光合成樹林編 はじまり

第3話 進化者

 美来は夢を見ていた。自分の今までの人生の縮図を見せられているような、そんな気分だった。生まれ育った施設のこと、これまでに出会った様々な人たち、数えきれない幸せな思い出が頭の中をグルグル回っていった。しかし、所々で知らない何かが、ノイズとなって入ってくる。それはだんだん大きくなっていく。それがいつの記憶か、ただの妄想かは分からなかった。


そして、鮮明な映像が現れる。血まみれの女性。うごめく漆黒の影。鳴り響く銃声。最後に、あの頭への衝撃。


「うわああああああああああああっ!!!」


大きな声と共に目を開ける美来。目の前にあったのは蛍光灯のついた白い壁、天井だった。首を動かし周りを見る。察するに、普通の病院の個室の中のようだ。


「目が覚めたようだね。新見美来にいみ みらい君。僕がいる時に、目を覚ましてくれるなんて、ナイスタイミングだよ。身体は痛まないかい?」


まっすぐ美来の目を見据え、優しく微笑みながら話す筋肉質で短髪の男は、真っ先に美来の体調を気遣う。美来は、はいと返そうとするが、些か以上に頭が重い。


「はっはっはっ、無理しなくていいよ。美来君。やっぱり、まだ高圧電流の後遺症が残ってるよね。部下が手荒な真似をしてすまないね。彼も規則を遵守しただけで悪気は無いんだ。すぐに良くなるから許してあげてほしい。」


美来はいろいろな疑問を解消したいのだが、上手く話すことが出来ない。それを見た筋肉質の男は察したように話し始める。


「いろいろ訊きたいことがあるよね。まずは何から話そうか...。まず君はここにいる経緯を理解できているかい?」


数秒の沈黙の後、美来がハッとした表情を浮かべ、無理やりにでも言葉を発しようとする。


「ユっ、yさは?あいtは?」


男は大きな手を美来の言葉を遮るように、美来の口の前に突き出す。


「覚えてはいるようだね。まずはその質問から答えようか。彼女、風秦かぜはた癒紗ゆささんだが、出血量が酷く、その上、体内には毒が注入されていてね。普通なら死んでいてもおかしくは無いんだが、一応、一命は取り留めたよ。しかし、未だ昏睡状態が続いていて目を覚ます兆しが無くてね。集中治療室に入れさせてもらってるよ。」


美来は何も言えなかった。あそこに来るのを止めることが出来なかった自分をゆるせなかった。どうして...あんなことになってしまったのだろうか。絶望的な表情を浮かべる美来の顔を見ながら、筋肉質の男はゆっくり話し始める。


「申し訳ないが君のことはいろいろ調べさせてもらったよ。君があの場所にいたのは古賀教授に頼まれたから。そして、彼女がいたのは君からそのことをlineで聞いたからだね。もし、彼女の怪我が自分のせいだと思っているのなら、それは大きな勘違いだ。誰も、我々ですら、あそこで起きることを完璧に予想することが出来なかったのだからね。我々の方こそ、君の友人を守ることが出来ず、すまなかった。」


ベットにいる美来に深々と頭を下げる男に、美来はとんでもないと頭を横に振る。男はゆっくりと頭をあげて真剣な面持ちで話を続ける。


「そう言えば、自己紹介がまだだったな。私の名前は本田優吾ほんだ ゆうご。世界自然科学監視機関(WNF)と呼ばれる組織に所属しているものだ。まあ、公の組織ではないから知っているはずはないんだけどね。大学費用を免除されるほど、賢い君のことだ。どうして、そんな大事なことを話し始めているのかと疑問に思っていることだろう。答えは単純。君にこの組織に入ってほしい。我々は君のような人間が必要なんだよ。」


突然の展開に動揺を隠すことの出来ない美来は、少しずつ、思うように動くようになってきた口で問う。


「俺はただの大学生ですよ?俺はあなた達みたいに銃を扱ったりすることは無理なんですよ?一体何のメリットがあるっていうんですか?」


「君がサブ進化者エヴォルであるという可能性が浮上していてね。この組織では進化した可能性のある者を見つけ次第、原則、この組織に強制加入させると決まっているんだ。これは日本の憲法にも拘束されないレベルの高度な問題さ。」


「サブ...エヴォルってのは一体?」


「そのままの意味だよ。普通の人間よりも優れた能力を有する者、すわなち、進化した者。そして、それに準じる力を持つ者のことをサブ進化者エヴォルと我々は呼んでいる。」


「でも、俺にはそんな優れた能力なんてないですよ!!」


「自覚がないだけさ。例えば、あの建物での戦闘において君は渡されたマスクを着けずに行動し続けられたらしいね。しかし、あの場所は普通の人間ならば酸素中毒をおこすレベルの酸素で満たされていた。君はその中で自由自在に動き回っていたらしいじゃないか。それに、あの変異個体との戦闘では優れた反射神経や運動神経を披露したとも聞き及んでいるよ。」


