第29話 午後の授業 そして放課後

 昼食後の授業はかなり眠たい。

 勇希は熱心に話し続ける先生の声と黒板を叩き続けるチョークの音を聞きながら、今とこれからのことを考えた。

 アリサがソアラを狙ってきた魔女だという確信はかなり深まったが、それにしても彼女は何の目的で学校に来ているのだろう。

 授業で何か得る物があるのだろうか。

 特に悪人のようにも思えないし、ソアラが危険視するほどの人物のようにも思えなかった。

「知略と美貌で民達を籠絡した魔女か」

 可愛いことは可愛いし頭も良いんだろうけれど、彼女がそれほど悪意のある人間とは勇希には思えなかった。

 本人に事情を聞ければ楽なのだろうが、わざわざソアラが危険だと忠告している人物に踏み込んでいく行為を勇希は選ばない。

 何事も起きなければそれがいい。今は授業中だ。勇希は学生として授業に意識を戻すことにした。

 そうして時間は過ぎていく。

 

 何事も起きないまま授業を受けて過ごし、放課後になった。

「……はっ、もう放課後!?」

 眠たくなる授業にうとうとしかけていた意識を戻し、アリサは驚愕していた。

「ええと、今までにやったことは……」

 改めて今日のことを振り返る。

 学校に転校生として来たのが今朝のことだ。

 勇者と目される人物から何か尻尾を掴み、あわよくば味方に引き込めれば都合が良いと思ったのだが、彼は結局何もしようとする素振りも見せなかった。

 黄金の鳥と接近しようとする様子も見せなかった。

 では、彼は何をしに学校に来ているのだろう。この学校に何かあるのだろうか。

 考えている間にも生徒達は帰り始めていく。教室から人が減っていく。幸いにもターゲットはまだ教室内にいる。

 本人に聞ければ楽なのだろうが、まさか黄金の鳥とはどういう関係でどこにいますかなどと馬鹿正直に訊くわけにはいかない。

 相手を警戒させるだけだし、逃げられでもしたら最悪だ。

 このままでは何も達成できないまま一日が終わってしまう。何のために学校に来たのか分からなくなる。

「こうなったら、こうなったら……」

 アリサは頭をフル回転させる。

「放課後だ……放課後といえばそう……いろいろあるではないですか……」

 読んだ本に学校の知識はたくさんあった。ここは人気のあるスポットなのだ。だからこそ豊富な知識から最適の解を弾き出せる。

 頭の良いアリサにとってはとても有利に作戦を運べる場所だ。そのはずだ。

 とにかく勇者さえ落とせれば頼る者のない黄金の鳥にはかなりのダメージになるはずだ。

 目標が姿を現さない以上、近くの物から落とすのが最善の策。アリサは慎重に思考を進める。

「勇者を籠絡するための作戦。わたくしは手紙を書いて下駄箱に入れてもいいし、体育館裏に呼び出してもいいし、伝説の樹の下で告白してもいい。スポーツの後でタオルを差し出すなど簡単なことですし、お弁当は少し難しいかもしれませんが使い魔に作らせれば。でも、下手をアピールして指に絆創膏を巻いてくる必要がありますわね」

「アリサちゃん、勇希君に告白するの?」

「え? なんで? うわあ!」

 気が付くと良美のニコニコした顔がすぐ近くにあって、アリサは思わず後ろに転びそうになってしまった。何とか椅子ごと倒れそうになるのを耐え、体勢を戻す。

「い……いつから聞いていましたか?」

「いつからだって言って欲しい?」

 良美の笑顔はニコニコしていて悪気が無い。

 アリサは彼女の笑顔に底の知れなさを感じたが、自分のすぐ傍にいて味方してくれると言ってくれた人物と敵対することをアリサは選ばなかった。

 彼女には今までも助けられている。ならば目的を果たすまで利用した方が都合がいい。どうせ付き合いもそれまでだ。

 そうと結論付け、落ち着いて話すことにする。

「今のことはくれぐれも他言は無用に願います。これからのことにも関わるので。最悪始末しないといけなくなるかもしれません」

 自分はどこまで喋っていただろうか。確信できないままにアリサは喋る。良美は納得してくれたようだ。

「うん、分かってるって。アリサちゃんって本当に勇希君のことが好きなんだねえ」

「ええ、まあ」

 後ろめたさは感じるが、そうと受け取ってくれるなら都合がいい。良美はクラスメイトの笑顔で話を代えてきた。

「ところで、アリサちゃんは部活何にするか決めた?」

「部活ですか?」

 いきなり違う話を振られて、アリサは思考に戸惑ってしまった。

 その知識を引っ張り出す前に、良美は話を続けてきた。

 彼女は遠慮も物怖じもせずに、はきはきと物を言う。慎重に考えて物事を進めるアリサとは違うタイプの人間だ。

「もし、決まってないならあたしの部活に来て欲しいんだけど。見学だけでもいいからさ」

 部活のことを知らないほどアリサは物知らずでは無い。本にいろいろ載っていた。

 でも、アリサは別にインターハイに出場したり、甲子園に行ったり、コーチにしごかれるために学校に来たわけではない。

 良美の口ぶりから察するに目的はまだメンバー集めと言ったところだろうか。時間が掛かりそうだ。

 アリサはちらりとターゲットの方を伺った。彼はまだ帰っていなかった。小声で良美に訊いた。

「勇希君は何の部活に入っているのでしょう」

「帰宅部だよ」

「帰宅部ですか」

 その部活を知らないほどアリサは物知らずでは無い。これもまた本の知識で知っていた。

 帰宅部の生徒達は家に帰るために様々な難関や試練に挑み、彼らを帰すまいと立ちはだかる数々の罠や強敵達と戦っていくのだ。

 最後にボロボロになりながら家に辿りつき、「ただいま」を言った主人公の姿に、アリサは不覚にも涙を覚えたものだ。

「彼は普段から自分を鍛えているのですね。では、わたくしも帰宅部に」

「それは駄~目」

 アリサが決断しようとすると、良美に手を取られてしまった。

「アリサちゃんはあたしと一緒に来るの。決めるのは一度来てくれてからでいいからさ。勇希君も一緒においでよ」

「え?」

 アリサがびっくりして勇希の方を見ると、彼もびっくりしているようだった。

「せっかくだから一緒に行こうよ」

 眼鏡の友達が何か誘っている。

 そうして、何だかよく分からないうちに一緒に行くことになった。

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