第27話 昼休み
四時間目の授業が終わって、昼休みのチャイムが鳴った。
生徒達はそれぞれに教室の外へ行ったり、友達同士で集まって机をくっつけあって弁当を広げたりしている。
勇希が筆箱と教科書を机に仕舞っていると、隣の席の平凡な眼鏡の友達、正太が声を掛けてきた。
「勇希君、学食に行こうよ」
「うん、行こうか」
のんびりとした誘いを受けて、勇希は友達と一緒に教室を出ていく。それをアリサは自分の席に座ったまま見送っていた。
「彼らはどこへ行くんでしょう?」
小声で訊ねると、すっかりと従順な味方になっている良美は気前よく教えてくれた。
「購買部か学食じゃないかな。アリサちゃんはお弁当? あたしはお弁当なんだけど」
「購買部ですか……」
昼の購買部と聞いてアリサには閃く物があった。
そこではパンの激しい争奪戦が行われているのだ。パンを求める人だかりに阻まれてヒロインは一番後ろで取れなくて困っているんだけど、そこにヒーローがやってきて人だかりの中へと颯爽と乗り込んでいってパンを取ってきてくれるのだ。
そこから始まる恋のイベント。アリサにとっては勇者に付け入る隙となる。
「フッ、困っている人を放っておけないなんて、ヒーローとは何て損な性分なのでしょうね」
「うん、勇希君って優しいよね」
良美の言葉を聞きながらアリサは立ち上がる。
こうしてはいられない。想定通りに事を進めるならば一刻も早く人だかりの最後尾へ行って、パンを取れなくて困っているヒロインを演じなければ。
「わたくし、行ってきますわ」
「頑張ってね、アリサちゃん」
良美のエールを背中に受けて、アリサは教室を出て行った。
昼になって、家でゲームをしていたソアラもお腹を空かしてきた。
テーブルの席に座って行儀よく本を読んでいるエミレールに訊ねる。
「腹が減ったな。何か食べる物は無いか?」
エミレールは本から目を上げ、テーブルの上を見た。そこには二つのパンがあった。
「それならここにコロッケパンと焼きそばパンがある。お前はどっちが良い?」
「コロッケパンと焼きそばパンか……」
ソアラはポーズを掛けてコントローラーを膝の上に置いて考える。やがて考えを決めた。
「両方だな。両方わらわの元に持ってこい」
「両方は無理だ」
「なぜ無理なのじゃ?」
「一つはわたしが食べるからだ」
「お前は神に供物を捧げられんと言うのか?」
エミレールはかなりイラッと来たが、彼女と友達になるためだ。神とはもう争わないと決めたのだ。そう勇希と約束したのだ。
仕方なく二つのパンを持って、ソアラの元へ行った。神は傲慢に偉そうに言った。
「そこへ置け。わらわは今手が離せん」
「わたしとお前は友達か?」
「さあな」
ソアラはゲームを再開してしまう。エミレールはまだ言いたい気持ちをこらえて二つのパンをそこに置いた。
帰ったら勇希と相談しよう。彼ならきっといい答えをくれる。そう信じて。
昼休みで賑わう学校。
アリサは校舎の渡り廊下を渡り、足早に購買部へとやってきた。
だが、そこには期待していたような争奪戦は行われていなかった。
戦争どころか生徒一人すらいなくて、購買部にはレジのおばちゃんが立っているだけだった。
「もう終わってしまったんでしょうか」
首をひねりながらも、とりあえずは見ておくだけでも見ておくことにする。近づいていって棚を見ると、パンはまだ残っていた。
そのパンを見て、アリサは驚愕に目を見開いてしまった。今までの人生で一番の衝撃だったかもしれない。
「これは伝説のコロッケパンと焼きそばパンではないですか!」
それぞれを右手と左手に取って、身震いしてしまう。
伝説と言うのは大げさかもしれないが……アリサは自分が読んだ本のことを思い出す。
購買部では激しい争奪戦が行われている。そして、そこからパンを手にした勝者。彼の手にする最も輝かしい戦果こそコロッケパンと焼きそばパンなのだ。
屋上に集まる彼の仲間達は口々にそのパンのことを褒め称え、最大限の勝利者の笑みを浮かべて、彼はとてもおいしそうにそれを食していったのだった。
「それほどの凄い存在がまだある……だと……」
アリサは手にした物の存在の重さを感じ取り、動けなくなってしまった。
パンを手に硬直する彼女を不思議に思ったのか、売店のおばちゃんが声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、コロッケパンと焼きそばパン、買うのかい?」
アリサはびっくりして顔を上げてしまう。売店のおばちゃんの顔はどこまでも優しそうで、まるで聖母か菩薩のようだった。
「わたくしは……」
アリサは迷ったが、どうにか雑念を振り切って、二つのパンを棚に戻した。
ここへ来たのはパンを買うためではない。勇者を落とすために来たのだ。
争奪戦が無くターゲットもいないのでは、ここにいる意味は無い。
自分の来た目的だけを意識して、アリサは強く、おばちゃんに訊ねた。
「みんなはどこに……行ったんですかーーーー!!」
つい叫ぶような口調になってしまう。
おばちゃんは少し驚いた様子だったが、不慣れな少女に優しく教えてくれた。
「みんなはそっちの学食に行っちゃうねえ。うちの学食はおいしいって評判だから。お嬢ちゃんが噂の美少女転校生なのかい?」
「う……噂!?」
どんな噂か気になったが、今は行動を起こさないといけない。とりあえず訊かれた返事はしておく。
「は……はい、今日転校してきたアリサといいます」
緊張しながら話す少女に、おばちゃんは優しく微笑んでくれる。
「頑張ってね。おばちゃんは応援しているよ」
「ありがとうございます! 行ってまいります!」
アリサはパンへの未練を振り切って、優しいおばちゃんに見送られて、ただ前を向いて歩いていった。
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