第48話 正義の機竜
外は晴れていた。
明るい昼の陽射しの降り注ぐ、良い天気だった。
魔王は滅び、世界は平和になったのだ。改めてソアラはその安らぎを実感していた。
城の広い中庭。それが見下ろせる見通しの良い二階の吹き抜けの廊下で、ソアラとサイリスは城の人達と一緒に王の準備が出来るのを待っていた。
隣に立つ兵士が言った。
「驚きますよ」
「?」
何にとソアラが訊ね返す暇は無かった。突如、地響きがし、城の中庭の地面が割れだしたのだ。
「なんじゃ!? 地震か!?」
慌てて柱にしがみついたのはソアラだけだった。サイリスが落ち着いて立ったまま言う。
「あそこが入り口になっているようですね」
「入り口?」
何の入り口かは知らないが、ソアラは少し身を乗り出して地面が二つに割れた中庭を見下ろした。黒い穴の底から何かがせり上がってくるのが見えた。
それは鉄の表面を太陽に眩しく反射させながら上昇していく。やがてそれを乗せた昇降機は地面と同じ高さまで上昇して停止した。
ソアラは口を大きく開けて現れた物を見上げた。
「大きいな」
前に地下で見た時も大きいと思ったが、完成して立ち上がった姿はさらに大きいと感じられた。
そんな巨大な鉄の竜の姿がそこにあった。
「これがロボットか」
「我が国の開発した武器に驚いていただけましたかな?」
王が自慢げな顔を見せてやってくる。ソアラはすぐに答えた。
「人間がこんな物を作れるとは凄いな!」
ソアラは興奮に目を輝かせる。その後ろでサイリスはただ礼儀正しく王に一礼しただけだった。
王は頷き、自分の自慢のロボットへと目を向けた。
「残念でなりませんな。このケツアルコアトルは邪悪な者と戦うために作った兵器。邪悪な者がいなければ動かすことも出来ません」
「いますよ」
「え!?」
予期せぬ一言。突然呟かれた声に誰もが言葉を失ってしまう。王もソアラも周囲の人達も声を発した少女を息を呑んで見つめた。
視線を集める中、サイリスは純朴な少女の微笑みと落ち着いた態度を全く崩すことなく言い切った。
「邪悪な者はまだいます」
「どこにじゃ?」
さすがの勇者の発言に周囲の者達がざわめき出す。ソアラもあわあわとしてしまった。
ざわめく群衆を前に、サイリスはただ冷静に答えた。
「今まで訪れた町にです」
「え???」
ソアラにはまるで理解出来なかった。そんな邪悪な者がどこにいたのか全く分からなかった。訪れた町にそんな者がいるなど全く気付かなかった。
サイリスは眩しそうに巨大な機竜ロボットを見上げた。
「その邪悪の者達が勇者が力を振るうべき相手かどうかは分かりませんが」
「何を言う! 邪悪な者がいるなら倒すべきだろう!」
王は唾を吐きながら言う。サイリスはただ冷静だった。少女の口はただ呟いた。その場の光景を。
「ロボットはそう判断したようですね」
「!!」
誰もが驚いて見上げる。驚いていないのはサイリスだけだった。
ケツアルコアトルが動いていた。その首をゆっくりと持ち上げ、口が開かれる。
「誰があれを動かしている!?」
王は慌てて臣下を問いただすが、それに答えられる者はいなかった。
ただ一人、勇者を除いては。
「あれは自動で邪悪な者を倒す兵器。そう仰られたのでは?」
「だが、邪悪な者はもういない……だろ?」
言っている間にも、竜の口内の砲塔にエネルギーが収束し、雷の力が放たれた。
空を駆ける眩く輝く閃光は、遠くの地平へと着弾し、大地を吹き飛ばし、空を赤く燃やしていった。
誰もが言葉を失う中で、サイリスはただ呟いた。
「あの村が燃えましたか」
その方向はソアラも来た方角だった。あの村というのは前に訪れたあの村なのだろうか。みんなが優しく迎えてくれた。ソアラにはわけも分からず見ていることしか出来なかった。
王がサイリスに掴み掛からんばかりの勢いで言う。
「なぜ冷静でいられるのだ。お前は!」
「あの竜はわたしと同じです。邪悪な者を倒したんです。まだ続くようですね」
「なに!?」
ケツアルコアトルが鉄色の翼を広げ、天空世界からエネルギーを吸収する。世界がある限りあれは永遠に活動し続け、悪を滅し続ける。かつて王が自慢してそう言ったように。
何度かの光線が発射され、空に黄金の光が走り、遠くの地平が赤く染まっていった。その砲塔が今度は自分に向けられて王は腰を抜かしてしまった。
「間違いだ! わしは何も悪くない! 誰か早くあれを止めろ!」
だが、すでにみんなは逃げていて、王の命令を聞く者はいなかった。サイリスはゆっくりと王に近づいて言った。
「こんな物を作ったあなたも悪人と言えるのではないでしょうか」
サイリスが剣を抜く。その瞳には何の感情も無かった。突きつける剣の刃に炎が走った。
王はただ腰を抜かしながら言うしか無かった。
「何のつもりだ……」
「悪を倒せとおっしゃられたので。あなたはわたしが倒していい悪なんでしょうか?」
「よせ! わしは違う!」
「そうですか」
サイリスはその剣で人を斬ることはしなかった。ただ剣を鞘に収め、踵を返した。
「おかしな……奴だ!」
王は息を吐くが状況は安心できるものでは無かった。その視界が黄金の閃光に包まれる。
サイリスに注意を奪われている間に、機竜に狙われていたことを失念してしまっていた。
驚くソアラを腕に抱いて、サイリスはその場から飛び去った。フェニックスが炎を引いて空へはばたく。
「なぜ、わしがあああ!」
この世の理不尽を叫びながら、王の姿は黄金の雷の中に消えていった。
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