第44話 勇者の旅

 勇者の旅は順調だった。サイリスの剣は真っ直ぐで怯むことを知らない。

 その勇敢な少女の活躍の前には、どんな魔物も立ちどころに切り伏せられ、訪れて解放された町の人々には笑顔が取り戻されていった。

 これが勇者なのだろうか。ともに旅をしながらソアラは感嘆していた。

 全く危なげという物を感じさせないサイリスの強い剣技には、神であるソアラさえも見とれさせるものがあった。


 それから数日後、人間の住む大陸で最大の国と言われる王国を訪れる機会があった。

 サイリスの勇名はすでにその国にも届いていて、訪れるなりいきなり王宮に招かれて、王様の御前でこの国最強と名高い戦士長と手合せすることになった。

 王様に紹介された戦士長は、鍛え抜かれた肉体と思慮深い眼差しをしたとても強そうな男だった。旅に出る前なら、こっちの方が勇者かもしれないとソアラは信じていたかもしれない。

 ソアラは心配になって一緒に旅をしてきた勇者の少女を見たが、サイリスは旅を始めた頃と同じ暖かい純朴そうな少女の微笑みを浮かべるだけだった。

 王様の御前で観客席に集まった国民達も見守る中、闘技場で二人の決闘者は向かいあった。

 戦士長は勇敢な少女を暖かく迎えながらも、その眼差しは決して油断を見せてはいなかった。


「勇者と聞いてどんな猛者が来るかと思ったが、あなたのような可憐な少女だったとはな」

「お手柔らかにお願いしますね。あ、一応本気は出してください。すぐに終わっても困るでしょうから」

「フッ、陛下の御前で手を抜く私ではない!」


 戦士長が剣を抜いて構える。豊富な経験と実力の高さを感じさせる堂に入った隙の無い構えだ。

 サイリスも素早く剣を引き抜いた。こちらは余裕のある微笑みを見せたまま、ただ適当に立っているだけのようにしか見えなかった。

 まさか殺しはしないだろうが。戦いの予感に盛り上がる空気の中で、ソアラは少女の無事を祈った。

 試合の開始が告げられる。その瞬間に戦士長が動いた。まだぼうっとして立っているだけのような小娘に向かって剣を伸ばしていく。

 ソアラは思わず息を呑んだ。観客席が静まり返る。

 勝負は一瞬でついた。神速の勢いで跳び出した戦士長の手から剣が撥ね飛ばされていた。

 剣を一振りし終えたサイリスはただ一歩だけを踏み込み、後ずさろうとした彼の喉元に剣を突きつけた。彼女の瞳は優しかったが、敵を見逃すような甘さは無かった。

 戦士長は唾を呑み込み、諦めて両手を上げた。


「降参です」


 たちまち観客達は賑やかに沸き立った。


「見事な勝負であった。勇者が現れたことを祝福しよう!」


 国王は驚嘆し、栄誉ある称号を彼女に与えた。彼女が認められることは、勇者として選んだソアラにとっても誇らしいことだった。

 その夜は国王主催のパーティーに招かれ、城の部屋で泊まることになった。

 豪華でふかふかのベッドに腰を弾ませ、ソアラは鏡の前で髪を梳いているサイリスに話しかけた。


「見事な勝負だったぞ。もし、負けたらどうしようとわらわは冷や冷やしてしまったわい」

「心配させてしまったのなら、わたしの責任ですね。もっと強くなれるように頑張ります」

「いや、お前はもう十分に強いぞ。人間の中ではもう最強だろう」

「ありがとうございます。この勝利に奢らず、魔王を倒すまで戦い続けますね」


 身なりを整え終えたサイリスは立ち上がって、ソアラの隣のベッドに腰かけた。ソアラは今日はもうくつろいで休むだけだと思っていたが、ドアがノックされた。


「どうぞ」


 サイリスが答えると、入ってきたのは戦士長と数名の兵士を従えた国王だった。真剣で真面目な顔をした彼を前に、サイリスとソアラも立ち上がって礼儀正しく迎えた。

 国王は言う。威厳のある優しい顔をして。


「お前は明日の朝旅立つのだろう」

「はい、こうしている間にも、魔王の侵攻は続いていますから」

「その前にお前に見て欲しいものがあるのだ。誰よりも強く、魔王を倒せる可能性を持ったお前にな」

「分かりました」

「では、ついてくるがいい」


 国王が踵を返し、サイリスが後についていく。国王の臣下達も後に続いた。

 ソアラは何も言われなかったが、ここで待っていてもしょうがない。ついていくことにした。




 廊下を突き当たって箱に乗る。この乗り物はエレベーターというらしい。不思議な乗り物に乗って地下まで移動した。

 着いたのはとても暗くて先の見えない部屋だった。とにかく広いということはソアラにも空気や雰囲気で伝わった。

 国王が手を上げて合図するとともに魔法の光が天井に灯っていく。部屋が明るく照らし出された。

 そこで見えた物を見て、ソアラは子供のようにびっくりし、さすがのサイリスも少し驚きに目を見開いていた。

 そこにいたのは長い首と胴体と尻尾を持った巨大な竜だった。巨大で長い竜が大きな翼を広げて佇んでいた。

 それはソアラの知るただの竜ではなかった。生き物ですら無かった。それは機械の竜だった。まだ建造中らしく、周りでは人々が装置を使いながら作業を進めていた。

 国王は威厳と賢さを感じさせる顔をして言った。


「驚いたかね。これは我が国で開発を進めている武器で、ロボットというものだ」

「ロボットというのか」


 興奮に目を煌めかせるソアラにも、国王は思慮深く答えた。


「天空に漂うエネルギーを雷のパワーへと変換して半永久的に活動することが出来、邪悪な者達を自動で判断して退治することが出来る。わしはこのロボットを古の雷竜の名を取ってケツアルコアトルと名付けた」

「ケツアルコアトルか」


 ソアラは手すりから身を乗り出してそれを見た。大きな機械の竜はまだ建造中だが、動くと何だか凄そうな予感はした。

 国王はさっきから黙っているサイリスに向かって訊ねた。


「それでどうだろう。勇者の目から見て、この武器で魔王を倒せると思うだろうか」


 ソアラは返事が気になって振り返る。国王と向かい合って、サイリスは答えた。彼女らしくなく珍しく困ったような顔をしていた。


「さあ、わたしは機械のことも魔王の力もよく知らないので。でも、頑張りはきっと報われると思いますよ」

「そうだな。いや、今回は来てくれて助かったよ。今日のところは十分に休み、また明日からの旅に備えるがよい」

「はい」


 サイリスとソアラは国王と別れ、再びエレベーターに乗って城へ戻った。

 赤い絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、ソアラは隣を歩くサイリスに話しかけた。


「人間達も魔王と戦うために頑張っているのじゃな」

「そうですね」


 微笑んで答えながら、サイリスは何か考えているようだった。それは戦いに必要なことなのだろう。

 ソアラは邪魔をしないように口を噤み、その日は同じ部屋のベッドで休むことにした。

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