第4話 波に揺れる思考

「まさか、病室が船の中にあったなんてな。」


 美来は、思うように動かせるようになった身体をブンブンと動かしながら、船内を散策していた。乗ったことはないが、豪華客船くらいの大きさはあるのではないだろうか。


美来はゆっくり足を前に進めながら、タブレットに送られてきた、メールの内容を思い返していた。


「俺の当面の仕事は光合成樹林の調査の補佐。主な採用理由は、光合成樹林の酸素濃度の高いエリアでの円滑な作業が期待出来るから。理由がなんか適当じゃねぇか? それに、組織や光合成樹林ついての詳細は正式な階級が決まるまではお預けと来たもんだ。ほんとっ、意味わかんねぇぜー。」


この海はどの辺りの海なのかと考えながら、船の外へと続く階段を上がる。癒紗の病室があれば、顔を見に行きたいのだが、彼女は陸上の病院で治療が続けられているらしい。光合成樹林に向かうこの船には乗ってはいないのだ。


――癒紗...


どこまでも続く海を眺めながら、美来は彼女の無事を祈っていた。少し湿っていて、しかし、それでいて爽やかな風が肌を撫でるように吹いていく。


カツカツカツ


美来が昇ってきた階段から誰かの足音が近づいてくる。


――誰だ?


顔を向けると、そこにいたのは、風で揺れる茶髪の長い髪をおさえながら歩いている、少しハーフっぽい美人な女性だった。今の格好は清掃服ではなく、おそらく、この組織の制服か何かだろう。前は、いろいろあって気にも留めていなかったが、スタイルも抜群だ。


「あれ? あなた、美来君? もう、動いて大丈夫なんだ。」


美来に気付いた彼女は、にこやかに笑いながら、語りかける。


「おかげさまで」と手をヒラヒラさせて答える美来。


「私達の組織について教えてもらった?なんか訊きたいこととかあるなら答えてあげるよ。まっ、私もここに入ってそんなに経ってないんだけどね。この組織って、なんかいろいろ突然だよね。私の時もそーだったし。」


軽いノリで話しかけられた美来は、同じく、出来るだけ軽いテンションで応答する。


「いやー、わけわかんないことばっかですよ。このタブレットに送られてくる情報も曖昧ですし...ん?っていうか、千咲さんも突然この組織にスカウトされたたちなんですか?」


タブレットを小突きながら、不満と疑問を吐き出す美来に、千咲は「そうよ」と答え、こう続けた。


「私がこの組織に所属させられたのは1年くらい前...かな?アメリカで大学生やってたんだ。それで、そこの友達とモンタナ州にいったんだけど、そこで―  おっと、これ以上は言っちゃ駄目なやつだった。まぁ、いろいろあって学生からこの仕事にjob changeしたってわけ。」


その声は終始明るかったが、何かやりきれない思いを無理に押し隠そうとしているように、美来には思えた。


「じゃあ、千咲さんも銃とかは初心者だったんですね。」


美来が少しホッとしたような表情をみせると、千咲は小さく首を横に振る。


「あっ、でも、私のお父さんがアメリカの軍人でね。小さい頃から銃とかは触ってたりしてたんだ。それが今でも、けっこう役にたってるかもね。」


流石、銃社会アメリカ。美来の想像を容易に越えてくる。


「あっ、そうだ!私と美来くん、同い年らしいね。二十歳でしょ? 敬語はよそうよ。これから、一緒に働く訳だし、ね?」


「あっ、はい... そうしまs...いや、そうするよ。」


それに満足そうに笑みを浮かべる千咲。やっぱり、美人だ。海の風が、そして太陽さえもが、全て彼女を引き立たせるための舞台装置にさえ感じる。美来は目を大きく見開き、彼女から視線を動かすことが出来なかった。」


