゾーン》が広がっているな。」


ラッセが言う通り、美来はあの大きな力を感じ取ってから、何故か近くの変異個体に対する索敵能力が著しく低下してしまっていた。とはいうものの、流石は専門家達プロフェッショナル。美来の能力がなくとも、ここまで遭遇した変異個体を戦闘技術と特異能力と新武器を駆使し、難無くいなしていた。


「恐らく、美来の索敵能力が落ちたのは強大な力を一気に受容したことによる後遺症だろうな。」


「でもまあ、問題ありませんよ。僕らの力でこの程度の相手を処理しつつ、調査をすることは容易い。」


「しかし、ここいらでもう1つ訓練しておきたいことがある。今まで、特派には新武器を使っての戦闘をしてもらっていたが、いつでも万全な状態で戦えるとは限らない。だから、ここからは基本身体能力のみで戦って見てほしい。要するに、温度差脳内立体視サーモ・ステレオ・ソフィックとかは使わずにな!」


ラッセの突然の提案に特派の顔が凍る。


「待ってくださいラッセ!それはあまりに唐突するぎるのでは?」


真っ先に添木がもの申す。


「そうだな...確かにいきなりはキツいかもな。だが、実動部隊は今までそうやってきたんだぜ?」


「それで上手くいかなかったから、特異能力を有した僕らが呼ばれたのでしょう?」


「まあ、確かにな。だが、備えはしておくべきだ。最悪に向けてのな。よしっ、じゃあ、お前らは能力を使わずに新武器だけを使って戦闘してみろ。そんで、俺はこれまでの装備での戦闘を見せてやる。期待してるぜ?特派の実力をな。」


「まあ、能力無しっていっても俺達にとってはデフォルトだけどな。なっ、莉菜ッチ?」


添木より前に祐介が答える。


「そうね。祐介と同じなのはあれだけど...」


そう言う莉菜の表情はあまり動いてはいない。


「まあ、みんな能力使わなかったら、俺の強さがより証明されちまうのかな。添木ッチ?」


露骨な祐介の挑発に、添木の眉がピクッと反応する。


「ちっ、まあ、ラッセの提案だからな。それに特派内の力の序列を明確にしておくべきだ。」


――めっちゃ怒ってるぜ...いや、これが本田隊長の言ってたツンデレのデレ?なのか??


美来はいつも怒っているような感じの添木が、それとは比べものにならないくらい怒っていることとりあえず察しておいた。


「美来は俺達の後ろで待機していてくれ。本物の戦闘を見ておいてほしい。」


引き続き美来は5人の実動部隊の方々に守ってもらうことになってしまった。本当に申し訳ない。


そして残りの実動部隊の方と特派の面々が前へと進んでいく。索敵能力は添木と千咲が能力を使っていないため、普通の人間ノーマルレベルに下がっている。


ザッザッザッ


鬱蒼と茂る植物を掻き分けて進んでいく。いくら、特派は新装備の索敵ゴーグルを身に付けているとはいえ、確かな索敵手段があった先程までとは緊張感が段違いだった。


「索敵ゴーグルには何も検知されない...けど、ここはOOZ内。どこから来るのか全然分かりませんね...」


「確かに不安ですけど、自分は能力を使わない状態でどれくらい変異個体とやりあえるか、興味はあります。」


「流石、藤堂くん。頭まで筋肉なだけはあるよ...」


いやぁ~などという検討違いな返答を千咲に返している。


――ん?この感じは!?


美来の脳裏を何かが刺激した。耳鳴りはしないが確かに変異個体がいる時に感じる違和感だった。


――いるのか!?変異個体が!!


バッと美来は違和感のする方へ顔を向ける。美来の索敵能力が落ちていたのは確かだったが、本能がそうさせた!


美来が顔を動かしたのとほぼ同時にラッセも同じ方向を向き、胸に装着されていたナイフを右手に、腰に装着されていた斧を左手に構えた。もちろん、その間1秒もない。二人以外はまだ違和感すら覚えてはいなかった。いや、祐介と実動部隊の1人だけは、辛うじて目をそちらにむける。


次の瞬間! 違和感の正体がラッセの方へ弾丸のように跳んでくる。4人以外の皆の視線が動いたのはがラッセの後ろにある光合成樹と接触した音を聞いてからだった。


――!!!!!!


