第46話 天空世界の勇者 VS 魔王

 揺らめく松明の炎だけが照らす薄暗い広間で魔王は待っていた。玉座に腰かけて肘掛けに肘を付いて、何事かを思案するかのように目を瞑っていた。

 近づいてくる者達に気づいて、彼は思案していた暗い顔を上げた。


「よく来たな。待っていたぞ、勇者よ。お前が来るのをずっと待ち望んでいた」

「魔王、あなたを倒して世界を救いに来ました」


 魔王を前にしてもサイリスは全く怯えるところを見せず、ただ毅然と真っ直ぐに答えた。

 勇者と魔王、世界の行く末を決める戦いが始まる。その大きな戦いが起こる予感にソアラは離れて戦況を見守ることにした。

 魔王は神の動きには全く頓着しなかった。彼の暗い瞳はただ勇者だけを見ていた。

 魔王は語る。その深い瞳でただ勇者だけを見つめて。


「余が何を考えていたか分かるか? ずっとお前を倒すことだけを考えていたのだ。余はまずお前に倒されるらしいからな。世界の支配も部下達の行いも、余にとっては全てどうでも良かった。お前さえ倒せればそれで良い。それで予言は前提から覆される。自分がこれほど世界にしがみつきたいと願っていたなどとはな。全く驚きであった」