「何ボーッとしてるの?病み上がりで疲れちゃった?質問コーナーはこれっくらいにして、部屋に戻る?」


千咲が美来の顔を覗き込む。美来はバッと赤くなっているかもしれない顔を後ろに向けて、そこから注意をそらすかのように、少し大きめの声で尋ねる。


サブ進化者エヴォルってのは何なんだ?説明されたんだが、いまいち、ピンと来なくて。」


まだ、この喋り方はしっくりこない美来。


「準進化者ってのは、私みたいに常人よりも身体能力が優れていて、なおかつ、何かしらの能力が優れている人間のことよ。」


「千咲は視力が優れてるんだっけ?」


「そうよ。遠距離の物もよく見えるし、動体視力もけっこうすごいの♪ 飛んでくる拳銃の銃弾に刻まれた文字も読めちゃうんだから!」


「!? それは凄いな。それに比べて、俺の採用理由はただ酸素濃度の高いエリアでの活動が可能ってだけだよ。」


それを聞いてなんとも言えない表情を浮かべる千咲。


「そっか。そういう理由になったんだね。」


美来はその表情とその言葉に、もしや千咲に自分の能力の低さに呆れられたのではないかと少し不安になる。


「光合成樹林のことも訊きたいと思うけど今は話せなくて、ごめんね。けど、美来くんは賢いから何となく分かるはずだよ。どういう場所なのかは。」


「いやいや、別に千咲が謝ることなんて。それに俺はまだ右も左も知らない奴だし、」


少しでも、千咲に失望されないようにと、言葉を繋ぐ。


「ありがとう。」


「へ?」


突然の言葉に、美来は間抜けな声を出してしまう。


「あの時、助けてくれて。」


美来には彼女を助けた記憶なんて無かった。精々あの戦いで囮を引き受けたくらいだ。しかも、それすら最後まで果たせず、千咲に救ってもらったのだ。


「一体何のことを...」


困惑した表情を浮かべる美来に、千咲はもう一度小さな声でありがとうと呟いた。


「今は、この言葉の意味すら教えることが出来ないの。それに、癒紗ちゃん?のことも、ごめんね。」


そういい残すと、彼女はクルリと体の向きをかえて、船内に続く階段へと歩き始めた。


美来はその後ろ姿に、声をかけることは出来なかった。



~~~



 部屋に戻った美来は千咲の言葉を思い返していた。


「『ありがとう』っか...」


ベットに腰掛けてその意味を考えるも、答えには到底辿り着けそうになかった。


「そういや、千咲、1年前にモンタナ州に行ったことがきっかけで組織に入ることになったみたいなこと言ってたよな。」


美来は渡されたタブレットを使って、ネットを駆使してあることを調べていた。


「あった。モンタナ州の原因不明の爆発事故。時期も1年ちょい前で被ってる。」


大規模な事故であったにも関わらずあまり報道されていなかったような気がする。現に、事故現場の画像などは、ほとんどネットにあがってはいなかった。一応の原因は、天然ガスの爆発ということになっていた。


掲示板のまとめサイトなどを見てみると、テロだとか、ロシアによる攻撃だとか、宇宙人襲来だとか、様々な憶測が飛び交っていたようだ。


「これが原因で組織に入った?」


因果関係がまるで成立していない。美来にはお手上げだったので、次の疑問に向き合うことにした。つまり、光合成樹林がどんな場所なのかということについてだ。


「光合成樹林がどんな場所かは、俺なら分かるって言ってたな。つまり、どういう...」


美来は考える。そして、ある一つの恐ろしい結論を導き出してしまう。


「光合成樹林は酸素濃度が高い。そして、古賀教授は大学の地下で光合成樹林を再現した酸素濃度の高い実験室を設けていた。そこから出てきたのは、巨大化したムカデ。すなわち、光合成樹林にはそんな生き物がうじゃうじゃいるってことか?」


そう考えれば、光合成樹林内部の生態系が非公開な理由も頷ける。そんなものを公開すればパニックになる可能性は否定出来ない。それに光合成樹林は今もなおその面積を広げている。今まで、これは良いことだと思っていたが、それだけ未知の生物の活動領域が広がっているのだとしたら、決して良いこととは言えないだろう。


美来の頬を冷たい汗がツーっと流れる。


「いや、待て待て待て。そもそも、生物が巨大化したら、その分、自重を支えられなくなって生存出来なくなる。長い年月をかけて変化したならまだしも、酸素濃度が高いってだけで生物が巨大化するなんてことは、十数年や数十年では有り得ねぇよな。」


はははと笑い飛ばしたいのだが、何故かこの予想が外れている気があまりしない。なぜなら、その光合成樹林自体がもともと古賀教授による人工的なものとはいえ、緑地復活グリーンバック計画プロジェクトが開始した2016年から20年も経過していないものとは思えないほど発展しているからだ。もしそれが、そこに生息する生物にも当てはまっているのだとしたら...


ただ、もし予想があたっていたとしても、非力な自分には何が出来るのか、美来には分からなかった。






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