第38話 魔女は危険なのか

「よし、4位だ!」

 勇希の操作するキャラクターのカートが4位でゴールする。

 少しはゲームの練習をしないと話にならない。そうソアラに判断されて一人用で走っていた勇希は何回目かのゴールでガッツポーズをした。

 順位は徐々に上がり、コースのライン取りは上手くなり、操作やアイテムの使い方にも慣れが出てきた。

 隣に座って弟子の修行を見ていたソアラは穏やかに息を吐いた。子供の成長を見守った母のような顔をして言う。

「お前もやっとリトライせずに100CCを進めるようになったなあ。もう少し練習したらわらわと勝負しよう」

「望むところ! ……って!」

 勇希はハッと気が付いて壁に掛けてある時計を見上げた。

 いつの間にか時計の針が結構回っていた。

 今日は家の様子が気になっていつもより早足で帰ってきたのに、ゲームに集中しすぎて危うく夜が更けるところだった。

「いけない! 晩御飯の用意をしなくっちゃあ!」

 窓の外を見る。

 少し薄暗くなってきていたが、幸いまだ日は出ている時刻だった。太陽は山に掛かっているが、日さえ出ていれば問題は無い。

 夜のなるとこの辺りは結構暗くなるので出かけるのが面倒になってしまう。明るいうちに用事を済ませておきたい。

「ソアラ、悪いけど僕には用事があるから」

 勇希はコントローラーを床に置いて立ち上がった。隣にいるソアラが座ったまま見上げて訊いてくる。

「もうゲームを止めるのか? まだこれからじゃろう?」

「僕もやりたいところだけどね。ご飯を買いにいかなくちゃ。ソアラもエミレールもパン一つじゃ足りないでしょ?」

 エミレールの方を振り向くと彼女は頷き、ソアラは何かを考えているようだった。

 その考えがまとまったのか、金髪の少女は再び顔を上げて言った。

「お前は忘れているかもしれんが、魔女のアリサがわらわを狙ってこの世界に来ているのだ。使い魔を追い返した勇希のことも奴ならすでに掴んでいてもおかしくはない。うかつに出歩くのは危険じゃぞ」

「うん、アリサちゃんが来ているのは僕も知っているよ」

「ちゃん?」

 ソアラが不思議そうに首を傾げ、エミレールが顔を上げた。勇希は慌てて弁解した。

 勇希はそれほどアリサのことを危険な少女だとは思っていないが、ソアラは必要以上に彼女を警戒しているようだ。下手に刺激しない方がいいと思い、勇希は話のハードルをソアラに合わせることにした。

 上手く言おうと考えながら発言する。

「うーん、魔女のアリサは僕の学校に来たんだ」

「学校に? やはり奴はもうこちらのことを掴んでいるのか?」

「それは分からない。でも、すぐに何かを仕掛けてくる様子は無かったよ」

「それが奴のやり方なのじゃ。気を付けろ。気が付けば奴はすぐ傍に迫ってくるぞ」

「うん、気を付けるよ」

 ソアラの迫真の言葉に、勇希は気圧されながら頷いた。

 友達の危険を感じたのか、エミレールが静かに強い決意の籠った言葉を掛けてくる。

「いざとなったら、わたしがデスヴレイズを出す。勇希のゴッドジャスティスも強いから大丈夫だ。魔女一人ぐらい叩き潰せる」

「それは出来れば遠慮して欲しいかな」

 エミレールの言葉はとても心強いが、出来れば止めて欲しいところだった。この世界で騒ぎを起こしたくないし、ロボットを出して叩き潰してはアリサと彼女を慕っている人達が可哀想だ。

 勇希は事態を不安視するソアラを安心させるように笑みを浮かべて言った。

「大丈夫だよ。この世界の僕の仲間達も強いんだ。実は今悪い魔女は僕の仲間達が食い止めているんだよ。なるべく穏便に事を済ませるためにね」

 その発言には神である少女もびっくりしたようだ。目を丸くしてソアラは言った。

「お前の仲間が? 信用出来るのか? いや、そんなことは問題ではない。アリサには人を魅了して従わせる能力がある。わらわの世界の民達も奴にはまんまと騙されたのだ。お前もいつ裏切られるか分からんぞ」

「大丈夫だよ。将棋部はとても強いんだ。魔女もたじたじだったよ。少なくとも今日一日は食い止めてくれると信じて僕は帰ってきたんだ」

「お前が信じるならわたしも信じよう」

 エミレールが納得してくれて、ソアラは少し考えて、

「分かった。お前がそこまで言うならわらわもお前の仲間達を信用しようではないか」

「さすが神様」

 ソアラが納得してくれて、勇希は晩御飯を買いに行こうかと出かけようとしたのだが。

 ソアラはいきなりゲーム機の電源を切って立ち上がった。まさか彼女が自分からゲームを止めて立ち上がるとは思っていなかったので、勇希はめちゃくちゃびっくりして立ちすくんでしまった。

 彼女が次に口を開く時まで硬直してしまっていたかもしれない。

「何を驚いておる。魔女はお前の仲間達が食い止めているのだろう? ならば、わらわも行くぞ。晩御飯を買いに」

「いいけど、いいの? 僕は買い物に行くんだよ?」

「お前はわらわの世界には市場が無いとでも思っておるのか?」

 神様にジト目を向けられてしまう。エミレールの方を見ると彼女も出かける準備をしていた。

「行っていい場所なら、今度こそわたしはお前と一緒に行きたい」

「いいけど、デスヴレイズは出しちゃ駄目だからね」

「お前がこの世界で騒ぎを起こしたくないのは分かった。それにわたしも静かに見たい」

「じゃあ、行こうか。みんなで」

 と言うわけで、三人で近所のスーパーまで買い物に行くことにした。


 その頃、将棋部では

「ムムム~~~~」

 アリサが難しい顔をして盤面を見て渋く唸っていた。

 打ち始めて教えられて、飛車が強い駒だと言う事はすぐにアリサにも理解できた。しかし、この状況は。

 唸るアリサの前で、部長が眼鏡を光らせながら無情な言葉を告げる。

「王手だよ。アリサさん。早く王を動かしたまえ。それとも王がどれだか分からないのかな?」

「くっ……!」

 アリサは屈辱で歪んだ声を発し震える指先で王の駒を摘まみ上げ、隣へと

「わたくしは……王のためなら喜んで犠牲にも……」

 打った。

「ふむ」

 部長は一つ頷き、軽い指先で駒を摘み上げ、アリサの飛車を容赦なく取ったのだった。

 魂の抜ける気分などとは始めて味わった感情かもしれない。アリサはしばらく呆然としてしまった。思考を何よりも重視する彼女としてはありえない失態だった。

 見ていた良美はさすがに文句を言った。

「部長、アリサちゃんは初心者なんですよ。少しぐらい手加減してくれても……」

「僕は手加減はしているよ」

 良美を見上げる部長の言葉はいつになく力強く、さらに文句を言おうとした彼女は言葉を呑み込んでしまった。

 部長は再び盤面に目を戻した。

「ただ負ける気がないだけだ。彼女は強いよ。これから教えればもっと伸びるだろうね」

 満足気に笑む部長の前で、アリサは静かに暗い瞳を上げた。

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