第41話 お風呂の時間
風呂に入ろうと決めたアリサは手早く服を脱いで湯船に浸かった。
今日一日を過ごした制服は使い魔が丁寧に畳んでハンガーに掛けた。
お湯は気持ち良くて、今日一日の疲れが取れるかのようだった。
「アリサ様、お着換えはここに置いておきますね」
「はい」
外から使い魔の声が聞こえてきて、短く答える。アリサは手元でお湯を掬った。
「この世界のお風呂も良いものですわね」
両手を伸ばすには狭いとは感じるが、居心地の悪さは感じない。
大きさはともかく質はこちらの世界の方が良いように思えた。水も綺麗だ。
アリサはゆっくりと湯船の気持ち良さを楽しんでから、体を洗うことにした。
石鹸を付けたタオルで優しく肌を擦っていく。
「今日は少し勇者に構いすぎたかもしれませんわね。黄金の鳥を直接探すことも考えた方がいいかもしれません」
誰に聞かせるでもなく、思考をまとめるために呟く。
「授業中なら勇者も手は出しにくいはず。でも……学校をさぼるわけにはいきませんわよね」
真面目なアリサは真面目に考える。学校の環境は悪くは無い。みんな親切だし、いろいろと教えてもらえる。
自分にとって都合のいい場所なら、すぐに捨てる必要は無いと思った。
「まあ、しばらくは様子を見ましょうか」
そう思いながら、シャンプーを手に取った時だった。
「アリサ様!」
いきなり扉が開いて使い魔が顔を出してきた。アリサはびっくりして手に取ったシャンプーと手で体を隠した。
「ぬあっ、何を入ってきているのですか! 閉めなさい!」
「はい、ただいま」
使い魔は入ってきて後ろで扉を閉めようとして……
「出ていけって言っているんです!」
「はいい!」
アリサが怒鳴ると使い魔は慌てて出ていった。それっきり戻ってこなかった。
「なんだったんでしょう」
まあ、話は風呂から上がってからゆっくり聞けばいいか。
夜の時間はまだまだある。アリサは今はお風呂を楽しむことにした。
勇希の作ったご飯をソアラとエミレールはそれぞれおいしそうに食べてくれた。
ソアラはうまあうまあともりもりと元気っこのように、エミレールは礼儀正しく物静かに食事を進めていった。
ソアラは食べ終わるなり早速、
「よし、ゲームの続きをするか」
ゲームの方に向かってしまう。
どんだけゲームが好きなんだろうか。勇希は思わず苦笑してしまう。
「神、自分の食べた皿ぐらい片づけたらどうだ」
エミレールが言う言葉も聞いちゃいない。エミレールは小さく膨れ面を見せた。
レアな表情が見れたなと思いながら勇希は彼女に声を掛けた。
「いいよ、お皿は僕が洗っておくから」
「いや、わたしが洗っておく。お前に何もかも頼るわけにはいかない」
「そう? じゃあ、お願いするね」
エミレールの決意が固そうなので、勇希は後の事を彼女に任せて先にお風呂に入ることにした。
ソアラのあの様子ではしばらくは動かないだろうと思えた。
思えていたのだが……
勇希はゆっくりと湯船に浸かった。
今日はいろいろあったし明日からもいろいろありそうだが、今日はもうゆっくりと休むことにしよう。
勇希はそう思っていたのだが、
「ん?」
何やら脱衣場の方ががちゃがちゃと騒がしくなった。
そして、扉を開けて入ってきた。全裸の金髪美少女が。
「勇希、わらわが遊びに来てやったぞー」
「ソアラ! 何で入ってきてるの!」
慌てて立ち上がろうとするがそれは逆にやばい。そうと気づいて、勇希は浮かせかけた腰を慌てて下げた。
見ちゃいけない金髪の少女から目を逸らし扉の方を見ると、恥ずかしそうに顔だけ覗かせるエミレールと目が合った。
「まさかエミレールも入ってくるの?」
声に期待が入ってしまったのを責めることは出来ないだろう。勇希も男の子なのだから。
感情が伝わったらやばかったが、エミレールはすぐに恥ずかしそうに唸ってその顔を引っ込めてしまった。ソアラは呆れたようにそちらを見る。
「魔王は仕方のない奴じゃな。まあ、勇希の相手はわらわだけでよい」
ソアラは扉を片手でばちんと閉めると、
「どぼーん!」
勢いを言葉に出して、湯船に飛びこむように入ってきた。勇希は慌てて足を下げて、彼女の入る場所を開けてやった。
「ちょ、ソアラ!」
「フフフ、さあ、楽しいお風呂遊びセットで楽しく遊ぼうではないか!」
ソアラの手には買ってきたばかりの楽しいお風呂遊びセットがある。
彼女はプラスチックのバケツをひっくり返して、その中の玩具の魚達を容赦なくぶちまける。
湯船にぷかぷか浮かぶ玩具の魚達。お風呂はたちまち水族館となった。
「釣り竿もついてるぞ、勇希。釣り竿―」
「まったく……」
ソアラは本当に無駄に元気なお子様だ。小さな玩具の釣り竿を楽しそうに回して遊んでいる。子供というものはこういうものだろうか。
勇希は賢明に彼女が女の子だという意識を追い出そうとする。
ソアラは魚を数匹釣ってまた放流する。遊んだ釣り竿を横に置くと、今度は浮かんでいる魚を手で沈めたり、ゼンマイを巻いて発進させたりする。
「勇希、こんなものもあるぞ」
「こんなもの? わぷっ」
答える勇希の顔にお湯がかかった。楽しそうに笑うソアラの手には魚の形をした水鉄砲があった。
勇希はもう手加減するのを止めた。彼女が女の子だろうと手加減は無しだ。
「やったな、この」
「わはは、それー」
楽しくじゃれあっていると時間はすぐに過ぎていくように感じられた。
元気なソアラも遊び疲れたのかやっとおとなしくなってくれた。
「どうしたの、ソアラ。もう遊びは止めにする?」
「ああ、そうじゃなあ」
その彼女が今度は神妙な口調で話しかけてくる。
「勇希、そろそろお前に話しておこうと思うのじゃ」
「え……」
勇希は彼女の目を見る。ソアラはもうさっきまでのように笑ってはいなかった。
何だか凄く真面目な大人びた顔をしていた。
彼女が神だということを勇希は改めて思い出していた。ソアラは言う。
「ずっと魔王がついていたからな。お前と二人だけで話せる機会を待っていた」
「ソアラ……何?」
少女の手がそっと勇希の頬に差し伸べられ、そこから肌を伝って胸元へと滑り下りていく。
「ひゃん!」
そのくすぐったさに勇希は思わず声を上げてしまった。ソアラは妖艶に微笑んだ。勇希がそう感じただけかもしれないが。
「お前がこの世界の勇者。なるほど強い志を感じる。あいつと同じか、それとも異なるか。そこまではわらわには分からんがな」
「ソアラ……何なの?」
ソアラの様子はおかしかった。訊ねると、彼女はそっと手を下ろして言った。
「なに、お前に話しておこうと思ったのじゃ。魔王のいないところで。勇者の話をな」
「勇者の話?」
「そうじゃ。お前とは違う、わらわの世界の……天空世界の勇者の話をな」
そうしてソアラはその話を始めた。
遠い懐かしい思い出を語るように。
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