第30話 部活に行く
勇希にとってアリサとは、ソアラから危険な魔女だと忠告されている警戒する対象だった。
そんな危険人物だとは思えないが、家に帰る前に何か安心できる材料が欲しい。
そう思いながら教室に残っていたのだが。
良美から一緒に行かないかと誘われてしまった。戸惑っている様子のアリサと目が合ってしまった。友達からも一緒に行こうと誘われた。
断る理由は特に無いなと思って、席を立つことにした。
「部室はこっちだよ、アリサちゃん。勇希君達もあたしに付いてきてね」
良美に手を引っ張られてアリサは廊下を歩いていく。
二人の後ろを勇希と正太は並んでついていく。
魔女が何かしないかと勇希は様子を伺っていたが、アリサはただ良美に手を引っ張られるままに歩いているだけで、彼女が何かをしようとする素振りは無かった。
彼女自身、今の状況に戸惑っているようだった。
勇希が歩きながらアリサの後ろ姿を見ていると、隣の眼鏡の友達が話しかけてきた。
「良美ちゃんが何の部活に入ってるか知ってる? 将棋部だよ。頭の良いアリサちゃんのことだからきっと凄い将棋を打つんだろうなあ」
「それは楽しみだね」
そこから何か彼女の考えが見えるだろうか。
ソアラが知略に優れた魔女だというほどのアリサの実力。それがどれほどの物なのか、将棋から伺えるかもしれない。
見逃さないようにしようと思いながら、勇希は良美に引っ張られる魔女の後姿を見つめた。
廊下を歩いて、やがて部室に着いた。将棋部とプレートに書いてある。
良美はアリサの手を握ったまま、意気揚々と元気いっぱいに扉を開いた。
「有望な新人を連れてきましたよ。部長!」
「うむ」
良美の言葉に眼鏡を掛けた堅苦しそうな人物が答える。彼が部長。
アリサがメンバー集めの段階かと予想した通り、部室では数人がパチパチやっているだけであまり流行っているようには見えなかった。
「あまり流行ってないでしょう?」
良美に思っていることを言い当てられてアリサは気まずさを感じてしまう。だが、彼女は別に悪気があるわけでも思考を読んでいるわけでも無かった。
「でも、これからは変わるからね。頭が良くて美人のアリサちゃんが入ってくれれば、我が部の評判はうなぎのぼりだよ!」
「そこに座りたまえ」
「はい」
部長に言われるままに指示された場所に向かうアリサ。アウェーの空気にやや緊張に身を強張らせながらも綺麗な姿勢で座る。
綺麗な人はそれだけでも絵になる。
噂の美少女転校生がどれほどの実力を持っているのか。みんなの注目が集まった。
部長は眼鏡を光らせながら、その奥の瞳をしっかりとアリサに向けた。勝負に一切の甘さも見せない、厳しい者の視線だ。
「君はとても頭が良いそうだが、将棋はそう甘くはない。まずは君の実力を見せてもらうとしよう」
部長は次々と盤面に駒を並べていく。だが、アリサは膝の上に手を置いたまま動かなかった。怪訝に思った部長が駒を並べる手を止めて見上げた。
「君は並べないのかね?」
アリサはどういう行動を取るのだろう。勇希は様子を伺っていたが、彼女はぎこちなく良美の方を見上げた。
「良美さん、これは何なんでしょう?」
「将棋だけど?」
彼女は柄にもなく汗を掻いているようだった。良美も驚いたようだった。
「アリサちゃん、もしかして将棋知らないの?」
「はい、囲碁の本ならあったのですが」
「囲碁がなんだーーーーーー!!」
部長がいきなり吠えた。さすがのアリサもびっくりしたようだった。何とか自分の知識で似たような物を照らし合わせ、弁明を計る。
「あ、でも、カードを並べるのなら。スタンドアップとかヒールトリガーとか……ありましたよね!?」
「ヴァンガードじゃねえわ!! 我々のやっているのは将棋! そう、将棋なのだよ!!」
「将棋……」
アリサはごくりと息を呑み込んで盤面を見つめた。部長の側には並べる途中の駒があり、アリサの側は真っさらなままだ。
将棋には詳しくないアリサだったが、このままの戦況がよろしくないことは理解出来た。
部長は落ち着いて座り直すと、駒を並べるのを再開した。
「同じように並べたまえ。君は頭が良いそうだからね。今日一日はたっぷりと教えてあげよう」
「え、でも、わたくしにはやる事が」
「問答は無用である!」
アリサの言葉を部長は一刀の元に斬り捨てた。
「経緯はどうあれ、君は将棋部の門を叩いたのだ。何も学ばずして立ち去ることは許されぬものと思え」
「良美……」
涙ぐみそうになりながら助けを求められても彼女は助けはしない。
アリサを連れてきた将棋部の部員というのが彼女の立場だ。ガッツと拳を握り、友達にエールを送る。
「大丈夫だよ。アリサちゃんなら出来るよ」
「でも、わたくしは……」
泣きそうな目で見られても、勇希にも何もしてやることは出来ない。
むしろ将棋部が魔女を引き留めてくれるなら大歓迎だ。自分は安心して帰ることが出来る。
そろそろ家の様子も気になってきた。だから、心から彼女を応援してやることが出来た。
「大丈夫。せめて今日一日、頑張って」
「アリサちゃん、ファイトだよ」
正太もエールを送った。
アリサは頭の良い生徒だ。それはみんなが知っていた。
だが、彼女は自分にとって必要な知識を手に入れることは好きでも、どうでもいいことまで知りたいわけではなかった。
でも、仕方なかったので……
駒を取って盤の上に同じように並べる。
「向きはこちら側だ」
「はい……」
部長に言われて置いた駒を180度回転させる。
「飛車と角の置く場所が逆だ」
「はい……」
言われて、場所を入れ替える。
「では、始めよう」
「よろしくお願いします」
静かな部室に駒を指す音がする。
最初は気乗りしない様子のアリサだったが、次第にのめりこんできたようだ。
彼女は元から頭が良いし、集中力もあった。部長の言う事を素直に聞いていた。
この分だと今日は大丈夫そうだ。
勇希は少し様子を見て、帰ることにした。
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