「わたしはずっとあなたを倒すために旅をしてきました。あなたを倒せば終わりです。みんなが笑顔になれる世界が来ます」

「それがお前の望みなのか?」

「そうです」

「他を考える気は無いか?」

「ありません」

「外を見ろ」


 魔王が外を目で指し示し、サイリスはそちらを見た。ソアラも見る。

 町が炎で赤く燃えている。


「ここに笑顔はあるか?」

「ありません。何が言いたいんですか?」


 サイリスのやや不満気な瞳を魔王は表情を浮かべることなく見つめ返す。


「お前には他の才能がある。自分では気づいていないかもしれないが、全てを破壊し尽くし、闇の大地に君臨する。魔王となれる才能だ」

「話になりませんね」


 ソアラは一瞬寒気を覚えたが、サイリスの答えには迷いが無い。すぐに魔王の誘惑を跳ね除けていた。

 彼女はやはり勇者なのだ。真っ直ぐで曇りが無く純粋で優しい正義の心を持っている。ソアラは誇らしく勇敢で強い少女に心からの応援を送った。

 魔王は不気味に笑った。


「やはり我らは戦う運命にあるようだ」

「最初からそのために来ました」

「だが、これからの運命は……余がねじ伏せるとしよう」


 大広間に風が吹き、天井と壁が吹き飛んた。落ちてくる瓦礫と舞う土埃の中を、サイリスは全く動じること無く、ただ敵だけを見据えて立ち続ける。

 彼女の真上に落ちてきた瓦礫は触れることもなく、炎の力で溶かしつくされた。

 ソアラは眼前に立ち込める埃を手で追い払い、状況を見た。

 立ち上がった魔王の背後には、黒い巨大なロボットが姿を現していた。


「武器を作れるのは人間だけではない。余が生涯を賭して研究して作り上げたこのヘブンズサタンで勇者よ、お前を捻りつぶしてやろう」

「ならば、わたしはフェニックスの加護をこの身に纏い、あなたの野望を打ち砕きます」


 サイリスが剣を振り上げ、そこから昇る炎が巨大な人型を形作った。それは赤い翼を背に抱いた巨大な鳥人のロボットの姿をしていた。


「それがお前の本当の力か」

「これで世界を救います」


 お互いに乗り込み、大きな炎の剣と闇の剣が打ち合った。

 ソアラが驚きと興奮で見守る前で、世界の命運を掛けたロボット同士のバトルが始まった。




 町が燃えている。全てが火の海に呑み込まれ、そこにはすでに生きる物の姿は無い。

 その燃え盛る町の上空で、二体のロボットが激突する激しい戦いが行われていた。

 勇者のロボフェニックスと魔王のロボヘブンズサタンがお互いに剣で斬り結ぶ。どちらが優勢とも言えない互角の戦いが続いていた。

 数回のぶつかり合いを経て、魔王は視線を強くして、空に対峙する鳥人のロボットを見つめた。


「お前には運命が見えているのか? これから訪れる運命が」

「わたしはあなたを倒して世界を救います。その未来はすぐそこに来ています」

「ならば言っておこう。そんな未来は無いとな。余がねじ伏せるからだ。未来の可能性を今の運命ごとな!」


 魔王はパワーを溜めて渾身の一撃で剣を振るう。今までとは全く違う比類の無い強さだ。サイリスはロボットの剣を振り上げるが受け止めきれず、フェニックスは地上へと墜落していった。


「サイリス!」


 魔王に力負けした。それは当然かもしれないが、ソアラにとっては驚きの事態でもあった。

 ソアラは叫ぶが何も出来なかった。今はただ信じて戦いを見守るしか無かった。

 ヘブンズサタンの生み出す複数の闇の光球が地上へと放たれる。それらは地上に倒れたフェニックスへと着弾し、大きな爆発を起こした。

 地上に黒い光球が広がり、地面が罅割れ、円が穿たれていく。

 魔王は歪な笑いを浮かべて、空から地上を見下ろした。


「我が側近の言ったことは正しかった。占いなど大外れだ! 所詮は戯言。気にする必要は無かったのだ! 余の滅びる未来など無い!」


 だが、その笑いはすぐに硬直することになる。闇の円を貫き、赤い炎が立ち昇ったのだ。天まで届くようなその火柱の中から現れたのはフェニックス。サイリスの乗る勇者のロボットだ。


「わたしは倒れません。あなたを倒してみんなに笑顔を取り戻すまでは!」

「くっ!」


 飛び出すとともにフェニックスは腕を前に出して爪を出す。ヘブンズサタンは掴まれ、二体のロボットはともに地上の魔王城へと突入していった。

 二体のロボットが激突し、魔王城の壁が壊れ、ソアラの立っていた広間の横の地面を抉りながら通り過ぎていく。

 城内の壁を全てぶち抜き、反対側に出たところで、魔王は勇者の手を振り払った。

 ヘブンズサタンの手の平の目玉から漆黒のビームを発射する。それをフェニックスは翼を広げて旋回して回避した。

 お返しに放つ赤い炎弾を魔王は結界で防御する。


「お前のやる事は全て無駄だ!」


 魔王は一度離れ、勢いを付けて突撃した。サイリスは剣で受け止めるが押されていた。

 黒いロボットの中で魔王は笑う。


「余にも運命が見えたぞ。お前を倒し、全てを支配し、世界に君臨する未来だ。そこで余は言うだろう。恐れる物など何も無かったとな!」

「そんな未来は来させません!」

「お前には何が見える? それはどんな未来だというのだ?」

「あなたが滅び、みんなが笑顔でいられる幸せの世界です!」

「そんな未来は無い!」

「わたしが来させます!」


 フェニックスのパワーが増した。魔王が剣を押された違和感を覚えた瞬間、腕を斬り捨てられ、機体の周囲を炎が囲んだ。

 魔王は怯えに顔を歪めた。


「くうう! お前は何をするつもりだ!?」

「最初から決まっています。わたしは世界を救います!」

「そんなことはさせん!」


 魔王は黒い竜巻を周囲に向かって放つが、炎の勢いは止まらなかった。

 炎が黒いロボットを包み込み、フェニックスは剣を振り下ろした。

 魔王は残った腕で受け止めようとするがその手は届かず、ヘブンズサタンは炎に包まれながら地上へと墜落していった。

 サイリスは深く息を吐き、魔王の後を追って機体を地上へと下ろしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る