第47話 平和を取り戻した世界
魔王はまだ生きていた。機体の中で満身創痍となりながらも、降りてくる炎の鳥人ロボットの姿を見上げていた。サイリスは見下ろし、フェニックスの剣をヘブンズサタンのコクピットへと突きつけた。
魔王は操縦桿を握ろうとするが、その手はもう動くことをしなかった。せめて最後を見届けようと魔王は力が失われていく目で、自分に止めを刺そうとする勇者の姿を見上げた。
「余が破れるとはな……運命か……だが、これでまだ終わったわけでないぞ。余は蘇る。必ずお前を! 正義を倒すために! 運命を恨む、この激しい憎悪でな! ハハハハ……」
魔王は最後まで笑っていた。ありったけの感情を込めて、全てに対して笑っていた。
「これで終わりです」
サイリスはただ倒すべき敵へ向かって剣を突き下ろした。
その炎の剣はヘブンズサタンのコクピットを貫き、魔王の体をも貫いた。そこから迸る炎がさらにその機体ごと魔王を燃やしていった。
魔王の意識はそこで途絶えることになった。
魔王は長い話を語り終えた。現代のホテルの部屋で正座して話を聞く真面目な配下の少女を見つめながら。
「後はお前も知っての通りだ。あれから長い時が過ぎ、お前が滅んだ我が城を訪れ、余は目を覚ますことになる。深い憎悪をこの胸に抱いてな」
アリサは戦慄していた。身を震わせて言う。
「わたくしは事態を甘く見ていたようです、魔王様」
「お前を驚かせるつもりは無かったのだがな。ただ誰かに話しておきたかっただけなのかもしれぬ」
「わたくしは恐れてはおりません。この手で必ず使命を果たしてご覧に入れます」
「ふむ、まあ頑張れ。あまり無理はせぬようにな」
「はい」
話が終わり、通信が切れた。使い魔が役目を終えた通信機を片づけていく。
それを眺めながらアリサは考えた。
「無理はせぬように……か」
話を聞いて血気に逸ろうとしたところを早速諫められてしまった。
こんな時こそ冷静にならなければいけない。相手が強敵ならばなおのこと。
どのみち今日出来そうなことは無い。
「今日のところは休んで明日に備えることにしますか」
そうと決めて、アリサはその日はベッドに入って休むことにした。
明日はきっと忙しくなる。そう予感しながら。
勇希はソアラからの話を聞き終えた。一緒に風呂に浸かりながら。
勇者が無事に魔王を倒した。そこまで話したところで、金髪の少女はしばらく口を噤んでいた。
勇希は彼女の話を噛みしめながら、呟いた。
「こうして天空世界の勇者の戦いが終わったのか」
「いや、まだ終わったわけでは無かった」
終わったと思ったが、ソアラはまだ話を続けた。むしろこれからが本番だとばかりにその瞳に真剣さが増し、声のトーンを落としていた。
いつも明るい彼女が暗い顔をしながら話を続けていく。
勇希は神妙にその話を聞いていった。
戦いは終わった。人間の勝利で。魔王の機体は炎の中に崩れ落ちて消滅し、サイリスはフェニックスの剣を引き抜いた。
「これで皆が笑顔になれます。村の皆も」
サイリスは眩しく空を見上げた。その機体も朝の光に明るく輝いて見えた。
まるで希望の光のようだった。
ソアラは勇者の戦いを最後まで見届けた。サイリスがロボットから降りるとともに、役目を終えたとばかりにフェニックスは炎とともにその姿を消した。
「では、帰りましょうか。神様」
「ああ! そうだな!」
希望を胸にソアラは勇者とともに歩き出す。
そうして、二人は魔王の城を後にした。
二人の旅が再び始まった。今度は帰りの旅だ。
行きは大変だったが、帰りはもう何の心配も無かった。ソアラの足取りは弾み、一緒に歩くサイリスの微笑みにも余裕が感じられた。
訪れた町の人達にもう不安の陰りは何も無く、みんなが明日への希望の笑顔に満ち溢れていた。
人々に囲まれ、ソアラはサイリスと一緒に幸せの喜びを感じていた。
帰りの旅でいくつかの村を巡って、再び大陸一の王国に訪れた時だった。ソアラとサイリスはまたパーティーに招かれた。
「またパーティーか。さすがに訪れる町みんなで招かれては飽きてきたなあ」
「みんな神様に感謝したいんですよ。行きましょう」
「ああ、仕方ないな」
感謝したいのはお前にだろうと無粋なことはソアラは言わなかった。せいぜい神としての威厳を持って大通りを歩いてやることにした。
その姿を集まった町の人達は微笑ましく見守っていた。
サイリスとソアラは王と広間で謁見した。王は大喜びで訪れた勇者と神の少女を出迎えた。
「よくぞ我が城に戻ってきてくれた! 魔王を倒してくれたこと、感謝するぞ!」
「ありがとうございます」
サイリスは恭しく礼をする。魔王を倒して世界を救ったというのに偉そうな態度を見せない勇者の少女に、王は笑いながら話を続けた。
「ただ一つ残念なことがあるとすれば、せっかく完成した我が国の兵器を魔王に見せてやれなかったことだなあ!」
「完成したのか!」
ソアラはびっくりして子供のように声を上げてしまった。
すっかり忘れかけていたが、前にこの国を訪れた時に見せてもらった兵器のことを思い出していた。
「確かロボットと言ったか」
「うむ、ロボットじゃ」
「わらわも興味はある。だが、戦う相手がいなくなってしまっては仕方ないなあ」
「仕方ないのう」
王の視線がチラッとサイリスを見る。その視線を受け取ってかは知らないが、サイリスは余裕のある笑みを浮かべて進言した。
「良ければわたしが相手をしましょうか? そのご自慢のロボットと」
王はどう答えるのだろう。ソアラは気になって彼の顔を見たが、王の答えは現実的なものだった。
「とんでもない。戦いは終わったのじゃ。それに魔王を倒した勇者が相手ではさすがに分が悪いわい。せっかく完成した物を壊されてはたまったものではないぞ」
「そうですね」
王の答えにサイリスはあっさりと頷いていた。どっちでも良かったようだ。
二人の間の結論にソアラは落胆しかけていたが、王は少し腰を上げていた。
「じゃが、ちょっとぐらいならいいかな。ちょっとぐらい」
王の言葉に家臣達が困ったように笑い合う。ソアラも王と同じ意見だった。
「ああ、ちょっとぐらいならわらわも見たいな」
「そうですね」
サイリスの言葉はさっきと変わらないが、少しそわそわしているようにソアラには見えた。
もしかして戦ってみたいのか、さすがの勇者でもまだ見ぬ相手の強さに緊張しているのかもしれない。
そう思うと、ソアラも少し笑ってしまいそうになるのだった。
王は自信ありげに力強く頷いた。
「では、ご覧に入れよう。外で待っておれ!」
そう自慢の玩具を見せるように王は部屋を出ていって、ソアラとサイリスは兵士に案内されて外で待つことになった。
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