第42話 天空世界の勇者


 空に浮かぶ複数の大地からなる世界。そこがソアラが神として君臨する天空世界だ。

 天空に浮かぶ大地で人々が平和に暮らしているその世界に、少し前から不穏な動きがあった。

 争いはどこの世界でも起こるものなのだろうか。

 魔王と名乗る者が魔物達の軍勢を蜂起させ、人々が平和に暮らす町に侵攻を開始したのだ。

 ソアラはこの世界を管理する神として、この動きを見逃すことは出来なかった。

 平和を守るために何か対処をしなければならない。

 だが、神が世界に直接手を出すわけにはいかなかった。大地はそこで暮らす人々の物だからだ。過ぎた介入は世界に破滅を招いてしまうだろう。

 そこでソアラは神として人々に神託を下すことにした。

 魔王と戦える強い力と邪悪の誘惑に屈しない純粋な正義の心を持った者に、世界を救ってもらいたいとメッセージを送ったのだ。

 やがて、その神の願いに答える者があった。

 ソアラは直接その者に会って確かめるために、空を飛んでその村へと向かった。




 平和で質素などこにでもあるのどかな村だった。近くの山には神に感謝と祈りを捧げる社があり、そこそこの人数の村人が暮らしていて、村は控えめながらもそれなりに発展していた。

 その村で暮らす人々はみんな働き者で、朝からみんな一生懸命に働いていた。

 そんな静かな村の一軒家。木造建ての屋内で、真面目で素朴な村娘が母に呼ばれていた。


「ちょっと畑のお父さんのところにお弁当を届けに行ってくれないかい?」

「分かりました」


 少女は嫌な顔一つ見せずに笑顔で答え、お弁当の入った袋を手に提げて畑に向かった。

 水車の回る小川を渡り、みんなが働いている田園風景の中を歩いていく。

 畑仕事の途中で声を掛けてくるおじさん達がいた。


「サイリスちゃん、またおつかいかい?」

「はい、お父さんにお弁当を届けに行くところです」

「サイリスちゃんは真面目だねえ。うちにお嫁さんに来て欲しいぐらいだよ」

「フフ、考えておきますね」


 少女はおじさん達の冗談に気さくに答え、畑の道を歩いていき、父の働いている場所へと辿り着いた。


「お父さん、お弁当ここに置いておくね」

「おう、あんがとさん」


 そんなどこにでもある日常風景だった。その村に神が舞い降りた。

 天からの光が社に降りるのを見て、人々は労働の手を止めてそちらを見て、サイリスもそれを見ていた。

 そして、彼女は優しい顔に柔和な笑みを浮かべたまま、来る物が来たなと思ったのだった。




「神が参られた。皆の者、集まるのじゃ!」


 長老の一声で村の者達はすぐに社の前へと集められた。

 信心深い村人達の前で、神がその姿を現す。神は金色の髪をした幼い少女の姿をしていた。

 元気いっぱいで威厳のあるその神の少女の前で、村のみんなが平伏した。

 ひれふす人間達の前で神は偉そうに胸を張って宣言する。


「わらわは天空世界の神ソアラである! 急な呼出しによく集まってくれた! さっそく話をしよう! この中にわらわの声を受け取った者がいるはずじゃ。前に出よ!」


 村人のみんながざわざわとざわめき出す。誰も神の前で嘘や冗談を言うような物知らずはいなかった。

 しばらくしてから、サイリスは真っ直ぐに手を上げた。


「あ、それ多分わたしです」


 みんながびっくりした顔をして素朴で純情そうな少女を見つめた。神もびっくりして、平然とした笑みを湛えている少女を見た。

 ソアラが驚くのも無理は無かった。彼女はどう見ても戦いとは無縁の優しい娘にしか見えなかったからだ。


「お前がそうなのか? わらわは魔王と戦える者を探しているのじゃぞ?」

「はい、曇りの無い清らかな心と戦う力を持った強い勇者を探しているんですよね? わたしにどれだけの事が出来るかは分かりませんが、頑張ります!」


 少女は前向きで溌剌とした瞳をしていた。誰も無理だとは言わなかった。

 長老は神に進言した。


「神よ、この者はこう見えて結構強いのです」

「強いのか!?」


 ソアラはびっくりして平和で純朴そうなその少女を見つめた。サイリスはただ微笑んでいる。度胸はありそうだ。怖気づいてはいない。


「力をお見せしましょうか?」

「いや、いい」


 少女が近くにあった木の剣を手に取って言った言葉に、ソアラは慌てて断りの言葉を述べた。

 見せる必要もなく、少女には神をも気圧させるような何か言いしれないオーラがあった。

 答えを受けて、サイリスはすぐにそのオーラを収めて、木の剣を元の場所に戻した。

 ソアラは言う。


「だが、良いのか? 魔王を倒す過酷な旅になるぞ。魔王を倒すまで村には戻れなくなるかもしれんぞ」

「でも、わたしが魔王を倒さないとみんな困るんですよね?」

「うむ、困る」

「なら、構いません。わたしはみんなが笑顔になれることをしたいんです」

「その志は立派だが……みんな、良いのか?」


 自分の一存では考えを纏めきれず、ソアラは判断を村のみんなに委ねた。

 村人達が長く沈黙する中、両親が言った。


「いつかこんな日が来ると思っていました。サイリスには人を惹きつけずにはいられない特別な力と才能があります。それは何かを成し遂げるためにあるのだろうと。それが私達で無いのは残念ですが……」

「それが子供の望みであるなら、わたし達は止めはしません。笑顔で送り出しましょう」


 村のみんなも決意と賛同に頷く。

 人間達は肯定的だった。本人や親も納得している。

 ソアラだけが迷いを抱いていたが、人間が決意しているのに神だけが退くわけにはいかなかった。

 ただ魔物に蹂躙されるだけではない人間の秘めたる強さを感じながら、ソアラは決めた。


「分かった……なら、明朝出発するとしよう。今日はたっぷりと休んで、朝になったら東を目指すのじゃ」

「はい、神様」


 サイリスの目にはこれからの未来を夢見る希望と目的を達成する自信があった。ソアラはそれを信じ、この世界の平和を彼女に託すことにした。




 ソアラは静かに遠い思い出のように語っていく。

 勇希と同じ湯船に浸かりながら、自分の知る勇者のことを告げていく。

 天空世界の勇者のことを。


「サイリスは本当によくやってくれた。お前のように勇敢で強く優しい勇者じゃった。旅先で困っている人が助け、暴れている魔物がいたら退治していった。最初は不安だったわらわもすっかりあいつの強さと優しさを信頼するようになっていった。旅は順調に進んでいった……」


 ソアラの語る話を邪魔しないように、また少女と一緒にお風呂に入っていることを意識しないように、勇希は静かに耳を傾けていた。

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