第34話 我ら帰宅部 4
学校のある都市部を離れ、帰宅部のメンバー達は山道に入った。
駿を残してきてしまったが、立ち止まるわけにはいかなかった。彼自身、みんなを行かせるために頑張ったのだから。
思いを受け取って先に進む。
なだらかに広がるこの丘を越えれば、住宅街だ。家に帰れる。
「みんな、もう少しだ」
高志は自分も気力を振り絞りながら、二人を鼓舞した。
駿という大きな犠牲を払ってしまったが、雪菜もミアもまだ気力を失ってはいなかった。
「うん」
「頑張りましょう」
二人の心強い返事を聞いて、高志は空を見上げる。
空はどこまでも平和で青く、旅の成功を予感させるものだった。
<アニメの時間に間に合いそうだ>
高志がそう思った時だった。
地響きを立てて山道の向かう先に何か大きな物体が現れた。長く伸びる円筒形の筒が太陽の光を跳ね返す。その根元にあるのは緑の小山のようにも見えた。
近づいてくるとともに地面の揺れと音が激しくなる。
「何だあれは!」
「キャア!」
「危ないです!」
地響きに揺れる地面と不快な大音量に転びそうになるのを耐えながら、一同は相手の正体を見た。
戦車が現れていた。
キャタピラを轟かせ、山道を登った先から、上位者が見下ろすかのように砲身が向けられてくる。狙われているのは帰宅部だ。
戦車が前進を止めたことで音は収まったが、誰も動くことが出来ない。戦車に狙われているのだから当然だろう。ただの学生に過ぎない高志達にこの場の対処法など分からなかった。
動けずにいると、戦車から通信で声が掛けられた。
「学校に戻りたまえ。今は部活の時間だろう。フッ、風紀委員も存外に使えんものだ」
傲慢な支配者のようなその声を、学校にいるものなら誰も知らないはずがない。全校集会でよく聞いていた。生徒会長の声だった。
雪菜もミアも挫けそうに膝を震わせて、疲れた息を吐いた。
「生徒会まで出てくるなんて」
「どこまでわたし達を帰したくないんでしょう」
みんな諦めそうになっている。この状況はいけない。高志は負けまいと力を振り絞って声を張り上げた。
「学校に戻るわけにはいかない。僕達には家に帰らなければならない理由があるんだ!」
勇気を奮い立たせる高志の言葉に、雪菜とミアも再び闘志を燃え上がらせた。
「学校のルールに縛られる私達じゃないのよ!」
「わたし達は自由です!」
「ならばそれも良かろう。だが、発言には責任が伴うことを忘れるな」
もしかして生徒会長は自分達を見逃してくれるのだろうか。そんな甘い期待が帰宅部のメンバー達に広がった。
だが、その期待はすぐに裏切られることになる。高志はいち早く気づいて後ろに跳んだ。
「いけない! 後ろに下がれ! 跳ぶんだ!」
高志の指示で雪菜とミアも後ろに跳んだ。
「そちらがその気ならこちらも自由にさせてもらうぞ。ファイア!」
直後、戦車の砲塔が火を吹いた。吹き上がる爆風。飛んでくる砂利が身を伏せる高志達の体を叩いた。
高志は立ち上がって抗議した。
「生徒を戦車で撃つなんて。そんな行為が許されると思っているんですか!」
「許されない行為をしているのは誰か。君は分かっていないのかね? ルールを破る者に情けは不要。私は風紀委員のように甘くはないぞ」
「くそったれ!」
「任せてください!」
ミアが銃を撃つ。だが、それは戦車の装甲には全く通用せず、跳ね返されるだけだった。
「銃が効かないです!」
「しょせんは玩具だな。本物を食らうがいい! ファイア!」
生徒会長が笑い、戦車から発射される砲弾が次々と地面に着弾、爆風で帰宅部を責めたてる。
直撃をさせないのは優しさからではない。ハンターが狩りを楽しむように、生徒会長は今の状況を楽しんでいるのだ。
高志には打つ手がなかった。この場を逃げようとすれば、生徒会長は容赦なく追い立て、直撃を狙ってくるだろう。獲物を追い詰めたハンターのように。
「ごほっごほっ」
爆風に雪菜がせき込んでいた。ミアは心配そうに彼女の背をさすってやっていた。
打つ手はない。道は一つしか無かった。降参して部活をするという道しか。
高志が苦渋の決断をしようとした時、ミアの手がそっと高志の手を握った。優しい暖かい手だった。
「ここはわたしに任せてくださいです」
「何をするつもりなんだ」
高志はミアのことはよく知らなかった。
休み時間にいつも陽気にヘラヘラと笑っている外国人とぐらいにしか。
だが、その時のミアの瞳はいつになく真剣で。高志は嫌な予感を離すことが出来なかった。
ミアの手が離れる。彼女は爆風に煽られながら戦車に近づいていく。高志はどうすることも出来ず、彼女を見送った。
生徒会長は一人で近づいてくる哀れな小動物に向かって声を掛けた。
「ほう、降参する気になったのかね?」
「フッ、帰宅部に降参の道はありません!」
ミアは上着を跳ね上げた。その下には多くの玩具の爆弾が巻き付けてあり、ミアはその全てに火を付けてダッシュした。
「銃が通じなくても、この威力なら!」
「よせ! 奴を近づけるな! ファイア!」
焦った生徒会長の声とともに砲弾が叩き付けられるが、それはすでにミアの背後だった。爆風の威力に乗ってミアは戦車に飛びついた。
生徒会長は恐れ慄いた。そこにいたのは獲物に牙を剥かれたハンターの姿だった。
「止めろ! 帰りたければ帰っていいから……」
「高志、雪菜、また明日学校で」
振り返るミアの笑顔と言葉は、吹き上がる赤い炎の中に消えていった。
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