第39話 二人と買い物に行く

 勇希はソアラとエミレールを連れて外に出た。外は夕方と呼べる時間を過ぎて薄暗くなりつつある。

 もうすぐ日没になりそうだが、さっと行って、寄り道や余計な買い物をせずにさっと帰ってくれば、星空が広がる前までには帰れるだろう。

 そう計算して、玄関に鍵を掛けて出かけることにする。

 目的地は近所のスーパーだ。いつもは自転車に乗って行っているが、今日はおともの二人がいる。

 まあ、別に歩いていっても特に遠い距離じゃない。ちょうどいい散歩ぐらいの物だろう。

「勇希、早く来い。置いていくぞー」

 ソアラが道も知らないのに先に行こうとする。その隣ではエミレールが振り返ってじっとしたいつもの無表情に近い顔をして待っている。

 いつもの彼女の顔だが、先に行こうとする意欲はあるようだ。少しそわそわした態度があった。

「待ってよ。ソアラは道知らないでしょー」

 勇希は急いで二人を追いかけることにした。


 夕方の徐々に暗くなっていく道を三人で歩いていく。

 とりあえず国道に出るまでは真っ直ぐ一本道だ。エミレールは隣を歩いているが、ソアラは時折こちらを振り返りながら子供のように先を駆けている。

「ソアラ~! あんまりフラフラしてると危ないよー! ちゃんと前を見てー!」

 言葉が届いているか分からないが、彼女は一応神を名乗っている。普通の子供のようにうかつなことはしないと思おう。

 そう信じたいなと思いながら勇希が前を見ていると、隣を歩くエミレールが話しかけてきた。

「勇希、お前と出かけるのはあの日以来だな」

「うん、そうだね」

 エミレールが言っているのは町を見せてあげると約束した日の事だろう。結局ソアラが降ってことで有耶無耶になってしまったが。

「あの黄金の鳥はどこに行ったのだろうな」

「さあ、ソアラに訊いてみれば」

「うん、そのうち。もっと仲良くなれてから訊いてみる」

 エミレールがそう決めているのなら彼女に任せておこうと勇希は思った。

 ソアラと知り合ったのはそれほど前のことでは無かったが、彼女がやかましかったせいか、随分と前の日のように感じられる。

 夕日のせいか、エミレールの顔はほんのり赤くなっているように見えた。

「エミレール、手を繋ごうか。道、危ないからね」

「うん」

 そうしてお互いにぎこちなく手を触れようとした時だった。前方で激しい車のクラクションが鳴る音がした。勇希とエミレールはびっくりして手を引っ込めて前を見た。

 見ると、ソアラが驚いて道の隅にどくところだった。そのすぐ傍には車が止まっている。勇希は慌てて駆け寄って彼女の無事を確かめた。

「ソアラ! 大丈夫だった!? どうもすみません」

 続いて車の運転手にあやまる。運転手のお兄さんは開けた窓から厳しい目で見てきた。

「兄ちゃん、子供から目を離したら駄目じゃないか。ちゃんと面倒を見なよ」

 返す言葉も無かった。勇希が頭を下げると、運転手はそれ以上何も言わずに去っていった。

「神のせいで勇希に迷惑を掛けた」

 エミレールの言葉には少し棘があった。また争いになるかと思ったが、ソアラの態度は殊勝だった。

「すまん……だが、驚いたぞ。いきなりすぐ背後で大きな音を鳴らされたのだからな」

 元気で怪我が無いのは結構なことだが、これ以上彼女を自由にさせておくわけにはいかなかった。

 勇希は隣にいたエミレールの手を迷うことなく取って、

「あ」

 彼女が短く呟く間にもう片方の手をソアラに差し出した。エミレールが何か小声でボソボソ言っていたが今はソアラだ。

「ほら、手を繋ぐよ。フラフラしてると危ないからね」

 ソアラは驚いたようにその手を見つめていたが、やがて決心したかのようにその手を掴んだ。

 勇希は彼女が一人で走っていかないようにしっかりと握った。初めて触った彼女の手は普通の少女のように暖かかった。


 勇希は二人の少女とそれぞれ右手と左手で手を繋いだまま国道に出て気を付けて信号を渡って少し歩いて、やがて目的地のスーパーに辿りついた。

 ソアラは興味を持ったようにその建物を見た。

「強固そうな建物だ。外敵からの攻撃に備えているのか?」

「そうかもね」

 勇希には分からないが適当に答える。右手のソアラに代わって、今度は左手のエミレールが訊ねてきた。

「ここで買い物をするのか?」

「そうだよ。じゃあ、入ろう」

 勇希は入り口でカートを押して、店内に入った。ソアラとエミレールが左右でついてくる。

 店にはそこそこ人がいたが、混んでいるというほどではない。店内は落ち着いたいつもの雰囲気だ。誰も今入ってきた少女達が神と魔王だとは思わないだろう。

 ソアラは大層興味を持ったようだ。

「勇希、店内を一周してきていいか? ここには強固な守りがあるから大丈夫だろう?」

「いいけど店の人達には迷惑を掛けないでよ。エミレール、ソアラの面倒を見ていてくれる?」

「分かった」

「じゃあ、行くぞ。魔王!」

「ああ!」

 言ったのにソアラはダッシュで行ってしまう。エミレールは急いでその後を追っていった。  

 見送った後になって心配になったが、エミレールがいるから大丈夫だろうと思うことにして、勇希は自分の買い物をすることにした。

 二人が何が好物でどれぐらい食べるかは分からないが、いつも通りの料理を多めに作れば大丈夫だろうと考えて、食品を籠に入れていく。

 プリンやバナナも買っておこうと思って、それも入れる。猿のようなソアラにはバナナがお似合いかもしれない。想像すると少し吹いてしまった。

 慌てて笑いを抑え、買う物はこれぐらいでいいだろうと思ったところで、ソアラが走って戻ってきた。エミレールも後についてきた。

「勇希、これも買ってくれ」

 そう言ってソアラが差し出してきたのは、プラスチックの玩具のバケツに玩具の魚達が集まった子供向けの玩具だった。

「楽しいお風呂遊びセット? こんなの買ってどうするの?」

 ソアラは子供に見えるが、こんなので喜べるほどの子供なのだろうか。疑問に思ったが、

「楽しく遊べるのだろう? ならば楽しく遊ぼうではないか!」

 ソアラはとってもいい笑顔だった。その輝くような神だけど天使らしい笑顔を見ては、勇希はまあいいかと思ってしまった。

「いいけど、エミレールは何か欲しい物ない?」

「わたしは別にない」

 と言われてもソアラにだけ買うのも不公平だろう。

 勇希はさりげなく玩具のコーナーに回って、将棋の玩具に目を付けた。

(そう言えばアリサちゃんが将棋やってたっけ)

 思いながらそれを手に取った。安い玩具で値段も手頃だ。いつかアリサと戦うのなら有効な手になるかもしれない。何となくそう思う。

「エミレールは将棋をやってみるつもりは無い?」

「お前の仲間が魔女を食い止めているというあれか」

「うん、あれだよ」

 その認識は少し違うが、まあそう受け止められても別に問題は無いだろう。

「将棋なら僕も教えてあげられるよ」

「お前が教えてくれるなら、わたしもそれを知りたい」

「うん、じゃあこれも買っていこう」

 そうして、勇希はそれも籠に入れてレジに向かった。

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