第28話 おいしい学食

 学食は人で賑わっていた。

 アリサがやってきた時、ちょうど目の前で食券を買っていく生徒達がいたので、頭の良いアリサはすぐに閃いた。同じように行動しようと。

 そして、テーブルについて食事をする勇者の姿も目視することが出来た。やっとターゲットを範囲に捉えることが出来たことに、アリサは自分のやってきたことに間違いは無かったと実感することが出来た。

 前の生徒と同じように同じ物を注文し、同じ物をトレイに乗せていく。無事に日帰り定食を手にすることが出来た。

 久しぶりの想定内の行動の成功にアリサは満足する。都合のいいことに丁度ターゲットのすぐ近くの席が空いていた。

 運が向いてきた。教室では離れた席になってしまったが、接近するチャンスだ。

 アリサは作戦の成功を確信して、真っ直ぐに勇者の元に向かった。勇者を落とす時が来たのだ。


 勇希はいつもの学食の味を楽しみながら、向かいに座った正太の話を聞いていた。彼の話はもっぱら今日の転校生の話だった。

「アリサちゃんって良いよねえ。何とかお近づきになる方法って無いのかなあ」

「普通にクラスメイトとして話せばいいと思うけど」

「もうそれが出来ないから相談してるんじゃないか。勇希君はアリサちゃんに興味が無いの?」

 興味が無いと言えば嘘になる。だが、それは魔女のアリサに対してであって、クラスメイトに対してでは無かった。

 ソアラの話によると、魔女はとても頭が良いらしい。策略と美貌で神の民達を籠絡したとも言っていた。

 今日の彼女の様子ではあまり計算高い知的な作戦家という感じはしなかったけど。

 でも、夢中になっている正太やみんなからの人気では、あまり籠絡してないとも言い切れないのが困ったところだった。

 いったいどこまでが魔女の作戦通りなのだろう。この学校で人気を得ることがソアラを狙うこととどう繋がるのだろう。

 勇希が考えていると、声を掛けてきた女子がいた。

「この席、よろしいですか?」

 顔を上げて勇希も正太もびっくりしてしまった。声を掛けてきたのが、ちょうど相談していたアリサだったからだ。

 今までは遠くから見ていただけだったが、さすが美少女と言われるだけあって、彼女は綺麗で品がある。

 間近で見ると妙な緊張感を勇希も感じざるを得なかった。

 断るのも不自然だと思ったので、勇希は了承することにした。

「どうぞ」

「失礼します」

 アリサは正太の隣、勇希の斜め前の席に、日替わり定食を置いて腰かけた。

 行儀よく座ったお嬢様、魔女とも思える相手に、勇希はとりあえず挨拶程度に声を掛けることにする。

「日替わり定食にしたんだ」

「はい、ちょうど前にいた人が買っていたので同じ物を」

 始めての会話。勇希は自分が緊張しているのを感じた。肩が触れそうなほどすぐ近くの席にいる正太はすっかり固まってしまっている。

 勇希は自分が話をしなければいけないと感じた。やはり、この転校生はただ者ではないなと感じながら。まずは当たり障りのないことを訊く。

「この学校にはもう慣れた?」

「はい、みんな良くしてくれるので。思った以上に良いところでした」

 アリサは箸を手に取る。それを割って、日替わり定食に付ける前に訊ねてきた。

「良美さんに聞いたんですけど、あなたはとても優しい人だそうですね」

「いや、僕なんかは普通だと思うけど」

「普通ですか。そうですね。わたし達のクラスの人はみんな優しいですよね」

 勇希が魔女の正体を探っているように、アリサも何かを探っているようだった。

 彼女の瞳は勇希の中から何かを探り出そうとするかのような深さを感じさせた。

 勇希は悟らせまいと、あえて気軽さを意識して蕎麦をすすった。


 アリサはすぐ目の前にいる勇希から彼が確かに勇者であるという確信や黄金の鳥との関わりを得ようと様子を伺っていた。

 だが、やはりそう簡単にボロを出す気は無いらしい。

 魔王が言っていたように、人を助けずにはいられない特別な存在と自分で言ってくれれば話は早かったのだが、そうはいかないようだ。

 さて、どう攻めようか。考えながらアリサは日替わり定食を一口食べた。

「ん!? これは……!」

 その手が震えて止まった。口を抑えながら瞳を潤ませてしまった。

 勇希には何が起こったのか分からなかった。魔女は明らかに何かを感じた様子だったが、その原因が何か分からなかった。ただ状況を見ているしかなかった。

 アリサは日替わり定食を見下ろし、再び瞳を勇希に向けて訊ねた。

「これはいったい……何なのですか?」

「え? 日替わり定食だけど」

 質問の意味が分からないまま勇希は答える。

「日替わり定食……」

 アリサの瞳からぽろぽろと涙が零れてきた。勇希はまさか彼女が泣くとは思わなくてびっくりしてしまった。

 アリサは手で涙を拭って言った。

「ごめんなさい。わたし、こんなにおいしい物食べたことが無くて……」

「あ? そう?」

「これが日替わり定食……」

 勇希は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。これも魔女の何かの作戦なのだろうか。頭の良い彼女が何を企んでいるのかよく分からなかった。

 もしかして全ては壮大な勘違いなのだろうか。思っていると周囲が騒がしくなった。

 いつの間にか勇希も気づかないうちにみんなが注目していた。集まってきていた。

 その中には心配して様子を見にきた良美の姿もあった。

「アリサちゃん、今までに良い物を食べたことが無かったんだね」

「このコロッケあげるよ」

「卵焼きもどうぞ」

 みんなが次々とアリサにおかずを分けていってあげている。我に返った正太も便乗した。

「良かったら、僕のからあげも」

「ありがとうございます」

「うわあ! アリサちゃんが僕にお礼を~~~~!」

 正太は感極まって床に転がった。アリサはすっかりみんなの人気者だった。その様子を見ては神の民達を籠絡したという話は本当なんだろうなと勇希は思わざるを得なかった。

 どこまでが彼女の計算通りなのかはさておき。

「良い食べっぷりだね! みんな、今日はあたしの奢りだよ!!」

 食堂のおばちゃんが実に気前のいいことを言ってくれて、その場は一気にパーティー会場のような騒がしさになった。

 こんな状況では魔女も何かを企むどころではないだろう。勇希に出来ることもない。

 とりあえず食べ終えた食器を返し、その場を後にすることにした。

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