余裕ありげな口調の本田に、美来はこう返す。


「なら、あの女性、千咲さんもそのサブ・エヴォルなんですか?」


大きく本田は頷く。


「彼女は特に視力が良くてね。もちろん、基礎的な運動能力も常人より優れている。そういえば、美来君も高校生の時にバスケットボールの全国大会で活躍するほどの運動神経を誇っていたそうじゃないか。その頃から、片鱗は現れていたわけだ。」


「本当に俺のことをいろいろ調べたんですね。」


苦笑いをする美来。申し訳なさそうな顔をしながら本田はこう続けた。


「こんなことも知っているよ。君は古賀教授に憧れており、将来、光合成樹林で働くことを夢見ているってこともね。言い忘れていたが、君がこの組織に入ったあとの職場はそこ、光合成樹林だ。」


「なっ!!」


美来は驚きを隠せない。


「そこには、君や千咲くん以外にも、サブ進化者エヴォルがいる。まぁ、僕はノーマルなんだけどね。興味が湧いてきただろ?」


光合成樹林、その現状は一般にはほとんど公開されていない。分かっているのは、アフリカ紛争の大規模な化学兵器の使用で、再び生物が生息するのは50年は不可能と言われた場所に5年もかからずに大規模な光合成樹林が誕生したこと、そして、それが人類に多大なる益をもたらしているということぐらいだ。


美来は「もちろん」と答えようと思った。しかし、ある疑問が先に口から飛び出した。


「でも、俺以外にもそういう人たちがいるなら、俺はもう必要ないんじゃないですか? それに、光合成樹林のことなら、古賀教授に協力を仰げばいいんじゃ... そういえば、あの建物には古賀教授がいたはずですよね!あの会議室の中の人達は無事だったんですか!?」


その質問をした時、一瞬、本田の表情が強張ったのは気のせいだろうか。


「古賀透理は行方不明だ。そもそも会議なんて行われてはいなかった。彼は一応、我々の組織に属しており、生物実験を行うことを認可されている。とはいえ、今までも度々問題を起こしていてね。それでも、彼は天才だから黙認されてきた。しかし、今回の一件で彼が拘束対象になるのは避けられないだろうね。」


その口調は、先程までと同じ穏やかなものだった。


「じゃあ、今回の騒動の現況は古賀教授ってことなんですか... じゃあ、あの手紙は..」


「手紙?何のことだい?」


美来の口から、いきなり出てきた情報に本田は前のめりになって食いつてくる。先程までの穏やかで、余裕いっぱいの構えは崩れ去っていた。


「い、いや、内容がわけわからなくて、よく覚えてないんですけど、到達者がどうとか、光合成樹林で待ってるとか、書いてありました。地下にあったんで燃えてしまったかもですが...」


美来はその時、本田が「やはりか」と呟いたような気がした。しかし、そのことについて訊こうと口を開くと同時に、本田の胸ポケットからアラーム音が鳴る。


優しい表情に戻った彼は、ちょっと失敬と電話に出て、話し始めてしまった。


美来は考える。一番に癒紗のことを。そして、光合成樹林で働けと言われたこと、古賀教授のこと、自分がサブ進化者エヴォルと呼ばれる存在であること。考えても、わからないことだらけだった。


すると、電話を終えた本田が立ち上がり、美来に告げる。


「すまない。上からの呼び出しだ。とりあえず今は、傷を癒やすのが最優先。また、わからないことがあれば、なんでも質問してくれ。そこのタブレットを使ってね。諸連絡もそれを介して行うからね。まあ、申し訳ないことに拒否権はないんだ。これから、よろしくね。新見美来くん。」


にこやかな本田さんに、美来も精一杯の笑顔で応答する。


「え、ええ。よろしくお願いします。本田...優吾さんですよね。」


ああ!と差し出された大きな右手を、美来も握る。

そして、本田がのそのそと部屋の扉の方へ歩きだした時、思いだしたように美来は最後の質問を投げかける。


「あっ、あの! 俺の身に付けていたペンダントはどこですか? あれがないと、安心できないっていうか、調子がでなくて。」


「ああ、それなら、そこのカゴの中に入ってるよ。君が着ていた服も、財布も、スマホもそこに置いてある。最初に言うべきだったね。」


本田は、白いロッカーの上を指差して答えた。


「ありがとうございます。」


「 問題ないよ。それじゃあ、また。」


はい、という言葉を会釈に換えて本田を部屋から送り出した。


美来は大きなあくびを一つしてもう一眠りしようと布団を頭までかぶった。




~~~



「やはり、君は進化者エヴォルなんだね。いや、彼等に言わせれば到達者アライヴァルか。ひとまず、彼等が目を付けたということは、波動を使ったというのは間違いなさそうだ。光合成樹林で待っている...か。これもまさか、彼等の計画の一部ということなのかな。」


廊下をまっすぐ進む本田の表情は、場所が暗いせいか、よく見えなかった。ただ少なくとも、病室の中のにこやかな雰囲気は感じ取ることは出来なかった。





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