第33話 我ら帰宅部 3

 雪菜の紹介した人通りの無い薄暗い道を、帰宅部のメンバー達は進んでいく。

 ここはメインの通りからは外れた裏道だ。特に用事もなく好き好んで来る人はいないだろう。

 見つかりたくない事情でも無ければ。

 高志が緊張に身を潜ませながら歩いていると、後ろの駿が小声で世間話のように話しかけてきた。


「お前の見たいアニメってそんなに面白いのか?」


 友達の質問に、高志も気楽さを意識しながら返す。


「ああ、しかも今日が最終回なんだ。俺はどうしてもリアルタイムで見たいんだよ」

「それは何としても帰らないとな」

「駿の猫もそんなに可愛いのか?」

「ああ、目に入れても痛くないほどさ。お前にもいつか紹介してやるよ」


 軽い友達同士の雑談を交わして、強張っていた高志の緊張も和らいだ。駿も微笑みを浮かべた。

 警戒は必要だが、過剰な緊張をしていては身が持たないところだった。

 帰宅の道が思ったよりも順調に進んで、帰宅部のメンバー達にも安らいだ空気が出てきていた。

 だが、そこで不意に何か異質な物が近づいてくるのを感じて、高志は仲間達にストップの指示を出した。


「待て。何か来る。物陰に隠れるんだ」


 誰も反対などしない。速やかに行動する。

 建物の陰に身を隠しながら、高志は異変の正体を探った。右から左、そして上へと注意を飛ばす。

 狭い路地裏に空は僅かに見えていた。高志は感じた。

 最初は空気の揺らぎかと思った。だが、それはすぐに音となって現れた。

 ヘリの近づいてくる音がする。

 みんなは緊張に息を呑み込みながら、建物の陰に出来るだけ身を顰め、それが来るのを待ち受けた。

 ヘリコプターが現れ、頭上を通り過ぎていく。その機体には見覚えのある校章が付いていた。

 見間違えるはずが無い。毎日見ている高志達の通っている学校の校章だ。それに並んでいるのは騎士と剣が描かれたマーク。


「風紀委員が動き出したか」

「俺達が抜けだしたのがバレたのか」

「いずれはバレると思っていた。でも、ヘリを出してくるなんて」

「敵は本気です。それにあの方向は」

「俺達の帰る方向だ。まずいな」

「急ぎましょう」


 風紀委員は学校の規則を守らせる法の番人だ。

 彼らの動き出した理由など考えるまでもなく分かった。

 相手より先んじるために。家に帰るために。高志達は急いだ。




 路地裏を抜けて駐車場に出る。

 慎重に事を進める時間は無い。風紀委員が防衛網を築く前に、家に帰りつかねばならない。

 ヘリコプターの音は遠くまで去っていって、聞こえなくなっていた。風紀委員はおそらく遠くの家のある住宅地の辺りまで行ったのだろう。

 だから、この辺りはまだ安全のはずだ。

 そう思ってしまったのが誤りだった。駐車場を横切ろうとした帰宅部のメンバー達は不意を突かれてしまった。


「待ちたまえ、諸君」


 有無を言わせぬ正義を執行する者の声が掛けられた。帰宅部のメンバー達は止まるしかなかった。

 彼らの前に立ちはだかったのは、学生服を几帳面なまでにきちんと着こなし、腕に腕章を付けた男達。風紀委員。

 その先頭に立つのは風紀委員長の修一郎だ。

 竹刀をアスファルトの地面に立て、威風堂々とした隙の無い立ち方をしている。帰宅部のメンバー達は誰も動くことが出来なかった。

 彼は重々しく厳粛に正義の言葉を告げる。そこには一切の慈悲はなく、ただ正義の審判だけがある。


「どこに行こうというのかね? 今は部活の時間のはずだろう」

「家に帰るんだよ。俺達は帰宅部だ」

「そのような部活の存在は認められてはいなあああああい!!」


 修一郎の発した場を揺する声の衝撃波だけで帰宅部のメンバー達は吹き飛ばされそうになってしまう。

 アスファルトの地面が震え、駐車場に止めてある車の窓もビリビリと振動した。

 だが、耐える。それぞれにやらなければならないことがあるから。

 高志は足を前に踏み出し、正義の執行者に向かって宣言する。


「だが、帰らせてもらうぜ。たとえ、あんた達と戦ってでも!」


 高志の意思の強さの宿った宣言に、駿と雪菜とミアも眼差しを強くして頷いた。

 修一郎は一顧だにしなかった。しょせんは弱者の戯言とばかりに、竹刀を構えて踏み込んできた。


「そのような行為は認められていない。部活をするのは生徒の義務である。規則を守らせるのが風紀委員の務め。破る者には制裁するのみ!」


 風を纏ったかのように一瞬のうちに接近する修一郎。振り下ろされる竹刀を受け止めたのは、高志の前に素早く飛び出した駿だった。


「駿!」


 高志はびっくりして友の姿を見た。

 さすがのスポーツが得意な駿でも苦しそうに口元を歪めた。だが、あきらめてはいない。修一郎は興味をそそられたように相手を見た。でも、それも一瞬のこと。


「ほう、我が剣を受け止める奴がいるとはな。だが、正義の前に敵は無し! ただ断罪するのみ!」


 竹刀に込めた力が強められる。修一郎の剣に押さえつけられる駿の体勢が僅かに下がり、アスファルトに罅が入った。竹刀から発せられる風が舞い、風圧が駿の腕を傷つける。だが、駿は怯まない。


「行け! 高志! ここは俺に任せとけ!」

「でも、駿には猫の世話が……」

「あいつならきっと待っていてくれるさ。寂しい思いをさせちまうけどな。だが、アニメは見逃したら終わっちまうだろう!」

「駿、済まない……」

「今のうちに!」


 雪菜が素早く叫ぶ。離脱しようとする彼らの姿を横目に修一郎は舌打ちした。


「くっ、させるか!」

「させないのは俺の方だ!」


 注意のそれた一瞬の隙に、駿は竹刀を弾き返した。闘気を纏って拳を構える。


「よそ見している暇なんて俺は与えないぜ」


 その鬼気迫る姿に、修一郎は認識を改めて竹刀を構えた。


「こいつの相手は僕がしよう。我が精鋭たる風紀委員達よ、残りの奴らを取り押さえるのだ!」


 部下達を動かすことを選び、修一郎は駿と真っ直ぐに向かい合った。

 進もうとする高志達の道を指令を受けた風紀委員達が塞ごうとする。だが、その前に銃弾がばらまかれ、彼らは立ち止まった。

 高志と風紀委員達は驚いて銃弾の出元を見た。

 ミアが腰から銃を抜いていた。あまりこのような行為はしたくなかったのだろう。彼女は少し戸惑いながら口元に笑みを浮かべた。


「玩具の銃ですが、当たると痛いですよ!」

「たかが玩具だ! 取り押さえろ!」


 風紀委員が激を飛ばし、再び行動を開始しようとするが、高志達にとってはその一瞬の隙で十分だった。

 帰宅部のメンバー達は包囲網を突破して、その戦線を離脱した。

 修一郎は苦々しく見送った。彼の眼鏡の奧の瞳には静かな怒りがあった。その迫力を駿にぶつけた。


「やってくれたな」

「まだ終わってないぜ」

「すぐに終わることになる。まずはお前を粛正する!」


 修一郎が風を纏った竹刀を繰り出し、駿の拳と激突する。

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