突然の出来事に皆、呆然とする。いや、それ以上に驚くべきことが1つ。跳んできたそいつのボディにはラッセの持っていた斧が深々と刺さっていた...だけでなく、そいつの右後ろ足も切断されていた。もう、先程のような弾丸のような跳躍は出来ないのではないだろうか。


「バッタ...?」


千咲が小さく呟く。添木も藤堂も莉菜も実動部隊の面々もラッセのその芸当に言葉を失う。


「まだ、油断するな。大きさは1㍍無いくらいだが、こいつの跳躍を正面から受けたら生身じゃなくとも危ないぞ。無論、生身なら即、お釈迦だ。」


ラッセはもう1本腰からぶら下がっている斧を左手に持つ。先と同じく、両手で持つには小さいが、片手で持つには大きい斧だ。


キリキリと音をたて、右後ろ足を失ったそいつはこちらに向き直す。そいつも分かってはいたのだろう。どう見ても今のラッセに隙は無い。しかし、一か八かの勝負に出ねばどのみち絶命するしかないと!


バッ!


先程のような静かな銃弾ではない、大きな音をたてラッセの方へ向かうそれは、さながら大砲から撃ち放たれた砲弾のようだった。


大砲と人間、常識に当てはめれば答えは明白。しかし、ここは光合成樹林。当たり前は全て混沌カオスの中で崩壊する世界。


ラッセは最小限の動きでもう一度ボディに斧を叩きつける。2本の斧を背負わされた大砲の弾はなす術なく、音をたて地面に落ちる。ラッセは続けざまにナイフ2本で足を切断していく。


その流れるような動作に皆、何も言えなかった。だが、言葉にせずとも思っていることは分かる。


――これが、ノーマル!? マジなのか?


美来はラッセの強さを認識しているつもりだった。しかし、甘すぎた。何も理解などしていなかった。ラッセは人間の能力を完全に、余すことなく使っている。常に100%を出せる人類なのだと。


バッタが最早動くことの出来ない、木偶人形になったところで、ラッセは皆の方を向き話始める。


「このバッタは特に潜伏能力に優れているわけでもない。だが、この中で奴の接近を感じれた者は、俺以外に3人だけだった。」


その言葉に1番驚嘆した表情を浮かべたのは添木だった。


「アレックス・ガルシア、大野祐介、新見美来、この3人だけだ。調査隊の大半が変異個体の接近に気付けなかったんだ。これは由々しき事態だとは思わないか?」


――オノユー...あいつ口だけじゃなくてほんとにヤるやつだったのかよ...それに、ラッセ!敵に気付いただけじゃなくて、周りの反応も把握してるなんて!!


アレックスというのは実動部隊の美来の警備をしていない方の人だった。


「流石、祐介くん。自分も見習わなければ。」


「素直に尊敬するわ...」


藤堂と千咲は本音が口から呟きとなって出ていく。


「ラッセ達はともかく、祐介はたまたまなんじゃないの?」


莉菜は口ではそう言っているが、心から思っているようには全く見えないのが面白い。しかし、そんな台詞に添木が便乗した。


「僕がまた...祐介に...まだ、届かないのか...力はあるのに。そうだ。ありえない!!祐介はたまたま反応出来たに過ぎない。」


徐々に口調が強くなっていく。


「ラッセ隊長!僕は優れた特異能力という武器を持っています。わざわざ、こんなことをしても真の実力は測れません。実際の戦闘では―」


「それも一理ある。確かに、実際の戦闘はこんな余力を残して戦うことは少ないだろう。万全な状態で戦える状況を維持することが一番重要なことだからな。しかしだ。弾を温存しなくてはならない時、新装備が全て壊れてしまった時、能力が使えない時、俺達は制限された状況で戦わねばならない。」


「しかし!」


「添木副隊長。戦闘経験の少ない君が実践を語るな。この混沌カオスが支配する領域内において、人間は本当にちっぽけな存在なんだ!君のサブ進化者エヴォルとしての素質はずば抜けて素晴らしい。しかし、なぜそうも感情を揺らしてしまう?過去のあの事件が原因なのだとしたら、過去になんて囚われている場合ではない。私情を挟むな。」


本気の感情がのった言葉に、沈黙する添木。ラッセがここまで厳しい口調になるのを美来は初めて聞いた。


ラッセの言った通り、光合成樹林は嗤っているのかもしれない。我々、部外者ヒトを...


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