第5話 光合成樹林へ

ババババババババババッ


その時、美来は船からヘリコプターへと移動させられていた。隣に座っている本田に、もうすぐ光合成樹林・第二管理研究所に着くと告げられ、落ち着かない気分だった。


「ほら、見えるだろう?あの緑色が全て光合成樹林だ。この高さから見ても終わりが見えないほど広大なんだ。」


本田の言葉を、ほとんどそっちのけで美来はそれに釘付けになる。


――これが...光合成樹林!?


樹高は確か30㍍くらいはあると記憶している。そんなものがどこまでも続いているのだから、気持ちが高鳴るのも無理はない。


「はははっ、本当に光合成樹林について関心が高いようだね。この仕事は多少なりとも危険を伴うものもあるが、そういった仕事はプロに任せてくれればいい。」


美来はまだその危険度を正確に伝えられてはいなかったが、敢えて今までは、それに向き合うことを避けようとしていた。考えれば、考えるほど不安になるからだ。


「でも、俺、船の中で銃の訓練とかいろいろ、させられたんですけど...」


念のためだよと本田は笑って返す。


そんな問答をしている内に、ヘリコプターは徐々にその高度を下げて、白い大きな建物の敷地内へと降りていく。


ヘリコプターが完全に停止したのを確認すると、本田は美来に降りるよう促す。美来は本田に助けてもらいながら、久し振りに大地を踏みしめる。赤道付近ということで、先ほどまでのクーラーの効いた空間とはうってかわって、灼熱の太陽が空に輝いていた。


周りには十数人の人達が整列していた。その内の一人、服の上から分かるほど筋肉モリモリで、見るからに強そうな外国人の男が、本田に声をかける。


「久しぶりだな、キャプテン本田。そいつが例の奴か?」


「久しぶりだな、ラッセ。ああ、彼はまだ何も知らされていないがね。だから、予定通り、ここの現状を伝えようと思う。空いている部屋を適当に使わせてもらうよ。そこにメンバーの召集をかけておいてくれ。」


もちろんその会話は英語で行われていた。美来にとって、それを聞き取るのはさほど難しくはなかった。その中で、一番驚いたのは、本田が隊長と呼ばれていることだった。


美来は本田に連れられて、研究所内にある大きなモニターのある部屋へと案内された。


「美来くん。これから君に知ってもらいたいは光合成樹林の現在いまだ。まず、光合成樹林についての概要だ。君も知っているとは思うが、そもそもの始まりは2015年に終結したアフリカ紛争にまで遡ることになる。激化したアフリカ紛争は、大規模な化学兵器の使用をゆるしてしまうまでに発展した。それは、国連軍などの介入により次第に鎮火していったとはいえ、自然環境に多大なダメージを与えることとなった。当時の専門家は『この大地に再び生命が宿るには少なくとも半世紀を要する』と批評するほどだった。しかし、この見解を大きく覆したのが古賀透理が生み出した光合成樹だった。いかなる場所にも強く生命を張ることが出来ると謳ったその植物にとって、重度の汚染地域もその例外とは成りえなかったからだ。そこで、古賀透理は緑地復活計画プロジェクト・グリーンバックを提唱し、そこにオルドリッジ財閥が巨額の投資を行い、2016年に最初の光合成樹が植えられた。ここからが本題だが、正直に言って、当初の計画ではここまで大規模な樹林が誕生するとは誰も予想してはいなかった。その理由は、人間の樹林伐採速度が繁殖力を上回ると考えられていたからだ。実際、人間が本気を出せばそれは容易だ。しかし、問題が発生した。それは光合成樹林内の生態系がここ数年で特に混沌カオスを極めたいったことだ。そこで元々の設立目的とは異なるものの、世界自然科学監視機関が光合成樹林の観察者オブザーバーを担うこととなったんだ。上層部は光合成樹林の研究が最重要だと判断したというわけだね。そして、これが我々が捉えた生態系の一部だ。」


本田隊長はそう言うと、モニターに光が宿る。そこに映しだされたのは、大小様々な生物、どこか既視感のある生物、まるで見たことのない未知なる生物が次々に写し出されていった。美来にはとても長い時間に感じられたが、時計を見るとそれが始まってから終わるまで20分も要してはいなかった。


「美来くん。君はこれから我々とここに行くんだ。」


本田隊長は美来の唖然とした表情を真正面から見つめ、こう言い放った。美来の予想は当たってしまっていた。いや、むしろ、その予想を軽く上回っていた。


「こっ、こんなことが...まっ、まさか!? どうして? 原因は何なんですか?」


美来は驚愕の映像に対して疑問をぶつける。


「それはまだ正確には分かってはいないんだ。」


美来はどこか知的好奇心を刺激されたのも事実だが、流石に恐怖心が顔をのぞかせてしまう。


「おっ、俺はこんな場所で何を...何をすればいいんですか!?足手まといになるのが目に見えてるじゃないですか。」


「大丈夫、君は戦わなくていいんだ。あくまで調査の補佐をしてほしい。サブ進化者エヴォルとしてね。」


「酸素濃度の高いエリアで活動がマスク無しで可能ってだけでですか?」


少し、声を荒らげる美来。それを優しく諭すように本田隊長は続けた。


「まだ言っていなかったね。君のサブ進化者エヴォルとしての優れた能力。それは恐らく圧倒的な危機察知能力だ。君は以前、巨大ムカデとの戦闘が始まる前に耳鳴りなどを起こしていなかったかい?防犯カメラの映像で確認させてもらったよ。あの症状は恐らく変異個体の存在を無意識の内に把握出来ていたからだろう。加えて君の運動能力は磨けばすぐにより良くなる。そして、それら力を是非とも我々に貸してほしい。」


その目は真剣そのものだった。


「つ、つまり、俺が皆さんのレーダーになれってことですか?だから、極力戦う必用はないと?」


本田隊長は大きく頷く。


「言いたいことは分かりました。俺も光合成樹林の生態系に興味が無いと言えば嘘になりますし、どうせ拒否権もないんですよね?でしたら、協力させてもらいます。」


葛藤が無いわけではなかった。しかし、美来はその決意をあらわにした。


「ありがとう、美来くん。これからよろしく頼む。」


そう言うと、本田隊長はモニターの前から、座っている美来の方へと歩み寄り、既視感のある大きな右手を差し出したのだった。



この決断が、この意思が、この選択が、どのような未来に繋がっているかは誰にも分からなかった。それでも、誰もが未来に向けての歩みを止めることはない。それが生きるということなのだから。
























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